02. 不要不急の意味

 4月15日の水曜日。平日は毎朝9時から、友達と『課題通話』をすることになっている。いつか学校が再開した時のためにちゃんと生活リズムを維持しておこう、って3人で話し合って作ったルーチンだ。登校はないけど課題の量は凄まじいし、新しい単元を独学で理解していかないといけないから、これなら正直授業があったほうがましだと思う。3年の一学期の成績までは受験に関わるから、私たちにとっては死活問題だ。

 「おはおつー、穂花ほのか参上!」

 「おはよ、聞こえてるよ」

 「陽奈ひなの声、ちょっと遠くない?」

 「ほんと?pc近いからかな…待ってね、スマホ動かす」

 穂花と陽奈子は去年のクラスメイトで、一番仲がいい友達だ。穂花は3年でクラスが別れちゃったけど、選択科目が同じだから課題は一緒。毎日3人で、相談したり、くだらない話をしたりしながら課題を進めるこの時間に、私は本当に救われていた。他にも通話グループはいくつかあるけど、このグループの時はなんでも話せて気が楽になる。

 「今日も朝から引きこもって課題か~」

 「言い方はアレだけど、それしかすることないしね…」

 「そういえばさ…うちね、お父さんが家に帰ってこなくなったよ」

 「えっどゆこと?!佳衣パパだいじょぶなん?!」

 「まさか感染したの…?!」

 「ううん、無事なんだけど……」

 私は事情を説明する。うちのお父さんは老人ホームで、お母さんは感染症指定病院で働いている。もちろん両職場とも感染予防は徹底しているけど、お母さんはコロナに罹った人と会う可能性が高いところにいて、お父さんはコロナに罹ったら重症化する危険が高い人の中にいる。2人は何度も話し合って、流行が落ち着くまで、お父さんは職場に泊まることにしたらしい。

 「うわ~……仁礼にれ家めっちゃ大変じゃん、佳衣も淋しいよね~~」

 「医療系の人にはほんと頭が下がるよね」

 「ありがと、早く落ち着けばいいんだけど……」

 「うーん…でもさ、昨日のピンスタ見た?降野ふるのたちさ、ほんとどうしようもなくない?」

 「あれね……『不要不急』の意味わかってないよね」

 「うん………」

 スマホの向こうから聞こえる声に怒りがこもった。優しくてめったに怒らない2人だけど、私も気持ちは同じだ。学校にも行けない自宅待機期間だっていうのに、連日友達と外食・買い物・カラオケに出掛けて、その様子を堂々とピンスタにアップしている同級生たちがいるからだ。

 「学校にもバレてるはずだよね?あいつらプロフに学校名書いてるし」

 「ああいう人たちはごく一部なのに、うちの生徒みんながやってるって思われそうでほんと嫌」

 「制服のまま行ってる画像あったよね…」

 コメントで「こういうのをネットに晒すな」「自宅待機しろ」って注意してるまともな友達らしき人もいたけど、「だったら見るな」「勝手に自粛してろ」で終了。こっちだって見たくないけど、学校関係の子と複数繋がってればどこかしら経由で流れてくるものだから防ぎようがない。こういういわゆるウェイ系男子が去年のクラスには多くて、私には彼らがものすごく子供っぽく見えて駄目だった。いくらイケメンだったとしても、下ネタとピンスタの炎上動画で毎日ワーワー騒いでられる人たちと付き合いたいとはまず思えない。元々私はけっこう冷めている方らしいけど、コロナ禍でそういう人たちと自分の違いがよりはっきりしてきた気がする。

 「私らだってさー、いいかげん3人で映画くらい行きたいよね~!」

 「ほんとだよ!みんな、感染拡大しないように我慢してるのに…」

 「ストレスが溜まってるのはみんな同じだよね」

 「もっと周りの迷惑考えろっつーんだよ、あいつら~~!」

 本当にそうだと思う。うちのおばあちゃんは72歳、もし私が遊びに行ってコロナに罹り、おばあちゃんにうつったら…そう考えたら私は絶対に行けない。陽奈子のところはおじいちゃんと暮らしてるし、穂花の家はまだ小さい弟がいる。自分が罹ってどうこうよりも、多分私たちは3人とも家族のことを考えていて、自粛を徹底しているからこそ気が合うんだと思う。

 「穂花、彼とはどうしてるの?会えてないよね?」

 「うーん、毎日通話はしてるけど……自粛かなりキツいみたいで、最近すごい機嫌悪いんだよね…」

 穂花は去年のクリスマス前に、隣のクラスの山咲やまさきくんと付き合い始めたところだった。今年の2月、バレンタインに一緒にチョコを作ってあげたのが、今ではもう遠い昔の思い出みたいだ。今日は一緒に帰れたとか手を繋げたとか、毎日あんなに幸せそうに惚気てたのに、これからって時に休校に突入して、会うこともできなくなって……そんな切ないカップルが、いったいこの世界にどれくらい居るんだろう?

 「緊急事態宣言が終わるまでの辛抱、かな?でも、終わったからって別に罹る可能性がゼロになるわけじゃないし、今まで通りに出掛けるのも怖いよね…」

 「カラオケとか外食とか、マスクを取らなきゃいけないことは、私はしばらく避けたいな」

 「うんうん、密です!!密集、密接、密閉だっけ?」

 「私はゲーセンもキツいかな。お父さん、会社でエレベーターのボタン押すのも嫌だって言ってたし」

 「あー…何が付いてるかわかんないってことか~」

 「とりあえず、家の中では今まで通りに暮らせてるだけでも有り難いって思わないと、やってけないわ…」

 「……………………」

 私は陽奈の言葉に頷けなかった。うちは今月から、お母さんは私たちとできるだけ一緒に食事をしないようにしているからだ。

 『直接誰かの顔を見る』というだけのことが、日々こんなにも自分を癒やしていたなんて初めて知った。お父さんもいなくなって、お姉ちゃんも帰ってこれそうにないし、今私は半分おばあちゃんと2人暮らしみたいな状態で……家族がバラバラになってしまったような気がして、少し苦しいから。

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