第49話 瞳との再会


 バスが、HNK技研前に着くと淳は、バスを降りた。ゴルフ練習場まで、三分も歩けば着く。


 ゴルフバッグを右肩に担ぎ、速足で歩きながら周りの景色を見ると同じ世田谷でもこの大蔵方面は大分景色が違う。


 元々砧公園周辺の地域は閑静な街で、ちょっと駅から離れた孤島という感じだったが、最近の砧公園内の開発でずいぶん景色が変わった。


 自分が幼い時は、公園の中は何もなかったのにと思いながら練習場の近くの信号まで来た。いつもの習慣で上を見上げるとネットが上がっている。


 たまに都合で降りている時があり、その時は練習が出来ない為、習慣的に見るようになっていた。ネットが上がっているなと確認すると青になった信号を渡ろうとした。


その時だった。環八方向から左折する車の運転席に忘れられない顔が有った。


瞳。


 彼女はゴルフなどしない。なぜと思いながら彼女の乗った車を見るとゴルフ練習場に入って行く。


 なんだろうと思いながら自分もゴルフ練習場のゲートを通り、少し奥にある自動ドアから中に入った。左に折れてカウンタに行くと一階席のロングレンジの打席を希望したが、一杯の為、番号のついた券をもらって、振り返った時だった。


瞳。


 自分を一点に見る視線がそこに有った。その視線の持ち主が、まっすぐに歩いてくると


「淳、久しぶりね」

優しい顔をして微笑みながら言った。


僕も礼儀的に

「久しぶり」

とだけ言うと


「相変わらずね。他に何か言う事ないの。驚いたよとかいつもながら綺麗だねとか」

何を言いたいのか理解に苦しみながら


「驚いたよ。さっき入口で車に乗った君を見た時は。いつもながら綺麗だね」

判を押した返答に


「まったく。・・ねえ、少し時間ない」

「今、待ち時間だから、時間あるけど。なぜここが」

「気にしないで」


 そう言うと出口のほうに歩いて行った。

ゴルフバッグを持ちながらその後ろ姿に着いて行くと、白い色の大型車の近くまで来た。


メルツェデスV12、淳は、その車を認めた時、

瞳は手に持つマスタキーを押すとウインカが点滅して、ロックが解除された。


「淳、乗って」

「えっ、でも僕はゴルフの練習に」

「いいじゃない。乗って」


 有無を言わせない言い様に仕方なくゴルフバッグを後部座席に入れて助手席に乗ると


「奥様とお子様のご機嫌はいかが」


何を聞くのかと思いながら

「いいよ。もちろん」

「そう」

と言うと車を発進させた。


「ちょっと」

と淳は言ったが、それを無視してゴルフ練習場を出てしまった。

そのまま二子玉方向に向かっている。


「どこに行くの」

「私の行きたいところ」


 昔ながら言い様に仕方ないと思い始めるとそのまま車を走らせた。

二子玉に行くと思っていたら、東名高速に掛かる橋を渡ると左に折れて環八に出ると、そのまま渋谷方向に向かった。


えっと思ったが、瞳の顔が真剣だった。やがて、渋谷の高層ホテルの地下駐車場に入れると


「淳、大事な話がある。付いて来て」


えーっと思いながらゴルフバッグは車の中に入れたまま、瞳の後を着いて行った。


 なぜ、僕はこの子の後を付いて行くんだ。断って早く家に帰らないと奈緒が心配する。そう思いながらも体がそうさせた。


 僕は、籍を入れてから一か月後、用賀と経堂の間の桜に住まいを構えた。両方の家から五分も掛からない。淳は赤ちゃんが生まれた後、三週間ほど経堂の実家に奈緒と赤ちゃんを預けた。


 勿論、僕は会社が終わると毎日経堂の家に行く日が続いた。そして、やっと経堂の家から二人の住まいに戻った。そんな中の出来事だった。


「瞳、何か」

その声に何も言わないままに歩く彼女に付いて行くとそのまま、エレベータに乗った。


「瞳、何かあるの」

「大事な話がある」

じっと自分を見る彼女に気を押されながらいるとエレベータが止まった。


「こっち」

エレベータを出ると客室のフロアだった。

そのまま歩き、客室にカードキーを入れると彼を見て


「入って」

と言ってドアを開けた。


 僕が入るまでドアの側にいる。流れで仕方なく入るとじっと彼女を見つめた。

どういうつもりだドアが閉まり、まだ部屋の奥まで行かない僕に


「淳。覚えている。私が、初めてあなたに体を許した時の事」


一呼吸置くと


「信じていいよねと言ったわよね。あなたが初めてだった。心を許せたのは」


少し時間を置くと強く鋭い眼差しで


「なぜ、あの人なの。なぜ私ではないの。赤ちゃんが出来たから。仕方ないから。私に赤ちゃんが出来ていたら結婚してくれた。同じように」


、私でなく、あの人を選んだのか。あれ程、信じていいと言ったのにその言葉を言われているようだった。


 何も言えなかった。瞳の言っていることは、正しいような気がした。もし、奈緒が妊娠しなかったら、僕は奈緒と結婚しただろうかそんな思いが浮かんだ。


「淳、何か言って」


何も言えないままに視線を彼女の目に向けると


「淳、お父様が、私とあなたの事を。あなたと私が、初めてシンガポールに行った時から知っていた。

 あなたにとっては驚くかもしれないけど。お父様は、セキュリティを通して、あなたなら竹宮家を継げるかもしれないと思ったの。

 だから、私があなたに体を許した時も全て何も言わなかった」


言葉を切るように呼吸を置くと


「お父様は、あなたなら、良いとおっしゃっている。例え、外に子供が居ようと」


 やっと瞳が何を言う為にここに連れて来たのか理解し始めた。だが言っている事は、とんでもない事だった。


「淳、私はあなた以外の人に嫁ぐ気はないの」

そう言いながらゆっくりと近付いて来た。


「瞳、君は自分が何を言っているのか分かっているのか」


「分かっています。これを言う為にあなたを誘ったのです。あなたが、あの人と結婚した後、私はあなたを忘れようとした。

 でもダメだった。他の男など見る気も無かった。仕事であなたと会わなくなってから、仕事も詰まらない物になってしまった。だから…」


「だから…」


じっと強く瞳の顔を見つめながら言うと


「あなたをあの女性(ひと)から取り戻すために、私は、今あなたとここにいる」


 ゆっくりと淳の側に近付くと彼の背中に手を回し、顔を近づけた。


 淳は、動けなかった。まるで瞳の視線で金縛りに有ったように体が動かない。そのまま口付けをされると、瞳の左手が自分の手のひらを掴み、自分の右胸に持ってきた。


「淳、あなたと一緒に居たい」



―――――


女性の一途な気持ちというのは、凄いエネルギーを生むものですね。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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