第32話 戸惑い


一ツ橋奈緒子と同じ会社の営業吉岡との食事場面の続きです。


――――


「あっ、もう二時だ」

そう言った後、目の前に座る女性に向かって


「一ツ橋さん、この後、何か予定入っていますか」


意味は分からなかったが、素直に

「いえ、何も」


「せっかく、お会い出来たので、お腹消化するように散歩しませんか」

「散歩」


 ここは、渋谷の真ん中。散歩と言ってもどこに行くのかな。不思議そうな顔をしていると


「あっ、どこに行くわけでもないんですけど、ここから宮益坂通って表参道の方に歩くとか、公園通りを通ってNHKの方に行ってファイヤ通り辺りに降りて来るとか。そんな感じ。どうですか」


 吉岡さんの言葉を聞いて特に変なとこに行くわけでもなく、自分も時間あることを考えると奈緒の返事を待っている吉岡の顔をじっと見た後、にこっと笑って


「いいですよ」


 僕は天に舞い上がる気持ちだった。同僚とかではなくて、こんなに可愛くて綺麗な人と食事をした後、散歩できるなんてと純粋に喜んだ。


「じゃあ、そろそろ出かけますか」

「あっ、あのちょっと、トイレに」

「そうですね。僕も後で」


 私は、小さなグッチのバッグを持つと席を立った。綺麗に髪の毛が背中に流れている。

 綺麗にくびれた腰とほんの薄く見えるとブラの線が、たまらなかった。

トイレに行く後姿を見ながら羨ましいな。あんなに素敵な人と付き合っている人って、どんな人だろう。

 そう思いながらほんの少し前に見えた後姿に、一瞬だけ頭に浮かんだ事を振り切ると席に戻るのを待った。


 やがて、奥から彼女が現れると、口紅を直したのか、素敵に口元が輝いていた。

吉岡は、麗しいまでの唇をたたえ、笑顔で戻る彼女に、またまた要らぬ事を浮かべたが、

「じゃあ、ちょっと行って来ます」


 自分もトイレに入った。どうしても元気になってしまった状況に、仕方なくコンパートメントに入った後、参ったな。元気になっている。仕方ないか。


 要らぬことを考えながら用を済ませて、テーブルに戻ろうとすると外の景色を見る彼女の横顔が目に入った。

これから、まだ、会っていられるんだと思うとちょっと心が嬉しくなって


「行きましょうか」

自分は席に座らずに声を掛けると

「はい」

と言って奈緒も席を立った。


「嬉しそうな顔をしていますね」

「当たり前です。食事だけでなく、こうやって散歩も出来るんだから。心がちょっと舞っている気分です」

「大げさ」


笑いながら言う女性に

「そんな事ないですよ。一ツ橋さん、あこがれの人ですから」


その言葉に奈緒が、頬を緩ませて笑顔にしながら

「うまいな、吉岡さん」

彼の顔を見ながら笑顔で言うと


「本当です。できればお付き合いしたいです」


 吉岡は、さっき二杯程飲んだワインの勢いも有ったのか、口から出た言葉にしまったと思った。


一瞬、奈緒は驚いたが、自分自身の心の中にある人(男性)を考えれば

「ふふっ、そう言ってもらえるのは嬉しいです」

それだけ言って、笑顔を戻した。


 後を続けない隣で歩く女性の真意をくみ取れないままにこれ以上言うのは、ばかだなと理解して、話題を景色に変えた。



 ♪♪♪  ♪♪♪


「淳、食事したら映画見よう」

「映画。何か今やっていたっけ」

「ううん、この時間から始まる映画、二人で決めればいい」

「そうか。そうだね」


 左手に持つコーヒーをテーブルに置くと、すぐにスマホをポケットの中から取り出した。

渋谷 映画で検索すれば簡単だ。すぐに見つけると上にスクロールしながら、


「瞳、選んで」

目の前のスマホに映る映画の一覧に

「これがいい」


僕は、すぐに映画館の予約席を、画像を映して

「どこにする」

「思ったより空いているね。ここにしよ」


瞳の席と自分の席をタップして決めると、予約のマークが映し出された。

「じゃあ、行こうか」


彼の言葉に

「ちょっとだけ時間あるから、洋服みたい」

「いいよ」


 瞳のリクエストに公園通りにあるお店から出ると、パルコ通りからスペイン坂を降りて宇田川町の通りに出た。

瞳の行きたい西武デパートは、目の前だ。二人で歩きながら


「洋服って何見るの」

あまりその辺には疎い僕が聞くと


「何を見るとか決めているわけじゃなくて、何となく色々見るだけ。女の子ってそんなものよ」


つい奈緒と比較した淳はそんなものかと思うと


「分かった。後ろ付いて行く」

その言葉に瞳は笑顔で答えると西部デパートの横の入口を入った。



♪♪♪  ♪♪♪



「一ツ橋さん、ありがとうございました。とても楽しかったです。本当はもっと一緒に居たいのですけど、無理ですよね」


 私も吉岡さんのスティディな態度に少しだけ心が緩みそうになったが、淳は仕事していると思うと自分だけこれ以上はと思い、何も言わずに頷いた。


「済みません。つまらない事聞いて。じゃあ」

一瞬言葉が切れたが、


「あの、もし今日みたいな時間が、有ったらまた一緒に時間を過ごしてもらえますか」


「はい」

あまりにも素直な言葉に私はは難しくは考えずに返事をしてしまった。


 僕は、彼女の思いがけない返事に、もうダメかなという思いからやったーと思うと、満面の笑みを浮かべて

「じゃあ、今日はここで」

と言って井の頭線ホームに向かった。


 私は、吉岡と駅で別れた後、腕時計を見るとまだ四時前だ。

せっかく渋谷来たんだから、やっぱりちょっと寄って行こうそう思って、最初来た時に立った、入り口からデパートに向かった。


 一階は、どこのデパートも化粧品売り場だ。

日本や外国の有名な化粧品メーカーがずらりと並び、化粧をはっきりさせた女性たちが立っていた。

 奈緒の姿を見ると、いかにも私たちの化粧品はお似合いですと言うような顔をして近づいてくる。

 私は、今日は化粧品を買う気には、なっていない為、すぐに二階のエスカレータに向かった。


 その時だった。一瞬目を疑った。そして足を掛けたエスカレータが上昇しても、奈緒は一点しか見ていなかった。


そんなはずない。今日は来週からの出張の仲間と仕事のことで会うと言っていた。


楽しそうに笑顔で話す男女は、どう見ても恋人同士にしか見えない。


 その二人がエスカレータの陰に隠れると私は、すぐに下りのエスカレータに向かった。下りエスカレータに乗ろうとした瞬間、その二人が楽しそうに会話しながら昇りのエスカレータに乗って上がって来た。こちらに気が付いている様子はない。


 信じられない光景を見ながら二人の姿を遠目に見ながら後ろを追った。

一五分位して、女性が腕時計を見ながら、何か嬉しそうに淳に話しかける。

その後二人は、下りのエスカレータに向かった。


 二人がエスカレータに乗ったのを見た後、自分もエスカレータに行くと、既に二人は、エスカレータを降りて姿が消えていく所だった。


 急いでエスカレータに乗ると右側を降りようとしたが、女性二人が並んで話している。仕方なく一階まで着くのを待ってから、急いで二人が消えた方向に行くと既に二人の姿はなかった。


 周りを確認しながら、出口に向かったが、人だかりで完全に見失っていた。


 淳、そんなことない。あり得ない。他の女性とあんなに楽しそうにしているなんて急いでスマホを取り出すとタップしてメールを送った。


現在電波の届かない所…。メッセージが届かないと思うと、どこにと言う思いが頭の中を駆け巡った。


 立ち止まっていたが、周りの人間がどうしたんだ。と言う顔をしながら通り過ぎるのを見て、奈緒は仕方なく駅に向かった。家に着くまでの間、頭の中は、それだけでいっぱいだった。


 家に着くと言葉もないままに玄関に上がり、母親の声を無視して二階にある自分の部屋に上がった。


 体を自分の腕で巻き込む様に抑えながら、何も頭の中が考えられなかった。

私以外に女性がいるなんてない。

 この前、家に来てお母さんに挨拶してくれた。今度淳の家にも挨拶行くことになっている。淳は、私の旦那様になってくれるはず・・一瞬、頭の中が止まった。


 結婚の約束なんてしていない。赤ちゃん出来た時だって、結婚出来ないと言って堕胎させた。でもずっとそばに居てくれるって言っていた。


 自分自身が、今どういう立場にいるか、不安が心の中を暴風の様に駆け巡った。何も分からないままに、いつの間に上がって来たのか、母親がドアをノックして

「奈緒子、御飯よ」

 その言葉に時計を見るともう六時を過ぎていた。家に帰ってから一時間以上が経っていた。


―――――


混乱の奈緒子。

瞳とのデートの現場を見られた淳。

混迷の色を深め始めました。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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