第30話 一人の時


 明後日、月曜日からシンガポールに出張と言っていた。だから今日は用事があるってスマホに映る淳のアドレスを見つめながら奈緒は、自分の部屋のベッドの側にあるソファに座っていた。


どうしようかな。いつもなら淳と一緒なのに。


心の整理が出来ないままに渋谷でも行こうかなと思うとソファを立って、ドレッサの前に立った。


 輝くほどにいつも手入れしている髪が、胸元まで延び、切れ長の大きな瞳にすっと通った鼻、可愛い唇に透き通る程に素敵な肌に、少し大きめの胸。


微笑むと自分でもいいなと思う時がある。でももう私は淳のもの。私が認めた人。そう思うとふふっと笑って


「出かけようかな。でもちょっとだけ淳にメール。嫌がるかな。でもメールだけだから」

独り言を言いながらスマホをタップした。




 瞳の家を出て、二人で東横線に乗り、渋谷まで来ると、ポケットの中でスマホが震えた。なんだろうと思ってスマホの画面を見ると奈緒と映っていた。


「誰から」

「うん、友達。今日用事があるって言ったから」


嘘はついていないながらも、心に引っかかりながらそう言って瞳を見ると

「そう」


 既に母にも紹介した以上、特に横道にそれなければ既定の路線で行くと思っている。

でもそれは、自分自身でも決めているわけではない。


 ほんの少しだけ遠くにある景色の様なものだと思うと、あまり淳のプライベートに触れることはまだしたくなかった。


 事実、まだ、彼のことは詳しく知らない。私のことも全部話したわけではない。

父方に知られたら、それはそれで大変なことになる。今は、このままが一番いいと思っていた。


「淳、ちょっと遅くなったけど、何か食べない。紅茶飲んだだけだし」

右隣に歩く彼の横顔を見ながら言うと


「そうだね。僕も少しお腹すいていた」

それを聞いた瞳は嬉しそうな顔をすると


「じゃあ、淳選んで」


えーっ、奈緒以上だ。この人、我儘なのかな。そう思っていると


「どうしたの。どこに行く」


 実際のところ、私自身、自分の意思は持っていても、小さい頃から、親の言うことを聞き従うことは、自分が生まれ育った環境そのものだと思っていた。


 それだけに外出しても父や、母が既に決めている場所に行くことだけだった。

だから、食事なども自然と淳に聞いてしまった。


「瞳は」

「淳の行きたいところ」

「うーん、じゃあ歩きながら決めよう」

そう言うと宇田川町の方へ足を向けた。




 私は、小田急線で新宿に出るとそのまま、山手線で渋谷に向かった。

電車の中で入り口に立っていると、何となく自分に視線が来ているのが分かる。


 透き通るような色白の肌に、ほんの少し微笑むだけで人を惹きつける可愛さを持っている。その奈緒が薄いオレンジのワンピースに白いローヒールの靴を履いている。


 ハンドバックは小さめのグッチを持って、ドアの側に立っていれば、誰でも振り向く。でも自分自身は、ごく普通の女の子と思っていた。


 家にいる時に送ったメールの返信が帰ってくる事を期待してはいなくても、返信が来ることを心のどこかで待っていた。


 やがて、目の前のドアが左右に開くと人の流れに入るようにそのまま降りた。


 誰かが、見ている感じがした。でもホームは人が一杯で誰だか分からない。階段を上がり、西武デパート側に抜ける階段を上がり、地上に出ると、さっきの意識は消えていた。


気のせいかと思いながら西部デパートに入ろうとした時だった。

「一ツ橋さん」


 自分の名前を呼ぶ声に、一瞬だけ期待を持ちながら、思い声の方に振り向くと金曜日に同僚に誘われて夕食を一緒にした吉岡さんがいた。


「驚きました。経堂からあなたが乗ってくる姿を見たら、嬉しくて・・。つい渋谷まで来てしまいました。済みません。声を掛けてしまって。失礼でしたよね」


私は、一瞬理解出来ず、吉岡さんの顔を見ると

「吉岡さんは、何か用事があって渋谷に」


一ツ橋さんの感情のない声に一瞬とまどったが、

「スマホを新しくしようと思って」


本当は新宿で良かったが、一ツ橋さんの姿を見て、付いて来てしまったのだ。


「そうですか」

連れなく言う奈緒に


「一ツ橋さんは、・・。済みません失礼でした」


吉岡さんの素直な態度に何となく心が和らぎ、ふふっと笑うと

「良いですよ。私は、時間が有ったので洋服を見に来ただけです。特に目的があったわけでもないので」


「えっ、じゃあ、もしかして今、時間あるってことですか」


 事実、時間は有った。特に用事もなく、もしかしてと淳と会えるかもしれないと思いをはせながら渋谷に来ただけであった。


 吉岡さんの躊躇と、一度話している相手だと思い、少しだけ気が緩むと顔をこくりと下げた。


「じゃあ、今、誘ってもいいですか。少しだけでも一緒に居てくれるのを」


少しだけ間を置いて、心の隙間が開くとふふっと笑って頷いた。


その仕草に

「食事しました。僕まだなんです」


一瞬躊躇ったが、特に食事だけと思うと

「私も」


吉岡さんは、天に舞い上がったような顔をしながら

「じゃあ、一緒にいて貰えます」


「はい」

と答え笑顔を見せると、吉岡さんは思い切り笑顔を見せた。




 僕は、一瞬だけ奈緒が近くにいる感じがした。なぜそう感じるのか分からない。

でも公園通りを歩きながら体の中に感じる思いを隣に歩く瞳に感じられないようにしながら、周りを目だけ動かして見た。


いなかった。いるはずないよな。そう考えていると

「淳、今何考えていた」


えーっ、背筋に汗が流れる感じがする程に驚きながら

「いや、どこ行こうかなと。まだ決まっていない」


隣に歩く彼の少しの戸惑いを遊ぶ心で受け止めながら

「ふふっ、そう」


まるで心を見透かされたような言葉に

「ほんとだって。お腹すいてくるし」

そう言いながら目の前にある、レストランの看板を見つけると


看板を指さしながら

「瞳、あそこでいい」


「いいよ。淳が決めたところなら」

僕の顔を見てにこっと笑った。




―――――


なんか、雲行きが怪しくなって来ました。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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