5.
いつまでも黙り込んだままの私を他所に、梅吉さんはまたしても口を開く。
「所で牡丹、お前、何歳だ? それから誕生日は?」
「歳ですか? 十六歳で、今年の春から高校一年生です。誕生日は六月ですが」
「十六歳!? へえ、てっきりまだ小学生くらいだと思ったのに……」
梅吉さんだけじゃない。他のみんなも目を丸くさせている。
分かってるもん、どうせ子どもっぽいって言いたいんでしょう? だけど私だって、背が低くて子どもっぽいの、気にしてるのに。
むすうと眉間に皺を寄せていると、
「まあ、気にするなって。そういう子が好みの男だっているさ」
もしかして、なぐさめてくれているつもりなのかな?
そんな梅吉さんのことを藤助さんが肘で軽く小突いて、
「牡丹はかわいいよ」
と、いかにもなお世辞を言ってくれる。
「まあ、とにかく牡丹はウチで初めての女の子だ。妹だぜ、妹。むさ苦しい我が家に、やっとの華だ」
梅吉さんは喜んでくれているみたいだけど、反対に私の体は強張る。なんとなく予想はしてたけど、やっぱりこの家、女の子いないんだ……。
一層と不安を抱いている私を置き去りに、
「まっ、そういうことで。我が家の新たな一員、牡丹に一丁自己紹介とでもいこうじゃないか」
梅吉さんは景気付けとばかり、ぱんっと威勢よく手を叩いた。
「あそこに座っている目付きが悪くて、えらそうな男が道松で一応長男だ。で、俺は次男の梅吉。あそこのでっかいのが桜文、三男。藤助が四男で、あの眼鏡が五男の菖蒲だ。そして……」
「僕は芒、小学四年生だよ。よろしくね、牡丹お姉ちゃん!」
「お姉ちゃんって……」
一度に増えた兄弟を前に、私は苦笑いをするしかない。
どうしよう、なんだかおかしなことになっちゃった。
そう思っていると、不意にガラの悪い声が横から上がった。
「おい。誰の目付きが悪くて、えらそうだって?」
「なんだよ、本当のことだろう。長男だからって、いつもえらそうに踏ん反り返ってるじゃないか」
「ああっ、なんだとーっ!!」
道松さんは勢いよく立ち上がり、自分の額を梅吉さんのそれにくっ付ける。バチバチと二人の間には激しい火花が飛び散り合い、藤助さんが止めに入ろうと割り込んだ。
だけど、こういうのを不運っていうのかな。藤助さんの持っていたお盆が二人にぶつかり、乗っていたグラスがぽーんと勢いよく宙を飛んで……。
バッシャーンと引っ繰り返ったグラスの中身が、私の頭上に盛大に降りかかった。ぽたぽたと髪先からは大粒の雫が滴り落ちる。
私はひょいと濡れて固まってしまった前髪を指先で軽く払い退けた。
「わっ!? 牡丹、大丈夫?
あーあ、見事にずぶ濡れだ。服を洗濯するから早く脱いで」
「そのまま風呂にも入っておいで」と藤助さんは私の背中を押す。
なんでこんなことになってるんだろう。うへえ、びしょびしょで気持ち悪い。早くシャワーを浴びて、さっぱりしたい。
私は他人様の……、いや、違った。今日からは私の家でもある脱衣所で、早くシャワーを浴びたい一心で汚れてしまった服を脱いでいく。
だけどシャツのボタンを外していると、ザーザーとシャワーの音が浴室の扉の向こうから聞こえてきた。その不審な音に耳を澄ませていると、続いて、キュッと蛇口が閉まる音が鳴った。
がらりと内側から扉が開くと、その隙間から栗色がかった髪の色をした子が――、それもギリシャ彫刻みたいな、とびきりの美少女が現れた。
えーと。この子、誰だろう。
私は首を傾げさせる。相手の子も不審な目で、じろじろと私のことを見つめ返している。
だけど、その子の白い肌が……、つるりとした胸板が目に入ると私の体はぴしりと固まる。
ええと、あれ。おかしいな。私の見間違いかな。だって、そんな、ね。こんなきれいな子が男の子だなんて、そんなこと……。
だけど、やっぱり見間違いじゃなかった。私は自分の格好を思い出すと、肌けていた前をとっさに手で押さえて、そして。
「きっ……、キャーッ!!!」
本日一番大きな声が私の喉奥……、いや、腹の底から発せられた。
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