第5話 ep1.「呪いの宣告」 これって盗撮じゃね?

俺は小泉が机に置いた文庫本を手に取ってパラパラとめくった。


古めかしい小説にしか思えなかったが数行読むと違和感を覚えた。


少なくとも20年ほど前に書かれているように思えるのに舞台は俺たちが暮らしている「現代」だった。


登場人物達はスマホを使い、ネトゲに興じてサブスクで音楽を聴いている。


作中の主人公は冒頭から終わりまで固有名詞を避けた「少年」という曖昧な存在として書かれていたが、明らかに俺自身だった。


家庭環境、年齢、交友関係、趣味嗜好、遊び方、何から何まで俺そのものだった。


俺は黙って小泉の顔を見た。


小泉は俺にそれを読むように促した。


結構分量もある上に二冊ある。


普段なら絶対読まないのだが妙な胸騒ぎに引き摺られるようにしてページを捲る。


気付けば三時間ほど経過していた。


読み飛ばすつもりでいた俺は結局ガッツリ読み込んでしまった。


途中何度か文庫本を引き裂きそうになったがなんとか耐えた。書いたやつをぶっ殺したいと思った。ふざけんな。


小泉が俺の顔を見ながら呟く。


「で?どうだ?感想は?」


俺は無言でポケットを弄ってライターを探した。感想もクソもない。こんなものを認める訳にはいかなかった。即刻燃やしてやるつもりだった。


「おっと。返せよ?」


小泉が俺の手から文庫本二冊をひょいと奪い取る。


「何すんだよ?!」


「燃やしたくなるって事は心当たりがあるんだな?」


小泉が意味深な笑みを浮かべた。性格悪ぃなこの女。


そういえば小泉もこれを読んでるんだよな。途端に俺は死にそうになった。


ぶっちゃけるとこの二冊の本、特に二冊目はシャレにならない内容だった。


小泉が言ったように俺はダチのマコトで童貞卒業していた。


作中でもかなり直球で行為の内容が事細かく描かれている。なんでこんな事まで知ってるんだよって細かい所までだぜ?盗撮されてんのかってレベルだった。


だが、これが俺だと認める訳にはいかなかった。


作中の俺とマコトはめちゃくちゃ濃厚な一晩を過ごしていた。俗に言うイチャラブックスってジャンルなんじゃないかとも思えた。めちゃくちゃ複雑な心境だ。クソが。


その上どこで知識を仕入れたのかスタートから終了に至るまで首尾良くコトを終えてキチンと完遂させていた。初プレイでノーミスクリアだぞ?信じられるか?あり得んだろうが。


そこがまず信じられなかった。こんなのは俺じゃない。俺にこんな大それたことが出来るはずない。


絶対テンパるに決まってる。無理無理無理。出来ない出来ない。やり方わかんねぇもん。急にそんなん出来ねぇよ!


俺は首を振った。


小泉がニヤニヤしながら俺を見ていた。


「そうか?私にはこの主人公は九分九厘お前だって思ったんだが?」


「センセェが俺にどんなイメージを抱いてんのか知らねぇけど俺は見た目以上に繊細だからな?」


これは俺じゃない。俺によく似た誰かだ。俺は自分自身にそう言い聞かせた。


しかしそうは言っても、初体験の一夜やらソロプレイの有無やら詳細すぎるセンシティブな内容が暴露されているというのは悪趣味すぎるじゃないか。


いや、違うんだ。俺じゃない。けど、俺に似た誰かの人権を守ってやらねば可哀想すぎる。死んでしまうわ。


「これは俺じゃない。でもムカつくから燃やす。OK?」


俺は何故か上擦ったカタコトで喋っている。落ち着け俺。この文庫本さえ燃やせば問題ないはずだ。


「おっと。貴重な資料を燃やされる訳にはいかんな」


小泉は文庫本をガードする。


「念のために内容はPDF化してクラウドとUSBで保存してるから燃やしても無駄だぞ」


面倒臭いマネしやがって。俺は舌打ちをした。


「で?センセェは俺がこんな事出来る人間だって思ってんの?買い被りすぎじゃね?」


何もかもが不可解すぎた。これを書いたやつは少なくとも20年以上前に俺の出現を予知したのみならず俺の童貞卒業に至るまでを盗撮レベルの緻密さと正確さで知っていた?そんな馬鹿な。


ともかく、と俺は続けた。


「[[男だと思っていた親友が実はCカップの僕っ子美少女で俺にベタ惚れでした〜最後の思い出作りに濃密なイチャラブックスして童貞卒業します〜]]ってそんな都合のいい話が存在するワケねーだろ!?」


「ラノベのタイトルみたいだな」


小泉が感心したように呟く。いやそこは突っ込まんでいい。


「お前は二冊目の方ばっかりに気を取られているようだが一冊目もなかなか興味深いぞ」


またしても小泉がニヤニヤしながら嫌味ったらしく言う。ガチでぶっ○したくなった。


「主人公の[少年]が日常生活を送りつつも親友のマコトとの距離を詰めていく心理の描写はなかなか感動的でいい話じゃないか。最後もうまく着地してるようだし」


小泉はパタパタと文庫本を持っている右手を振る。


しかしだ、と小泉は怪訝そうな顔をする。


「何か引っかかる気もするな」


「どこがだよ?そもそも全体的になんかおかしいだろうが」


「作中のストーリーの流れだよ。もしも作品の主題を[少年とマコトの恋愛]もしくは[二人の心の動き]的な物にスポットを当てるのであれば余計な描写がややあり過ぎる気もしたな。小学生カップル二人の下りとか」


そう言われてみれば確かにそうだった。ほぼストーリー進行に関係なさそうなモブキャラ?の小学生のサイドストーリーが挿入されており作品のテンポを悪くしているような気もした。


「“見たまま、知り得た情報を精査せずにそのまま全部載せしました”って感じに私は思えた」


小泉は何か考え込んでいるように言う。


確かにそうだった。


「予知、或いはなんらかの手段で未来を知る事が出来る人物がこれを書いたとなればしっくり来る」


「この小説が俺の生活にかなり似てるって言ってもさ、タイムリープの証拠とかにはならなくね?」


俺は気味の悪さと後味の悪さを感じずにはいられなかった。誰かが予言?予知で俺の童貞卒業を見てたって?盗撮かよ悪趣味すぎるだろう。


「二冊目の最後の部分を見てくれ」


小泉は文庫本を捲ると最後のページ、裏表紙の裏を俺に見せた。


『昭和95年夏 三回目』


さっき読んだ時には気づかなかった。赤鉛筆で手描きでそう書かれていた。


小泉が俺をじっと見ている。





「佐藤、お前はやっぱり時間を何度も行き来しているな?」

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