04. こんなご時世だからこそ

 「佳衣、伯父さんのところで短期のバイト探してるんだって。夏休みだけでも行ってあげられない?」

 なかなか雨の降らない6月。お母さんから突然打診があったのは、中間テストが終わった頃だった。

 「バイトって…佳衣は一応受験生だろ?」

 さっき帰宅したお父さんが、お風呂上がりに口を出す。この頃には第一波も完全に落ち着いていて、お父さんも家に帰ってくるようになっていた。あの頃は隣町の老人ホームでクラスターが起きて、沢山の入居者が亡くなったから心配したけど…本当に無事で良かった。

 「中間の結果良かったし、もう指定校推薦はほぼ確定だって、面談で先生が仰ってたから」

 「まあ、それは入学してからずっと目標にしてたし」

 「佳衣はしっかりしてるからな。その上、コロナで春も時間があったし」

 「そのコロナのせいなのよ。兄さんのお店もマスクだ消毒用アルコールだっててんてこ舞いでしょ、テレワークもやってるから雑用が溜まっちゃって、残業続きみたいよ」

 昭治あきはる伯父さんは、県内に10数店舗を構えるドラッグストア『くすりのタナハシ』の社長さんだ。緊急事態宣言が出てから近所のカフェは軒並み休んでいたし、ピンスタにCAが他の会社で仕事をしている様子が流れてきたからどこも売上が大変なんだなとは思っていたけど、スーパーやドラッグストアは逆にお客さんが集中して大変な忙しさらしい。確かに、みんな出掛けないから自炊率は上がるだろうし、コロナ対策用品が売っているのはドラッグストアなんだから混むに決まってる…業種によって差が激しすぎる。

 「そういうことか……うーん」

 「昭伯父さんのお願いなら聞いてあげたいけど、でも、お母さん……」

 今では、どこのお店もレジ前に透明のシートやアクリル板があって店員さんと客とは隔てられているけど、それでもたまにマスクなしの人も出歩いているし、あそこに立って接客する勇気があるかと言われると……

 「私……正直、レジは怖いよ」

 私は、横に座ってお茶を啜りながらテレビを見ているおばあちゃんを見た――正確には、接客したあとに、おばあちゃんとごはんを一緒に食べる勇気がない。

 「ああ、違うよ?佳衣に来てほしいのは、兄さんがいる本社のお手伝い。場所わかるでしょ、神社通りの…」

 「そうなの?あのビルなら、学校帰りに行けるけど」

 「そうそう、で…色々掃除とか、パソコンの入力をしてほしいんだって。エクセルっていうやつ、佳衣ならできるでしょ?」

 「うん、授業で習ったし、お姉ちゃんにも教えてもらってたから、少しは使えるよ」

 「この先世の中がどうなるかわからないから新しく雇うのも心配だってことで、佳衣なら9月までって期限も決まってるし、感染対策もきちんとしてるだろうしって」

 「今はそういうのも気にしないとか……佳衣なら真面目だから、お義兄さんも安心か」

 「――佳衣、行ってあげたら?」

 それまで、一言も口を挟まなかったおばあちゃんが言った。

 「こんなご時世だからこそ、助け合うのが大事だよ。私のことはいいから」

 「お義母さん………」

 助け合い…そうなのかも。昭伯父さんの仕事は、たくさんの人にマスクや消毒用アルコールを届ける、今とても大事な仕事だ。それを助ければ、医者でも看護師でもない私でも、終わりの見えないこのコロナ禍に少しでも立ち向かえることになるのかもしれない。いつも優しくしてくれる伯父さんがそんなに困っているなら、このバイトは不要不急じゃないはずだ。家から出ている時間が長引くのは少し怖いけど……

 「――わかった、おばあちゃんがそう言うなら、私やってみる」

 「そっか…、早速兄さんに連絡するね」

 「頑張ってね、佳衣」

 「そうだな、頑張ってみなさい」

 最近は暗い話題ばっかりだったから…家族みんなのこんな笑顔はなんだか久しぶりに見たような気がする。

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