第43話 二人が決めた事
「淳、おはよう」
白のブラウスにクリーム色のセーターそして茶系のスカート、濃い目のソックスにハーフコートを着てマフラーを首元に巻いた奈緒は可愛かった。
「おはよう。奈緒」
嬉しそうな顔をして改札を入ってくる彼女に、視線がついお腹に行った。コートを着ているせいもあるが、全く分からない。
「ふふっ、淳、今お腹見たでしょ。分かったわ。でもまだ分からないわ。朝食どこで食べる。プレーンなオムレツと美味しい紅茶が飲めるところがいい」
いつもの奈緒の言い様に僕は笑顔を見せると
「分かった。九時だと開いているお店少ないけど渋谷に一軒知っている。ちょっと距離有るけど行こうか」
「うん」
いつもなら渋谷は、すぐそばの街だ。自分の体を気にしてくれていることが、分かると私は、心が和んだ。
新宿に出てから渋谷と言う道順もあるが、僕は、あえて世田谷線から三軒茶屋を通り渋谷に向かった。乗り換えに一回多くなるが、何となくそうしたかった。
渋谷に出ると、もう九時半。でも渋谷は、これからお店が開く。
僕は、映画館のあるビルの二階に向かった。綺麗で落ち着いていて、紅茶とオムレツが食べれるお店だ。
「淳、区役所に届けて母子手帳もらう必要がある。定期的な検診を受けるようにしないといけない。でもそれには…」
奈緒の意味が分かった。目の前に座る可愛い女性の顔をしっかりと見ると
「分かった。奈緒、結婚しよう。順番違うけど、すぐに奈緒のご両親に挨拶に行く。僕の家にもすぐ紹介して、お父さんと一緒に挨拶に行くよ」
淳から正式に出た結婚と言う言葉に私は、今まで心の底に有った不安と言う言葉が、完全に消えた。
「淳」
下を向きながらその愛らしい瞳から小さく涙がこぼれた。
「嬉しい」
いつも持っているグッチのバッグからハンカチを出して少しだけ目元に当てると顔を上げて
「淳。私、一生懸命勉強して、言い奥様になるから」
「勉強」
「うん、料理とか家事とか」
一瞬こけそうになりながら
「奈緒」
と苦笑いすると不思議そうな顔をして
「どうかしたの」
「いや」
もう一度目元を潤ませた。
「淳」
急に真面目な顔になった奈緒は、
「聞いてもいい。どうしても気になることがある」
「なに」
右手に持ったコーヒーカップから一口飲んで答えると
「この前、渋谷で見た女性。淳とは何でもないよね…。ごめんなさい。でも気になるの」
奈緒の言葉が心に突き刺さった。
すぐに答えられない目の前に座る男に
「やっぱり。でも今、淳は結婚してくれると言ったよね。もう大丈夫なんだよね」
安心させてほしい。あなたの言葉でという思いが、強烈に分かった。
「奈緒、はっきり言う。あの人の事は、あえて何も言わない。でも、僕は奈緒と一緒になる。お腹の子は、奈緒と僕の子供だよ」
彼のはっきりした言い様に、その大きな瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
「淳」
声を出さずにハンカチを目元に置いて少しの間そうしていると今度は顔を上げて
「ふふっ、ありがとう淳」
もう大丈夫。お腹の子供がまるで、お母さん良かったね。と言うような声が聞こえた感じがした。
まだ、店の中は空いていたが、何となく周りの視線が自分達に注がれているのが分かった。腕時計を見るともう十一時を過ぎていた。
「奈緒、出ようか」
「うん、でもちょっと待って。レストルームに行って来る」
お化粧を直してくるという意味に捉えた僕は、軽く頷くとハンドバッグを持ってレストルームに行く奈緒の後姿を見ていた。
これでいい。でも瞳の事、考えないと。
昨日、母親の誕生パーティですっかり我が家の一員に化した瞳は、帰り際にも
「淳、早く私のお母様も安心させたい。ねっ」
意味は、分かっている。ただ、最近の瞳の言い様に少しだけ引っ掛かっていた。
「分かっている。でもそんなに急ぐことでも」
「でも、でもって」
じっと自分の顔を見ながら
「淳、まだ、何かあるの。ここにいる女性の事」
胸を突きながら言う瞳に、奈緒はこんな言い方しない。心の中に何か風が吹いた感じがした。
奈緒が、お化粧を直して戻って来た。周りの人が見ているのが分かる。
奈緒は、今までの淳に対する自分の心の不安が消えた分だけ、笑顔が花の様に美しかった。本当に嬉しそうな顔をして席に戻ると座らずに
「淳、行こう」
レジで会計して、木枠の洒落たガラス戸を開けてお店の外に出ると
「奈緒、手をつなごうか」
「えっ」
いつも何気なく手をつなぐのにあえて出した言葉にどうしてという顔をして淳を見ると
「だって、階段で万が一あったら」
「ふふっ、淳ありがとう。でも、さすがにそれは、まだ大丈夫だよ。階段が危ないのは、お腹が大きくなって、足元が見えなくなってからだから」
「そうかな。でも・・」
純粋に自分を心配してくれる彼に
「じゃあ、手をつなごうか」
「うん」
いつもなら、奈緒が、すっと何気なく自分の右手を彼の左手につなぐのに、今日は、淳が、まるで初めてつなぐようにそっと手を出して来た。
その手を見ながら嬉しそうに奈緒は、優しく手を添えると前を見た。
「うわーっ、たまらん。少女漫画の初恋じゃないか」
「へーっ、初恋知っているの」
「知らないけど、見た今の。こちらが恥ずかしくなった」
「なによそれ」
「お前だって顔赤くなっている」
「だって、私だって、あんな純粋な心の時が有ったもの」
「いつ」
ちょっとからかうように言うと
「ふん、あなたの様に無神経な男には、関係ない世界よ」
男を残して映画上映館の方へ歩いて行ってしまった。
その声を聞きながら、淳と奈緒は二人で顔を合わせて小さく含み笑いをすると手をつなぎながら階段を降りた。ゆっくりと。
♪♪♪ 竹宮家にて ♪♪♪
「お母様、昨日、彼のお母様の誕生パーティに出席しました」
「誕生パーティ」
言葉の意味を捕えられない母に
「はい、彼のお父様は、家族みんなの誕生パーティを必ず毎年行うと淳が、言っていました」
自分の夫が、結婚してすぐの時を除いて、仕事中心で有った事を考えると自分には想像の外だった。
娘の嬉しそうな顔に違和感を覚えながらも
「そう、良かったわね」
あまり、感傷のない言葉に
「お母様、淳のお母様とお父様は、しっかり私を認めて下さいました」
「それは、あなたの心が、あの人を一生の連れ添いにすると決めた言葉と受け取って良いのですか」
母親の言葉に一瞬、頭が冷静になると、瞳は、母親の視線を外さずにゆっくりと頷いた。
「分かりました。お父様には、そう言っておきます。よろしいですね」
「はい」
少し間を置いて娘の顔をしっかりと見ると冷静な声で
「瞳さん。あの人は、我家の婿に入るということを納得しているのですか。そしてそれが、どの様な意味を持つか、理解しているのですか」
その言葉に、瞳は急に下を向いた。全くそこまでは、考えていなかった。もう一人の女性の存在を知ったことで、ただ淳を奪われたくないという気持ちで心が流れていた。
そこに竹宮家の婿ひいては、葉月家一族である竹宮家の系統を継ぐと言う意味は、あまりに大きかった。
淳には何も言っていないと思うと
「それは、・・・まだ、何も・・」
「瞳さん。それでは、あの人が、本当に婿としてこの家に入るか、分からないという事ではないですか。瞳さんは、自分の言葉で説明すると言いました。大丈夫なのですか」
大事な娘が、既に体を許した相手が、別の女性にも心を奪われている状況で、竹宮家を受け継ぐ器かわからない事に母親は、言葉に表せない不安が出て来ていた。
「瞳さん。もしあの人を竹宮家に入れるならば、早く、自分自身が待っている運命を説明しなさい」
いつもと違う厳しい口調。厳しい視線に瞳は、ショックを受けた。
日曜の朝食に軽い話題で出したつもりが、思いもかけない方向に行った瞳は、不安が海の様に広がった。
何も言っていない。今の会社が、親がオーナーであること程度で驚いていた。竹宮家傘下の会社だけでも二〇社を超えると分かったら・・そう考えるともの凄い不安が心の中に広がった。
―――――
一ツ橋奈緒子さん。良かったですね。
でも竹宮瞳さんの事、まだはっきりしていません。
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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