第13話 ep2 . 「訳有り令嬢と秘密の花園」 避妊と否認

花園リセはワゴンの上に梨の入った紙袋を置き、その中から一個を取り出すとテーブルの上に置いた。


ふふ、と彼女は小さく笑った。


令嬢に梨を差し出す不良男子中学生とかシュールなシチュエーションだっただろうか。


俺はやはり気恥ずかしくなった。


どうしてここに置くんだ、と聞く俺に彼女は微笑んで答える。


「とても可愛いですからこれを眺めながらお茶を頂きませんこと?」


カワイイって梨がか?


クラスの女子が二言目にはやれ可愛いだのエモいだのと言って騒いでいるがやはり女子の感性というモノは男には一生理解できないものなのであろうか。


それとも教養のある上流階級の御令嬢にはシュールレアリズム?芸術的感性があるのだろうか。


下級国民の俺にはさっぱり理解できなかった。


今日は佐藤さんのお好きな物をご用意しましたのよ、と花園リセが俺の前に皿を差し出す。


そこにはスティック状の菓子が綺麗に盛り付けられていた。


甘い香りが辺りにふんわりと漂う。


はて、俺の好物って?


食った方が早いか、と俺はすぐに皿に手を伸ばす。


「サンキュー。早速頂くわー」


スティックの菓子は口に運びやすい形状だった。


カリッという軽めのサクサクした食感と、ざらりとまぶされた砂糖のコーティング。


程よいバランスの甘みと絶妙な歯触りで無限に食べられてしまう。


しつこくはなく、軽い口当たりなのに程よい濃厚さもある。


めちゃくちゃ美味い。


なんだこれは。俺は2本目、3本目の菓子をどんどん口に放り込む。


なにこれ、ずっと食べてられる。むしろ一生食ってたい。


ガツガツと菓子を頬張っている俺を彼女は慈愛に満ちた眼差しで見ている。


マサムネことヘレンは彼女の膝で昼寝をしていた。


「なにこれ、めっちゃ美味いんですけど」


「気に入って頂けて嬉しいですわ。作った甲斐がありました」


彼女はまた鈴のような声で笑う。


「めっちゃ美味いけど……俺の好物?確かにたった今大好物になったけど、なんて名前なんだ?」


俺はこの奇跡のような菓子の名前を聞いた。


「ラスクですわ」


ふふ、と彼女はまた微笑んだ。


「よく知らねぇけどラスクって小さいパンみてぇな奴じゃねぇの?」


俺は目の前のラスクという菓子を頬張りながらまた聞き返す。


「佐藤さんはパンの耳をよくお召し上がりになるってお伺いしましたから作ってみたんですの」


「!?」


俺は思わず花園リセの顔を見る。


「これ、パンの耳で作ってあるのか?」


ええ、と彼女はにこやかに頷く。


パンの耳からこんな美味いモノが作られたなんて信じがたかった。


そりゃ確かに夏休み中、給食無い期間は金もなくて食パンの耳を安く買って食ってるとは話したが……


まさか好物だと思われてるなんて考えてもみなかった。


貴婦人の御令嬢は食パンの耳が一袋30円だなんて知りもしないのだろう。


しかもその30円でなんとかギリギリ生き延びていた俺の生活も。


俺はいつもトースターでこんがり焼いたパンの耳にマヨネーズを付けて食事代わりにしていた。


この食い方でもまあまあ食えるからな。


だが。


なんだか突然、悪意もなく格差を突きつけられたような気がした俺は冷や水を浴びせられた思いがした。


これは100%彼女の善意なのだ。


しかもめちゃくちゃ美味いときてる。


パンの耳一つとっても俺と花園リセの間には埋めがたい溝があるという事を予想外に悟った俺はなんとも言えない気分になった。


気分は少し沈んだがラスクを食べる手は止まらなかった。


悔しいがめっちゃ美味かった。いやマジで美味いんだよ。


花園リセは御令嬢で貴婦人なのに料理の才能もあるのだろう。


レンジに生卵を入れて爆発させる小泉とは雲泥の差だな、と俺はぼんやり考えた。


天は二物も三物もこの花園リセに与えたもうたのであろう。


気立がよく、教養と気品があり、見目麗しい上に料理の才能もあるお姫様。


欲しいものは全て手に入るんだろう。


俺と彼女は同じ人間であるとは到底思えなかった。


住む世界が最初から違うんだな。


親のいない俺は施しを受けていただけなんだろうな。


目の前で微笑む彼女が遥かに遠い国の人に思えた。


「あんた天才なんだなあ。料理も出来るし教養もある。出来ないことなんか何もないんだな」


俺は感心しながら言った。


そんなことありませんわ、と彼女はゆっくりと首を横に振った。


「わたくしもこのラスクみたいになれたらって思いましたの」


????


貴婦人の御令嬢の考えていることは全く判らない。


例えるなら小さい子どもが『大きくなったらグラタンになりたいです』って言ってるようなノリなんだろうか。


上流階級にしかわからないジョーク??


俺は困惑しながらその真意を訊ねた。


「真ん中の白い部分はサンドイッチになるでしょう?それから余った耳の部分はこんがりとしたラスクになって……」


捨てる所が無いなんて、なんて理想的なんでしょうね、と彼女はまた小さく笑った。


意味がわからなかった。


御令嬢の例え話は難解だな、と俺はなんとも不思議な気分になった。


心地よい風が吹き、二人の間を静寂が通過した。


俺はぼんやりと紅茶を飲み、沈黙に身を任せる。


あの、と遠慮がちに花園リセが切り出した。


どうしたんだ、という俺に言い辛そうに花園リセは言葉を詰まらせる。


「あの……ヘレン……いや、マサムネちゃんは生まれて何ヶ月になりますか?」


そうだな、と俺は記憶を辿る。


「確か、3月ごろに生まれたばっかりのコイツを拾って来た気がするな」


俺はなんとなく答える。


まあ、と彼女が少し驚いたようにマサムネを見た。


「ではこの子……マサムネちゃんは今は7ヶ月くらいになりますのね?」


そう言われればそうかもな、と俺は頷いた。


花園リセは更に言いにくそうに言葉を選びながら俺に切り出す。


「あの……既にご存知かと思いますが……メス猫ちゃんは……この時期から妊娠可能な身体になってますわね……それで……」


「え!?そうなん!?」


赤ちゃんだと思っていたマサムネが既に妊娠可能と聞いて俺はめちゃくちゃ驚いた。


知らなかった。


まだ赤ちゃんなのにか?春に生まれたばっかりなのに?


嘘だろマジか、と呟く俺に彼女は俯きながら言った。


「この子の……避妊手術をどうするか……考えなくてはいけない時期だと思いますの……」


花園リセはマサムネを撫でながらなんとも言えない表情をしていた。


避妊手術。


それってどういう手術なんだろう。


俺は思考を巡らせた。



考えてみれば人間が勝手に他の生き物の生殖能力を奪うってヤベぇ手術だな。



俺は急にめちゃくちゃ怖くなった。

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