第2話 ep1.「呪いの宣告」 女教師に寝込みを襲われる

夏休み明けの二学期のスタート。


俺は遅めの夏風邪に罹り、三日ほど学校を休んでいた。


親はいない。一人暮らしだ。薬もない。三日間ずっと布団の中で寝て過ごし、たまに水道水を飲んでいた。


とてもではないが買い出しに行けるような体力は残っていなかった。


三日目の夕方に来客があった。


「佐藤ってヤツの家はここでいいのか?」


不意に玄関から声がする。身体を引き摺り見に行くと小学校高学年くらいの子どもが立っていた。


何か異様な雰囲気の子どもだった。男子のようだが巫女のような着物を着ている。


神社の神主とか宮司とか、神社に居る男って紫やら水色の袴のイメージだったが男子も赤い袴って履くんだろうか。


俺はぼんやりと考えた。


きっちりと切り揃えられた黒髪は育ちの良さを感じさせた。





 「……お前、誰?」


俺は立っているのがやっとだった。


 「鏡花ねえさんに言われて来た。おれは甥だ」


子どもの話は要領を得なかった。


 「……鏡花って誰?」


俺の話を聞かず、子どもはズカズカと家に上がり込む。


 「誰って、小泉鏡花だよ。お前さ、自分の担任の先生の名前も覚えてないのか?」


子どもは手にしたビニール袋からスポーツドリンクを出し、俺に手渡した。


 「生存確認だけしてくるように言われたから来ただけだ。残りは冷蔵庫に入れといてやる。」


じゃあな、と言い残すと子どもはめんどくさそうに帰っていった。


何日かぶりにまともな物を口に出来た。


冷えたスポーツドリンクを一気に飲むと少し身体が楽になった気がした。


俺は敷きっぱなしの布団に倒れ込みそのまま少し眠った。


どれくらい時間が経ったろうか。辺りはすっかり暗くなっていた。


ぼんやりと目を開けると人の姿が目に飛び込んできた。


 「……え?」


 「目が覚めたか?」


俺の布団の横に何者かが座っている。俺の額の上には氷枕が乗せられていた。


 「悪いが勝手に裏口から入らせて貰った。鍵も閉めないで無用心だな」


エンジ色のジャージ上下に化粧っけの無い顔。オシャレさの欠片もない眼鏡。無造作に結んだ長い黒い髪。


副担任の教師、小泉だった。


 「……なんだ、センセェか」


 「誰だと思ったんだ?」


 「……別に」


ここ3ヶ月ほど家に帰っていない母親だと思った、とはとても言えなかった。


俺には父親は居ない。母親は家を出たきり殆ど帰ってこない。


実質一人暮らしだったがその事を周囲に知られる訳にはいかなかった。


育児放棄、ネグレクトと見做されると俺は児相に送られるだろう。


それだけは何としてでも避けねばならなかった。


 「うちの親さ、ちょっと仕事でしばらく留守にしてんだよ。悪ぃねセンセェ。手間かけさせちまって」


俺はなんでも無いように振る舞うしかなかった。


 「なあ佐藤」


小泉は俺の顔をまじまじと見つめた。


 「さっき冷蔵庫を見させて貰ったんだがな。神司に持たせたスポーツドリンク以外何も入っていなかったんだが」


 俺は黙った。小泉が何を言いたいのか解っていた。


 「お前の今後については各方面と色々と話し合わねばならんだろう。隠さず全部話してくれ」


何をどう話せばいいのか自分でも判らないまま、俺は暫く天井を見ていた。俺は何処かに連れて行かれるのだろうか。


とは言え、と小泉は視線を畳に落とした。


 「後の話は体調が戻って落ち着いてからにしよう。まずは何か食べて薬を飲まないとな」


小泉は台所から鍋を持って来た。ちゃぶ台の上には薬局の紙袋が置いてある。市販薬を買ってきてくれたんだろうか。


 「悪いが勝手に台所を使わせて貰ったぞ」


小泉はそう言うと鍋から何かを茶碗によそった。


粥か何かだろうか。小泉は匙でそれを掬うと俺の口元に運ぶ。


それを一口食べた俺の身体は頭より早く拒絶反応を起こしていた。ぎゃあ、という自分自身の悲鳴で俺は我に返った。


 「!?」


焦げている。苦い。そして硬い。塩の塊だ。白粥のようだが見たことのない色を放っている。


 「なんだ。不味かったか?」


小泉は不思議そうな顔で俺を見ていた。待て待て待て、どうやったらこんな出来上がりになるんだ?


 「粥を作ろうと思ったんだがそこまで酷いか?大袈裟な奴だな」


小首を傾げる小泉が憎たらしく思えた。お前は病人にトドメを刺しに来た刺客なのか?俺はどうやってコレを錬成したか小泉を問い詰めた。


 「どうやってって…鍋に米と水を入れて強火で煮て…あとは塩を入れただけだぞ?変な物は入ってないだろう?」


恐らく土俵入りの力士ばりに大量の塩を掴んで入れたんだろう。


この世の物とは思えない味がした。鍋の底は焦げていた。誰が後片付けをすると思ってるんだろう。


 「こういう時はレトルトの粥とか買ってきてよセンセェ……ドラッグストア行ったら売ってたろ」


レトルトじゃ味気ないと思ってな、すまんすまん、と小泉は悪びれずに言う。


小泉に手渡されたスポーツドリンクと市販薬を飲んだ俺は再び布団に横になった。


「センセェ、明日も学校だろ?俺はいいからもう帰れよ」


冷蔵庫にあと何本かスポーツドリンクとゼリーが入っているらしいので薬を飲んだら後はもう自力で治せそうな気がした。


他人が居ると落ち着いて眠れないので早く帰って欲しかったのだが、小泉はなかなか帰らない。


何か難しそうな顔をして部屋を見回している。


 「お察しの通り俺は親も居ないし一人で暮らしてる。足りない生活費は紹介して貰った簡単なバイト代で穴埋めしてる。コレで満足か?」


俺はヤケクソ気味に吐き捨てた。これ以上俺の何を知りたいって言うんだ。


小泉はふと立ち上がると神棚に供えてある一枚の札を指さした。


 「なあ佐藤。このお札ってどうしたんだ?」


 「知らん。最初からそこにあった。死んだ爺さんがそこに置いたんじゃねぇの」


どうでもいいから早く帰ってくんねぇかな。俺は若干イライラしていた。病人宅で長居するもんじゃねぇだろ。見舞いは手短にが原則だろうが。


 「この札……」


小泉は神棚に近付いてまじまじと観察している。


もう勝手にしろ。俺は布団を頭から被って眠ることにした。


家探しでもなんでも好きにするがいい。どうせこの家には金目のものなんてねぇんだし。


どれくらい時間が経ったろうか。薬の副作用か少しうとうととしていた俺は不意に目を覚ました。


掛け布団が引っ剥がされ、俺のズボンに手を掛けている小泉が目に飛び込んできた。


 「!?」


俺は声にならない悲鳴を上げた。


 「……逆レ…!」


俺の口を小泉の手が塞ぐ。


 「静かにしろ。誤解するな。そうじゃない」


うつ伏せになった俺のズボンとトランクスは既にずり下ろされかけていた。この女、俺の尻をどうするつもりだ。


 「あの、センセェ、座薬だったら自分で入れるんで……」


俺は必死に抵抗する。小泉は俺の尻の上部、正確には背中と尻の中間のような場所を指さした。


 「おい佐藤、これはいつからだ?いつからある?」


 わけがわからない。ハイレベルな言葉責めなのか?尻なんか全人類が生まれた時から標準装備してるんじゃねぇの?っていうか、なんで尻?最近の逆レってそっちから攻めるの?そういう趣味なの?


大人の考えてることは俺には何もわからない。


 「違う、尻じゃない。尻の上にあるこの痣だ」


小泉はポケットから手鏡を出すと俺にそれを見せた。


 「痣って…いや、それみんなにあるんじゃないの?蒙古斑だろ?大人になったら消えるって言うし気にするようなモンじゃ……」


 「お前な、中学生になるまで残ってる蒙古斑なんてものは無いぞ。いつまで赤ちゃんのつもりでいるんだ?」


俺の言葉を遮って小泉が捲し立てる。やっぱり新手の言葉責めなのか?


 「それにこの痣の形…五芒星のようにも見えるんだが」


俺は小泉が手にした手鏡をチラッと見た。確かに星の形のようにも見えなくも無い。自分の尻の上にある痣なんて眺める機会は皆無だったので意識したことなんてなかった。


 「それがなんだってんだよセンセェ…いい加減離してくれない?」


俺はメチャクチャ恥ずかしくなった。三日以上風呂にも入ってないし汗だくの状態で半ケツをジロジロと見られるのはいい気はしなかった。


 そうか、すまんすまん、と言いながら小泉は俺のトランクスから手を離した。俺はトランクスとスウェットを引き上げると布団を被った。


 「ちょっと気になる事が出てきたから帰るわ。なんかあったら電話しろ」


小泉は乱暴に書かれた携帯番号のメモを枕元に置いて帰っていった。熱のせいかどこからが夢でどこからが現実なのか俺にはわからなかった。


普通は考えられないだろ?一人暮らしの男子中学生の家を女教師が訪問、下着を剥いで尻を見ようとするなんて。俺だって訳がわかんねぇよ。逆なら良かったんだけどな。いや、良くないか。



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