第44話 二人の両親
「奈緒、ちょっとデパート行こうか」
「デパート」
ちょっと不思議そうな顔をすると
「まだ早いけど、ちょっと見てもいいかなと思って」
少し考えた後、
「えっ、それってもしかして」
「うん、そのもしかして」
急に恥ずかしそうに笑顔になると
「ふふっ、ちょっと早いけど・・行こうか」
私は、つないでいる手をほどいて淳の左手に思い切り寄り添った。
「奈緒、ちょっと歩きづらい」
「私は、大丈夫」
どう見ても歩きづらそうにみえるが、目元を緩めながら歩く奈緒を見て、僕も微笑んだ。
はた目から見れば、若い夫婦にも見える淳と奈緒が、ベビー用品売り場に行くと、店員が嬉しそうな顔をして寄って来た。
「何か、御探し物ですか」
普通なら客から声を掛けない限り寄ってこないはずのデパートの店員が、嬉しそうな顔をしている。
「いえ、ちょっと見ているだけです」
「お美しい奥様ですね。お子様がお腹に」
要らぬことを言う店員に、奈緒が恥ずかしそうな顔をすると
「まあ、素敵。どうぞごゆっくり見て下さい」
と言って年配の店員が、二人の元を離れた。
「淳、淳」
腕を引いて
「聞いた。奥様だって。ふふふっ」
思いきり嬉しそうな顔をする奈緒に、僕も目元を緩ますと目の間にある乳幼児の洋服を見た。
「淳、もう四時だね。一緒いるとすぐに時間が経つよね」
「うん、僕もだよ」
僕の左腕に自分の右腕を絡ますようにしながら歩く奈緒は、今までずっと抱えていた心の不安が消えていた。
「奈緒、これから僕の家に来る」
「えっ」
流石に淳の突然の言葉に驚いた。
「でも・・」
思いきり不安そうな顔をしながら言う奈緒に
「奈緒の心の準備が出来るまで待つけど、少しでも早い方が、お腹の赤ちゃんの為にもいいし」
じっと彼の顔を横から見上げるように見ると
「淳、いいの。本当に」
その言葉にいきなり自分の前に来た彼が両肩を優しく抱くようにして
「奈緒、僕を信じてくれるよね」
ほんの少しの永遠の時間が過ぎると彼の胸に顔を埋めた。
用賀の駅から彼の家までとても長く感じた。普通に歩けば、五分も掛からない。駅から真っ直ぐの道だ。手を握る奈緒の手が震えている。
「奈緒、もうそこだから」
左手に感じた震えを抑えるように言うと目の前の家の玄関に通じる道に入った。
ドアを開けて
「お母さん、お父さん。ただいま」
玄関のドアの中に入ると奈緒に
「入って」
そう言って手を引いた。
まだ、時間は四時半だ。いつもの息子の言葉に違和感が有った母親は、玄関に出てくると息子と一緒に居る可愛くそして綺麗な女性に目をやった。
「お母さん。ただいま。紹介したい人がいて連れて来た」
昨日の自分のバースディパーティに来た女性と違う女性を連れて来た息子に目をやると真剣な視線が帰って来た。
「淳、応接間に通しなさい。お父さんに声を掛けます」
はっきりとした言葉で、そう言うと、瞳の時とは違って、ばたばたと家の奥に消えた。
「奈緒、上がって」
淳の母親の態度に躊躇する彼女に
「大丈夫だよ」
と言って微笑むと
「うん」
と言って玄関を上がった。
「奈緒、来て」
奈緒の手を引きながら応接間に連れていくと
「淳、大丈夫なの。いきなりお邪魔して」
「もういいんだ。自分で決めたことだから」
彼の言葉に安堵しながらも、いきなり来た彼の家と母親の態度に緊張していた。
やがて足音が聞こえると淳の両親が入って来た。父親が目を丸くしている。
「お父さん、お母さん。紹介します。一ツ橋奈緒子さんです」
淳の言葉に
「初めまして。一ツ橋奈緒子です。突然、伺い誠に申し訳ありません」
そう言って深く頭を下げる女性を見ながら
「淳、どういうことだ」
昨日夜に女性を連れて来たと思ったら、翌日別の女性を連れてくるなど、考えられないと父親は思った。母親も同じ目線で見ている。
「座ろう。みんなで立っていても」
そう言うと奈緒に目配せして自分が先に座った。
息子の態度に仕方なく自分達も座ると
「淳、ゆっくりとでいいから説明して。どういうこと」
母親の顔を見た後、父親に目線を動かすと
「お父さん、お母さん。僕は一ツ橋奈緒子さんと結婚します。順番がちょっと違いますが、奈緒のお腹には僕と奈緒子さんの赤ちゃんがいます」
二人とも目が丸くなり声も出なかった。
奈緒は下を向いている。誰も声を出さないまま、時間が流れた。ゆっくりと
「お腹の子の為に先に籍を入れたいと考えています」
その言葉にさすがに父親が、
「ちょっと待ちなさい、淳。お前と奈緒子さんは良いとしても奈緒子さんのご両親はこの事を知っているのか」
首を横に振ると
「お父さん。頼みがある。今から僕と奈緒とお父さんで奈緒の家に行きたい」
今度はこの言葉に
「淳、それは、奈緒子さんのご両親に失礼です。きちんと都合を聞いて日取りを決めて、段取りもして行かないと行きません」
「でも、早く区役所に届けないと」
その言葉に母親は、
「奈緒子さん、今何ヶ月」
じっと見られながら言われると、それを見返すように
「はい、三か月を少し過ぎたところです」
母親は、何かを考える様な仕草をすると
「淳、奈緒子さんのご両親に今から連絡を取れる」
「はい、私がします」
返事の主の目を見ると
「奈緒子さん、すぐにお願いします。あなた、出かける用意をしましょう」
そう言って二人は応接を出て行った。
驚いたのは、淳だった。
えっと思うと両親は、いつの間にか、二人の事を了承して奈緒の家に挨拶に行こうとしている。
奈緒の顔を見ると少し恥ずかしそうな顔をしながら嬉しい顔をしていた。
―――――
奈緒子さん。良かったですね。
来週はいよいよ一ツ橋家へご挨拶です。どうなることやら。
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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