第6話 ep1.「呪いの宣告」 女教師からゴムを手渡される

これだけは断言できる。絶対に俺ではない。俺はやってない。


「何を根拠にそう思い込めるんだ?この小説の主人公はシチュや設定だけは俺に激似だ。けど、肝心の中身がまるで違うじゃねぇか」


絶対に別人だ、と俺は小泉に念押しした。


「ほう?どう違うんだ?教えてくれないか?」


よほど自信があるのか余裕あり気に小泉が言う。


「そもそも俺は短ランなんか着てねぇ。いくらなんでも今時そんなもん無ぇだろうが。第一、どこに売ってるって言うんだ」


小説の主人公は短ランを着ているとハッキリと書かれていた。90年代のヤンキー漫画じゃあるまいし、そんなもの実際に着てる奴は見かけたことがない。


「じゃあお前は短ランとやらを持ってすらいないと言うんだな?着たことすらないと?」


それは…と思わず俺は言葉を濁した。


実は持っていない訳ではなかった。佑ニーサンからお下がりで貰ったものだ。確かに自宅のタンスの底の方にそれはあった。実は何回か着てみたこともあるけど1年の時のハナシだ。2年になってからは一回も着てない。


「いや……ゼンゼン無いってワケじゃあないけどよ……」


やっぱり持ってるんじゃないか、と小泉は少し勝ち誇ったように俺に視線を向ける。


「違ぇし。絶対俺じゃない。俺はこんなに喜怒哀楽とか激しくねぇし」


俺は食い下がるように否定した。


小説の主人公は感情の起伏がとにかく激しいヤツだった。ガチギレしたかと思えばわりと泣いたりもしてるし、マコトを相手に妙に意識してキョドったりもしている。バットでそこら中のガラスを叩き割ったりとか兎に角感情の振れ幅が大きすぎる人物であるように思えた。


「俺はもっとユルめな生活してるしこんなにハードボイルドな要素とかも無ぇよ」


主人公は飲酒もするし事後に煙草を吸ったりもしている。なんかちょっとカッコいい気もするが俺にはそんな雰囲気は到底醸し出せそうにもなかった。俺が非童貞っていうのがもう全く想像つかないし100%別人としか思えなかった。


そもそも、と俺は小泉に強調した。


「さっきの文庫本が見つかったからってタイムリープが実際にあったって証明にはならねぇじゃねぇか」


「だがタイムリープが無かったと言う証明もまた出来ない。そうだろう?」


すかさず小泉がカウンター気味に返してくる。なんなんだよ本当に。


そこでだ、と小泉は何かを俺に投げて寄越した。


投げられたものをキャッチしてみる。


「お前にプレゼントだ」


それは小さな銀色の缶だった。


「なんだよコレ?」


俺は蓋をひねって開ける。中に入っていたのは何個かの個包装の丸くて薄いパッケージだった。


チョコかガムだろうか。それともラムネか?


「何これ?食っていいのか?」


放課後に小説二冊を長時間読まされるハメになった俺は少々空腹気味だった。


パッケージを開けようとした俺はその感触が菓子ではないことに気付いた。


「これって……」


ああ、と小泉が頷いた。


「食うものではない。喰う時に使うものだ」


その正体に気付いた俺は思わず缶を落としてしまった。


銀色の小さな缶は乾いた音を立てて床に跳ね、カラフルな丸いパッケージは辺りに散乱する。


それは缶入りのゴムだった。


俺は少し震えそうになる手を抑えてそれらを拾う。


というか、なんださっきの喩え?教員らしからぬ狂った感性してるな。頭がイカれてんのか?


「こんなモノを男子生徒に渡してくるとかセンセェも見かけによらずアグレッシブだな」


そう言葉を捻り出すのが精一杯だった。何を考えてるんだこの女。


「勘違いするな。裏を見てみろ」


小泉は銀色の缶の蓋を指で指し示す。


缶の蓋の裏には小さな和紙が貼ってある。何か梵字のようなマークが墨で書いてあってなんとなく不気味だった。


「なんだよ?この変なの?」


「呪いを無効化する札が貼ってある。お前の呪い自体ともなるとスペックが計測不能過ぎて無理なんだがな」


この缶の中身の範囲だけは影響を無効化出来る、と小泉は得意気に言った。


「この缶だけ呪いを無効化……?」


話が全く見えて来ず俺は困惑した。缶だけ呪いとやらを無効化して何になるんだろう。


「お前がこれを使った後にタイムリープしたとしても缶の中身は元に戻らない、と言うことだ」


「なんだそれ?意味わかんね」


まだ分からんのか、と小泉はため息をついた。


「つまりだ、お前が童貞捨てた・捨ててないだとかタイムリープした・してないという事が証明できるだろう?」


「なんでこれがその証明になるんだよ?」


俺は手のひらの上の銀色の缶を眺めた。


「例えばお前が童貞を捨てる機会があったとしよう。そうするとこの中のモノを最低でも一個以上使うだろう?缶の中身は呪いに影響されないからタイムリープして過去に戻ったとしても数量そのものは回復しない」


「で?何でそれが証明になるんだよ?」


小泉は呆れたように首を振った。


「鈍いヤツだな。定期的に残りの数のチェックを行うとするだろう?知らない間に減ってたらお前は童貞捨てて来たってコトだ」


ここまで説明されてようやく俺は理解した。数量のチェックか。


「この缶にはデフォルトで6個の個包装が入っている。1ヶ月ごとに数量のチェックをするとしよう。お前の言う通りなら数の変化は無いはずだからな」


小泉は俺にこの缶を常にポケットに入れて携帯するように指示を出してきた。


「お前のことだ。行為の際は必ず避妊はするだろう。意外に慎重な所もあるからなお前は。無論、水風船や悪ノリのおふざけで何個か無駄に消費する事もしないだろうし」


俺の行動パターン勝手に予想するのやめてもらえませんかね。そんなん知らねぇし。


「ちょっと質問いいですかセンセェ」


俺は手を挙げる。


「なんで6個入りなんだよ?一個だけ財布とかに入れとけば良くね?」


「ミスったり破れたりしたら大変だからな。一個じゃ足りんだろう。2ラウンド目以降もある場合もあるだろうからな」


小泉はこともなげに言い放った。俺の方が思わず赤面しそうになる。ホントに教師なのか?しかも巫女だろ?なんなのコイツ。


「一つの缶に6個入りは合理的だろう。常に持っとけよ?」


「ええ……コレ持ち歩くのかよ。学校にも持って来いって?」


正気の沙汰とは思えなかった。教師の言うセリフだとは信じがたかった。


「オシャレっぽい缶に入ってるしパッと見は整髪料っぽく見えるだろう?不良のお前がポケットに入れてても誰も不自然に思わんだろうしな」


確かに、この銀色の缶は大きさ的にもヘアワックスか何かのようにも見えるデザインだった。


「持ち歩いてもいいけどよ……どうせ絶対使わんし……俺にメリットなく無い?誰かに知られたら俺、[6個入りコンドームを常に持ち歩く男]って思われるんじゃね?リスキー過ぎるだろうが」


何をどう転んでも使う予定の無い危険物を持ち歩く事は流石の俺でも躊躇する。


「そこでだ」


小泉はニヤりと笑った。なんだよ何企んでるんだよ気味悪ぃな。


「もしも学年の終わりまでに数が全く減って居なかったら何でも好きなものを奢ってやろう」


「焼肉!!焼肉!!」


ノータイムで俺は手を挙げた。


「焼肉の食い放題に連れてってくれセンセェ!」


「焼肉か、いいだろう」


小泉は余裕あり気に頷く。


馬鹿め。俺は小泉が考えてる程そんな軽いノリの男じゃねぇよ。絶対コレは使わない。使う機会なんか絶対無ぇんだからな。


「センセェ!その言葉忘れるなよ!」


俺は小泉を指差して念押しした。みてろよ。店中の肉を食い尽くしてやる。お前がクレカ持ってんの知ってんだからな。リボ払い地獄でもなんでも落ちるがいい。





こうして俺は小泉と奇妙な約束をしてしまい、このヤベェ装備品を常に持ち歩く事になってしまったのだった。

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