第7話 ep1.5「呪いの正体」 行為が術式になる呪いがガチで実在するとか言われても

俺は小泉から奇妙な話を聞き、奇妙な約束をして奇妙なアイテムを受け取って家に帰った。


だがどうしても腑に落ちなかった。


[童貞を捨てようとすると時間が戻る呪い]の意味がわからない。


童貞と呪いが結びつかない。呪いってもっとこう、誰か死んだりする奴じゃねぇの?


俺が呪われてる?そんな呪いを俺に掛けて意味があるんだろうか?嫌がらせ的な呪いだろうか。


その日はなんだか落ち着かなかった。


小泉の話を完全に信じた訳ではない。だが妙な説得力もあったようにも思えた。


小泉から渡された缶は怖くなったので仏壇に供えてから寝た。


翌日の授業も全く頭に入って来なかった。(これはいつものことかもしれない)


放課後、俺は美術準備室に向かった。


「どうした佐藤?早速、缶の中身が減ってたとかじゃないよな?」


小泉は昨日の缶の中身の増減にしか興味がないかのように思えた。いや、俺本体も気にしてくれ。


タイムリープもしてないし中身も減ってない、と俺が言うと小泉はつまらなそうにため息をついた。


「じゃあ何の用で来たんだ?金なら貸さんぞ?」


「ちげぇよ。そんなんじゃねぇし」


俺は勝手に椅子に座った。納得のいく回答が得られるまで帰らないつもりだった。


「質問いいですかセンセェ?」


俺は手を挙げて本題に入る。


なんだ?と小泉が手元の書類から視線を動かさないまま答えた。


「呪いの意味がわからない。誰が俺を呪った?俺は死ぬのか?」


童貞だという事と呪いがどう関係あるんだ?と俺は小泉に問いかけた。


ふむ、と小泉が顔を上げて首を傾げる。


「お前もやはりそこが気になったか」


いいだろう、と小泉は勿体ぶって頷き、本棚から何冊か本を取り出した。


美術準備室は完全に小泉のマイルームと化している。学校に自分専用個室あるとか特権過ぎね?強過ぎんだろ。


「お前は密教立川流というのを知っているか?」


いや知らん、と答えながら俺は勝手に小型冷蔵庫を開けた。


「平安時代から伝わっている流派でな、その筋では有名なんだが」


貰うぜ、と俺は麦茶のペットボトルを掴んでキャップを開けて喉に流し込む。


「簡単に言うとセックスする事自体が術式のような流派でな。お前も呪いもこの系統だ」


「!?」


俺は思わず口に含んだ麦茶を吹き出してしまう。


「何度注意すれば気が済むんだ。気をつけろと言ってるだろう」


タオルで顔を拭きながら小泉が俺を睨む。


お前、毎回毎回俺が飲み物を口に含んだ瞬間にヤベェ話題振ってね?ワザとだろ絶対。



「いやいやいやいや…」


俺は首をふった。冗談じゃない。


「セックスすること自体が術式?俺がか?」


エロゲかエロ同人誌の設定みたいなこと言われても困るんだが。俺にそんな高度な芸当が出来るはず無ぇじゃねえか。


「出鱈目や嘘や創作なんかじゃない。実際にあるんだよこのジャンルは」


少し調べたんだが、小泉は机の上に置いてある古書を広げる。


「と言っても、正式な流派の“密教立川流”ではなくこの地域の一部で独自に変化して伝えられていった亜種のようなんだがな」


“世界呪術全集”というタイトルの本が目に飛び込んだ。


「洋の東西を問わずこの系統の呪術・魔術は存在する」


小泉はコツコツと机の上をペンで叩く。


「日本だと密教立川流が主流だが、西洋だと性魔術、中国だと房中術、呪いとはちょっと違うがインドだとカーマスートラが有名だな」


「なんだよそれ……」


小泉は本をパラパラとめくって図解を俺に見せる。


髭のオッサンとオタフクのような女が絡み合っている浮世絵のような絵を見せられても反応に困る。生々しくてなんかキモかった。


思ったよりガチな話で俺はちょっと引いていた。


「結局俺の呪いってなんなんだよ……」


まあ聞け、と小泉は俺を制する。


「性魔術だのの類というのはわかりやすく言うとエネルギー転用なんじゃないかと私は思っている」


小泉が持論を語り始めた。この話は長くなるんだろうか。俺はぼんやりとキモい図解を眺めた。何度見てもやっぱキメぇな。


「つまりだ、結局の所セックスというのは子孫を残す行為だろう?新しい生命、つまり一人の人間を生み出すエネルギーを発生させる行為だ」


子孫を残す、と言われてなんとなくわかった気もした。そうか、子どもが出来るんだよな。あんまピンと来なくて考えたこともなかった。


「人間一人が生み出される膨大なエネルギーを他の用途に転用したとしたら?」


小泉が俺を持っていたペンで俺を指す。


「わかりません。センセェ」


俺は肩をすくめた。そんなもの想像もつかない。


「他の呪術に比べ、より強大な術式の効果が期待できると考えられるな」


「それを俺が実行するのか?」


無理無理無理無理、なんだそれは。そういうのはAV男優とかプロに依頼してくれよ。


俺には無理だ、と小泉にピシャリと言ってやった。


「嫌とか嫌じゃ無いとか、そういう次元の話じゃないんだ。もう片足…いや両足突っ込んでるからな」


突っ込んでるのは足だけじゃないか、と小泉はぼそりと呟く。


いやいやいやいや…断じて俺は何も突っ込んでなどいない、と重ねて否定する。冗談じゃない。


「勘違いするな。多分お前は術者という訳ではない」


小泉が持っていたペンで俺の額を小突く。


「術者じゃないって言うんならなんなんだよ…オーディエンスか?」


「恐らく遣い手の術者は他に存在する。しかもそう遠くない場所に居る。この地域の独自の流派だからな」


近所にヤベぇ奴が居たものだ。


「この近辺でその術式を伝えられているのはいまや数件の旧家のみだと伝え聞く」


小泉は一呼吸置いて俺を指さした。


「あくまで仮説だが、おそらくお前は依代よりしろではないかと思っている」


依代?なんだそれは。


「わかりません。センセェ」


小泉は俺の目を見てこう断言した。




「つまりだ、お前に何度も性行為をさせてエネルギー回収を実行しようとしている存在があるって事だ」

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