03. クラスは3つに割れている
登校日だけの学校生活が二ヶ月に及ぼうとした5月25日、ようやく緊急事態宣言が解除。翌日からすぐに、分散登校で学校が再開した。けど………
「もう……、きっつ…………」
「今日体育あるよね…地獄……」
陽奈と私は、朝から席でぐったりしつつ水筒のポカリをガブ飲みする。
二ヶ月間真面目に自宅待機していたせいで、私たちはびっくりするほど体力がなくなっていた。二年も通ったいつもの通学路なのに、片道自転車通学しただけで完全に息が上がってしまう。それでも週5でおばあちゃんと散歩していた私はまだましなほうで、陽奈を含めた新クラスメイトたちは、体育の授業で10人くらいがバタバタと体調を崩して倒れる始末…まるでパニック映画みたいな光景だった。
「あ、ごめん陽奈、誕生日おめでとう!これ、約束してたやつ」
「わあ…佳衣ありがとう!うわ、ほんと綺麗…なにこれピンクのチョウチョが入ってる!付けていい?!」
「もちろん」
陽奈はさっそく髪ゴムを外すと、私が今プレゼントしたばかりのレジン付きゴムに付け替えてくれる。他にもイヤリングをセットにしたけど、学校ではもちろん付けない方がいい。
休校の間、家でもできる楽しみを作ろうとおばあちゃんと2人で『何か手芸をやろう!』と思い立ち、色々検索して私が選んだのがレジンだった。材料は全部スーパー併設の100均で揃えられたし、動画検索すればいくらでも作り方は勉強できる。二ヶ月練習したおかげで宇宙塗りも完璧にマスターしたし、最近は細かい部分にもミスのない綺麗な髪ゴムやイヤリングが作れるレベルになっていた。自宅待機の数少ない恩恵だ。
「いつも画像で見せてもらってたけど、やっぱり本物は不思議で綺麗だね…!」
「ありがと。もう誕生日に渡せないかと思ったよね」
「ほんとだよ…ギリギリセーフだね!」
「おはよ~!間に合ったー」
「あ、おはよう…」
そろそろHRが近くなったせいか、クラスに人が増えてきた。中には、上下ジャージにタオルで汗を拭いている…どう見ても朝練上がりの人もいる。
もちろん、クラスメイトの中には全然体力が落ちていない生徒もいた。でも、何気ない会話を拾って聞いていると…「部活はやってたから学校には来てた」とか、「塾に行ってた」とか、降野たちと同じく「おかまいなしに外出しまくってた」とか…ちょっとついていけなかった。部活や塾に通えたなら、果たして学校が休校していた意味はあったんだろうか?政府が言っていた不要不急はどこまでが含まれるの?人によって全然受け取り方が違わない?
それに気付いてから、私は今まで以上にクラス全体を俯瞰してみるようになった。目には見えないけど、今このクラスはほぼ3つに割れている。
私や陽奈が属する、とにかく家から極力出ない『真面目に完全自粛組』。
部活や塾なら出るのは仕方ないし、まあコンビニや友達の家で遊ぶくらいは許容範囲でしょ、の『若干自粛組』。
せっかく学校が休みなのに家にいるとかバカじゃね?の『外出し放題パリピ組』。
大多数は自粛組のどちらかに所属していて、パリピ組は冷ややかな目で見られているけど、本人たちはそれに気付いていない。今も、次の緊急事態宣言発令に備えて先生がしているリモート授業の説明を笑い飛ばしている。
「うちも最近親が家で仕事しててめっちゃうぜえわ」
「先生毎日満員電車でガッコ来てんだから、自粛とかマジで意味ねえし」
「お前らがまずソーシャルディスタれよっつーんだよな」
教室の後方で当たり前のように囁かれる言葉を、私はじっと黙って聞いていた。確かに、うちは家族に医療従事者とお年寄りがいて、特にお母さんは職場でコロナに苦しむ人を直に見聞きしているわけで、恐ろしい話を沢山聞いているせいか、すごく徹底している方なんだというのがよくわかる。そういう情報が家に全然なくて、『どこか遠くで人が死んでるらしい』くらいの認識だとしたら……個人個人の判断というよりは、家庭の方針に近いのかもしれない。
そういえば穂花も、やっと彼と会えるようになったはいいけど、次のデートで揉めているらしい。三密を避けて近所の森林公園を散歩したい穂花と、普通に街に出たい山咲くんは、どのあたりで手を打つんだろう。
「今日この後どーする?」
「ワック寄ってこ!」
「どこ行ってもガラッガラだもんなあ」
「なんも並ばねーしめっちゃラク~!」
「今ドリームランドやってたら絶対行ったのにな」
「ほんとそれな!」
『今、みんなが人との接触を8割減らせれば、流行は収まります』――ネットで専門家が言っていたけど、頑張ればできるのかもしれないと思っていたけど…多分、無理だ。
私はそっと顔に手をやり、マスクの位置を整えた。最初は戸惑ったけどマスク生活にはすぐ慣れたし、表情が見られないのはある意味便利なこともある。……今みたいに。
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