第52 話 奈緒子のご不満


 瞳は、家の玄関に入ると久々に見る靴が有った。お父様そう思うと急いで上がりリビングに行った。

「お父様」


思い切り嬉しい顔をして言う娘に

「瞳か、お帰り」

「お父様、いつお帰りになったの。瞳に連絡をくれればお迎えに行ったのに」


瞳は、久々に会う父思い切り甘えた声で言うと

「瞳さん、とりあえず着替えてきたら」


母親の言葉に確かにそう思うと

「はい、すぐに着替えてきます」


 二階にある部屋に戻ると心が浮いた。お父様が帰っている。小さい頃から瞳は父との接点が少なかった。理由は父親の出張が多い為だった。


 父親は、瞳が生まれた時、女の子だった事に少しだけ残念な気持ちを抱いたが、その愛らしさにいつの間にか溺愛するようになった。


会う時間が少ないこともあったせいだろう。そして、二人目が生まれなかったことも理由だ。


 着替えが終わると、ドレッサーの前で軽くお化粧を直して階下に降りた。娘の足音を聞いた母親が、

「瞳さん、今日は三人で夕食です」

「えっ、待っていて下さったのですか」

既に一九時を過ぎている。


「はい、お父様が、瞳さんと一緒に食べたいと言われたので待っていました」

「本当ですか。お父様。うれしい」


娘の喜ぶ顔を見ながら

「お父さんもうれしいよ」

と言って微笑んだ。


 食事が終わり、リビングでブランディを嗜む父親のそばに座り、一緒に飲んでいると

「いつの間に、お酒飲めるようになった」


一緒に飲んでくれるのを嬉しそうに顔に出しながら聞く父に

「何を言っているの。お父様、瞳はもう二七です。お酒も嗜む年齢です」

「そうか、二七か」

「娘の年齢を覚えていないのですか」

「いや、それはないが」


 含み笑いをしながら口に少しだけブランディを含み、ゆっくりと広げた後にのどを通すと

「ところで、瞳。山之内といったな。彼は。とりあえずシステム部長に据えた。後は、あの男がどうでるかだ。営業三課に回しても腐らずにきちんと成績を半年で右肩上がりにした。社長も驚いていた。まさか、オフセールスの人間が売り上げを向上させるとは、想像もしませんでした。やはりシステム部に戻すべきかと言っていたよ」


一度、話を切るともう一度ブランディを口に含み

「ただ、システム部に戻すと言っても、そのまま戻しては意味がない。そこで課長にという話になったが、話を聞いた所、シンガポールに展開したシステムの立役者は彼だと言うではないか。そこでとりあえず、参画していた部長と課長をスライドさせたが、部長に適任がいない。だから部長にした。彼なら十分にできるだろう。あのポジション程度、回せないなら、お前の夫にはなれない」


父親の口からでた言葉に驚きの表情が隠せなかった。


「お父様だったのですか。淳・・、いえ山之内さんをシステム部長にしたのは」

「いや、私ではない。一企業の些細な人事に口をはさむことはしない。取締役に言っただけだ」

「ですが、お父様が言えば命令と同じです」

「そうではない。取締役連中も自分の会社の重要なポジションを私の言葉で動かすほど馬鹿ではない。前任者が、十分な采配を振れなかったことも一因だ」

「では、取締役会の決定なのですか」

「そうだ」


 父親からの言葉になんとなく理解しがたいものを感じながらも自分に言い聞かせたお父様の言っていることは正しい。淳には頑張ってもらわないとそう思うと


「わかりました。お父様。ところで・・久しぶりに帰国したのです。瞳の時間も取ってくれていますよね」


 暗におねだりをしたいことが丸見えの仕草に思い切り微笑むと

「当たり前だ。私に取って、お母さんとお前の時間は、帰国した後の一番の重要事項だ」

「うれしい」

そう言って、父親の左手に自分の右手を後ろから入れて思いきり甘えた。


時間が過ぎ、瞳は父と母との時間になったことを理解すると

「お父様、お母様、瞳はお風呂に入った後、お休みします」


そう言ってリビングを出て行った。その後ろ姿を見ながら

「わが子ながら、綺麗になったものだな」


目じりを落としっぱなしで言う夫に

「ええ、私も自慢の娘です。あの件さえなければ」


そう言って、目の前に座る夫を見ると

「お前の目は、お母さんそっくりだな。瞳の奥をのぞき込むほどに見つめる」

「そうですか。お母様ほどではないと思うのですが」


視線をそらして言うと

「どうするのです。瞳さんを。山之内さん以外見えていません。今更、見合い等進めても見向きもしないでしょう」

「困ったものだ。あの男に瞳をそれだけ魅了する何があるのかな」

「山之内さんの妻も瞳と同じかそれ以上の方です。あの人には、何か備わっているものがあるのでしょう。我が家に来た時もそれを感じました」

「それが重要だ。いるだけで存在感を示し、人を魅了するカリスマ性を持つことは経営者に取って重要なファクターの一つだ」

「そうですね。あなたも同じです」

隣に座りなおす妻が寄り添ってきた。




「最近、淳の帰りが遅い。前は八時前には必ず帰ってきたのに」


 時計を見るともう九時近かった。独り言を言いながら夕食の準備を整え終えて、待っているとスマホが鳴った。


『ごめん。遅くなった。今、渋谷。これから帰る』

最後にお辞儀している絵が付いていた。


 もう、遅いんだから。でも忙しくなったのかな。なぜかな純粋に淳を信用している奈緒は、


『了解。気を付けて帰ってきて』

と入力して最後にハートマークを入れると送信ボタンにタップした。


「ただいま」


玄関の鍵が開けられる音がした後、元気に聞こえる夫の淳の声に微笑みながら

「淳。おかえりなさい」


 娘の春奈を抱いて出迎えると、淳は春奈に触ろうとした。奈緒がくるっと背を向けて

「ダメ、手を洗ってから」

「えーっ、そんな」


奈緒の仕草に微笑みながら答えると

「じゃあ、着替えて早く行く」


奈緒は、夫の顔見て安心するとダイニングへ春奈を抱いて戻った。


 夕食を終えるともう一〇時を過ぎていた。春奈もベビーベッドで寝ている。テーブルにウィスキーの入ったグラスを置いて、TVのニュースを見ている夫に

「淳、聞いてもいい」

「うんっ」


なにと言う顔をすると

「結婚した頃は、いつも七時位に帰ってくれた。でも最近段々遅くなっている。勿論仕事が忙しい事はしかないのだろうけど・・」


何か他にあるような気がするという顔で不安げに見る妻に

「奈緒、ごめん。実は、・・」

「えーっ。淳が部長に」


流石に驚いて声を大きくすると

「しーっ、春奈が起きる」

「うん、実は一か月前に辞令が出て、朝出勤したら課長で昼食終わったら部長だった」


淳が理解出来ないことを口にすると

「淳、意味わからない」

「僕も。でも本当に部長」

そう言って、バッグを取ると中から会社の名刺とIDカードを見せた。


「わーっ、本当なんだ。良く分からないけど、今度のお給料期待できるかな」


嬉しそうに言う奈緒に

「うん、二倍を超えている」

「えーっ」


またまた大きな声を出す奈緒にまた、

「しーっ」

と言うと


「でも、何かおかしな感じがするから、使わずに今までの生活をしよう」

「分かった」


 奈緒は、お腹に赤ちゃんがいることが分かってすぐに会社を退職した。籍をすぐに入れたものの実家にいた。

 結婚式は都内のホテルで家族と親戚だけでささやかに挙げた。奈緒のウェディング姿がどれほど美しかったは、言うまでもないが。


 淳は、その後、結婚届を会社に提出したが、特に誰に知らせるわけでもなかった。一部の親友と呼べる友人を除いては。


 そして、赤ちゃんが生まれ二人だけの生活が始まると、特に慎ましいと言う程ではないが、贅沢と言う程でもない生活を送って来た。それだけに、たまには、外食や旅行に行きたかった。


「でも淳、旅行行きたい。新婚旅行、行っていないし」

下を向きながら言う奈緒に

「そうだな。今月の給料貰ったら、一泊だけど箱根行こうか」

「えっ、ホント。嬉しい」

淳の言葉に目を輝かせるとふふっと笑った。




―――――


常識的には瞳があきらめるのが普通ですが。

やはりこのクラスの方達は、結婚というものの考え方が違うようです。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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