第51話 再度の昇進


「どうお、悪くないでしょ。このお店」


 どう見てもランチのお店ではない。二人の側には、食事中でも、少し離れて給仕が付いている。


「瞳、ランチ食べたいと言うから」

「ランチ、一緒に食べているでしょ」


 有無を言わせない言葉に、僕はただ黙って目の前に有るプレートに乗る料理を食べ始めた。

 とてもランチで食べる料理ではない。どういうつもりだと思いながらフォークとナイフを進めると


「淳、昨日話した事。考えてくれた」


 僕は、いきなり連れていかれたホテルの一室での事を思い出した。手が止まりいやでも昨日の事が甦った。



 流れの中で抗い様がない状況で瞳を抱いた。腕の中で寄り添いながら

「淳、聞いて」


 自分の腕の中で博多人形の様に透明な肌を見せながら自分に寄り添う瞳が

「あの女性(ひと)と別れて。・・勿論、十二分な生活に困らない保証を一生する。淳が、子供の事を思うなら引き取ってもいい」


 そのあまりにも理解出来ない言葉に僕は目が吊り上がり、罵声を発しようとした時、瞳の手が自分も口を塞いで、真剣な眼差しで僕を見ると


「もう少し聞いて。・・あなたは、我、竹宮家の跡取りとして、今の会社のオーナーに、そして他二〇社のオーナーになる。もちろん、あの女性(ひと)と会うことも良い。でも私の夫で有ってほしい。そして私の体にあなたの子供を・・」


流石に言葉を失った。

そこまでして自分を。

何も声が出なかった。ただ、天井を見ていた。


「淳。すぐに返事はいらない。考えて。まだ時間はある」


…………。



「あの女性(ひと)のお父様の会社も葉月コンツェルンの傘下よ」

それが何を意味するのかすぐに分かった。



 昨日の事を思い出しながら時間が流れると

「淳、大丈夫。目が止まっているわよ」


 いきなり現実に戻され、目の前にいる女性が微笑むと

「まだ何も考えられない」


ちょっとの間、見つめると

「瞳、聞きたい。今日の人事は、君の考えか」


その言葉に

「ふふっ、淳。それは、間違いよ。もし私が、お父様に頼むなら、淳を社長にする。と言うか、あの程度の会社の社長ではないわ」

「あの程度……」


 今の会社は、一部上場企業。それも優良企業だ。それをあの程度と言う瞳の頭が、理解出来なかった。黙っていると


「淳。信じて。今回の人事は、私は関与していない。というか。まだ私の事、会社は知らない。知っているのは、社長と人事部長だけ」


何か、自分がいつの間にか瞳の手の中にいる様な気がした。


食事が終わるともう二時を過ぎていた。


「淳、会社にばれるとまずいから途中で降りて、別々に戻ろう」


 何も言えないままに頷くと会社から二つ手前の信号でタクシーを止めた。先に降りる瞳が

「じゃあ、会社でね」

と言って、さっさと歩いて行ってしまった。


呆れた顔をしていると

「お客さん。料金七三〇円です」

仕方なく払うと自分も会社に向かった。


 一時間以上遅れて会社の入口に入りエレベータで五階に戻ると、何か突発的な用事が有った顔をして席に戻った。


「山之内。昼長すぎだ。人事部長がお前の事、探していたぞ」

「えっ、人事部長が」

「そうだ。席に戻ったら、すぐに人事に来るようにとだ」

「えーっ」


真面目に驚く淳に

「山之内、お前何かやらかしたのか」

「知らないよ。心当たりない」

「だよな。俺が知る限り、女性にも手出せないものな」


一瞬こけそうになりながら

「まあな。とにかくちょっと行って来る」

そう言って、システム部の自分の席から、一度廊下に出て人事部に向かった。


 人事部の壁にあるプレートに自分のIDをかざすとカチャッという音がしてドアのロックが外れた。そっとドアを開けて体を入れると人事部長の席に数人の人が立っていた。


近づくと人事部長が

「山之内君」


いきなりの声に驚くと、周りの人の目も違っていた。

「山之内君。辞令だ。今日課長になったばかりだが、それは取り消しになった」


 えーっ、やっぱりおかしいと思った。システム部もパーかなと思って急に不安な顔をすると

「がっかりするな。課長は取り消しだが、君をシステム部長にする」

「えーっ」


流石に声が出た。

「どういうことですか。自分は昨日まで営業三課で・・」

「山之内君。営業三課のことは全て忘れてくれ。とにかく君に今からシステム部を任せる。これは取締役会の決定事項だ。これが辞令だ」


 そう言って人事部長から手渡された辞令には、確かに山之内淳。貴殿をシステム部長に任ずと書かれていた。


 全く状況が理解出来なままに、周りから拍手とおめでとうの声が掛かりながらシステム部に戻ると


「山之内、いや、山之内部長。昇進おめでとうございます」


 システム部に戻ると昨日まで入社同期の仲間が、半分呆れた顔で言った。

「どういうことだ」

「俺にもさっぱりわからん。営業三課に飛ばされたと思ったら半年してこれだ。俺が聞きたいよ」


 呆れながら仕方なく自分の今日課長席に持ってきたばかりの私物を部長席に移動しようとすると同期が

「若いの。何やってんだ。早く山之内部長の荷物を部長室に移動しろ」

「「はっ、はい」」

システム部に今年配属された新人二名が、急いで動いた。


 部長室は、ガラスで間仕切りのある個室だ。勿論システム部全体が見渡せる。仕方なく部屋に入ると、信じられない事に名刺とIDカードが既に用意されていた。

 どういうことだ。手回しが良すぎる疑問を感じながら淳は、部長席の前にある今までの二倍以上デスクに手を置いた。



―――――


一体、どうなっているのやら。

私にも分かりません。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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