第37話 竹宮家の事情


「淳、じゃあ、明日、成田で」

「うん」


 瞳と体を思い切り合わせた後、そのままホテルのレストランで食事をした。午後八時に瞳の家まで送った後、僕は、家路に着いた。心の中に奈緒がいた。



「お母様、ただいま」


 娘の声に玄関の上り口まで来た母親は、娘の顔をじっと見ると、そのまま上がってくる娘の目を見て肩に手を触れた。


「瞳さん、少しお話が」

 

 何だろうという顔をする娘の視線を無視して、応接に歩く母親の後姿を追いながら付いて行くと娘が自分の向かいのソファに座るのを待って


「瞳さん、山之内さんとは、今後どうするつもり」


母親の言葉の真意をとらえきれずに、返事に困っていると視線を離さずに


「もし、あなたが、あの人を生涯の連れ添いと思い、心に決めたならいいわ。でも、中途な気持ちでお付き合いしているなら、お付き合いが深くなる前に分かれなさい」



母親の気持ちが、益々分からない瞳は、ただ、母親の顔を見ていた。


娘の反応を見ながら

「瞳さん、竹宮家におけるあなたの立場は、良くお判りのはずです。この母が、男の子を産めなかった事に起因する事で有るということは、自分自身良く分かっています。

 でも今、現実として、この竹宮家、引いては葉月家の為にも、しっかりと竹宮の後を継げる人を夫に貰って頂かなければいけません」


葉月家から竹宮家に嫁いだ母親の言葉を理解してくると

「淳に何か」


娘の言葉に壁を作るように目をじっと見ながら数枚の写真を見せた。

「お母さんこれは」


 手に取る写真に写っているのは、彼とあまりにも可愛く綺麗な女性。薄々気づいていたが、こうして証拠写真を見せられるとショックだった。


「セキュリィティに調べさせました」


一瞬、目の前に座る母親に何ということをと思ったが、


「瞳さんが、山之内さんに決めると言うならば、私に任せなさい」

「いきなり言われても」


 私は、時間と共に彼との愛が深くなり、やがて遠くに見えた景色が近くに来てはっきりするものだと思っていた。


 それは時間が、必要な時を選び、二人に寄り添ってくれるものと思っていた。

それだけに母親の言葉は、今の心の時間を取り除き、今、はっきりしなさいと言っているようなものだった。


視線を外さずにいる娘に

「時間は、そんなにありません。瞳さん自身、彼との今日の一日を振り返れば分かることでしょう」


 あまりにもショックな一言だった。私と彼の行動が監視されている。その言葉に怒りを露わにして立ち上がろうとすると


「瞳さん、葉月家の一門として生きていく人間は、生まれた時から定まっていることです」


少しだけ間を置くと


「私も、お父様も同じです。それは全て身を守る必要がある家に生まれた宿命です。

瞳さん自身、既に幼い事からセキュリティに守られていることは知っているでしょう。今の会社にいること自体、瞳さんに万一のことがないようにする為のお父様の計らいです」


 確かに、今の会社は、父の指示で入った。小さい頃出かける時は、いつもサングラスを掛けた男の人が一緒だった。


 会社に入った時、その人たちはいなくなったが、それは完全に監視の行き届く場所にいるからだったのかそう思うと、立ち上がった腰をもう一度ソファに降ろして、しっかりと母親の目を見ると


「淳・・、山之内さんとのことは私がはっきりします」


しっかりとした口調で言う娘に

「分かりました。瞳さん自身で彼の気持ちをはっきりさせなさい」


「お母様、お父様は、私と淳の事を・・」

「もちろん、ご存知です。シンガポールに初めて行った時から」


 その言葉に、一瞬、肌に寒気が走った。これが私の運命。そう思うと、今度はゆっくりと立ち上がり、母親の目をしっかりと見て


「お母様、今夜はこれで失礼させて頂きます。明日からシンガポールです。帰りは金曜日の夜になります」


 急に優しい母親の顔に戻ると二人の前に置いてあるテーブルを周り、娘を優しく抱擁しながら

「瞳さん、行ってらっしゃい」



 自分のベッドに戻った私は、母親の言葉が頭の中から抜けなかった。

彼の女性の事ではない。ずっと見られていたんだ。だから彼に初めて抱かれた後、お母様が家に連れてきなさいと言った。

そして彼への質問の中に彼の調査の為の材料入れたんだ。…ずるい。


 ショックだった。そして彼の側にいた女性の事も。明らかに自分よりも可愛く美しい女性だった。


 たまに見せる淳の意味不明な態度は、あの女性と関係があるのかそう思いながら、でも淳は、信じていいと言った。

 頭の中で二つの事が走馬灯の様にめぐりながら時間が過ぎた。



 僕は、成田空港で瞳を待っていた。

部長の柏木と後藤課長とは、ホテルで待合わせ予定にしている。それまでは、瞳と二人だけだと思うと昨日のこともあり、心の中で瞳が来るのを今か今かと待っていた。


 その時だった。スマホが震えた。誰だろうと思ってスクリーンを見ると瞳と映し出されていた。すぐにタップすると


『思い切り寝坊した。先に行って。予約の便に間に合いそうにない』

『何時ごろ着きそう』

『多分、出発ぎりぎり』


『じゃあ、便変更したの』

『まだ』

『じゃあ、二人で遅れて行こう』


少しだけ、間が有ると


『分かった。淳、便変更の手続きしておいて。私のチケットNoは…』


メールの文面に呆れながら


『分かった。成田着いたらメールして』

『ありがとう』


 瞳のいつもの仕事ぶりからしてもこんなことないはないはずだと思いながら、カウンタで二人のチケットの次便への変更手続きをして、仕方なくデパーチャーには入らずにチェックイン前の入口で待った。


「淳」


 遠くから聞こえる声の方向に振り向くと手引きのスーツケースを引きながら、一生懸命早足で来る瞳の姿を見つけた。


もうと思いながら待っていると息を切らしながら

「ごめん、待った」

「待ったに決まっているでしょう。どうしたの」

「淳のせい」

「えっ」

「本当よ。それで寝坊した」


 訳の分からないことを言う瞳の顔を見ながら、何となく良い方に受け取った僕は、少し含み笑いしながら


「分かった。なんでも僕のせいです」


その言葉に真顔になって

「本当です」

と言って、彼の胸を指で突いた。


寝坊するほど昨日…少し含み笑いをする彼に

「なに勘違いしているの」


少し、恥ずかしくなりながら言う彼女に


「まあ、いいよ。次の便は抑えたから。チェックインしよう」

そう言って自分のスーツケースのバーを引き上げた。



―――――


竹宮家の事情。難しそうです。

文中で出て来た、「葉月家」とは、「彼と彼女」というタイトルの作品に出てくる

家の事です。そちらもお読み頂けると幸いです。

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354055627395879


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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