第29話 瞳の実家


 僕は、午後一時間に田園調布の改札を出て、駅を背にして待っていた。目の前に下り坂がある。そして左右に通じる道。ちょうど下り坂から見てT字路になっている。


 瞳に一〇分前にここで待っていてと言われていた。

僕は、初めて見る景色にキョロキョロしながら見ていると坂道を左から昇ってくる女性(ひと)の姿が有った。


 見覚えのある顔が微笑みながら歩いてくる。シンプルな白のブラウスに薄水色のスカート、薄いピンクのローヒールの靴を履いている。


 段々近付いてくる彼女を見ながら、何故か心がドキッという感じが有った。

いつも見ている彼女とは何か違う。そのまま、じっと見ているといつの間にか側に来た瞳は、


「待った」


 嬉しそうに微笑みながら聞く顔は、しっかりとお化粧をしてはっきりした切れ長の目を一段とはっきりさせていた。

唇には輝くようなピンクのルージュが塗られている。


そのまま、見ていると

「どうしたの。私の顔一生懸命見ている」


左手の人差指で淳僕の胸を軽く突かれた。


「えっ、いや、あの。そう、今来たばかり」


受け答えが可笑しい事に

「ヘンな、淳」


「我が家は、ここから五分位歩いたところ。行きましょう」

彼の左手を握って歩くように誘うと

「あ、うん」

そう言って歩き出した。


私は、歩き出すと握っていた手をすぐに放して

「ごめん、知り合いに見られると・・。まだ恥ずかしいから」


僕の顔を歩きながら見ると恥ずかしそうに笑った。


歩きながら街の説明をする瞳に

「瞳は、ずっとこの街に」

「ええ、そうよ」


「ふーん、ここの街って、高級住宅街として有名だよね。すごいなと思って」

「それは、ここを知らない人が勝手に言っているだけ。大きな住宅街は、駅の反対側だし。それに、私の親がここに住んでいるから、私も住んでいるだけよ。そう言えば、淳はどこに住んでいるんだっけ」


 今更ながらに、自分の体を許した人がどこに住んでいるかも知らない事に、自分自身で少し呆れて、軽く笑ってしまった。


「どうしたの」

「だって、家に呼んだ人の住んでいる場所も知らないなんて・・」

「あはっ、言っていなかったっけ。ごめん、用賀。僕もずっと住んでいる」

「えっ、用賀」


ちょっと分からない顔をしながら、地名だけは知っている言葉に

「用賀って、二子玉の隣の」

「うん、田園都市線で二子玉の手前」

「ふーん」


用賀がどういうところか分からない瞳の返答に軽く目元を緩ますと

「もうすぐよ」


 駅前の坂道を下って、右に曲がり、一つ目の信号を左に、今度は短い坂道を昇り切った右の少し入ったところに竹内瞳の家は有った。


 僕は内心大きな家だなと思いながら見ていると、瞳が家の門をカギで開けている。

 決して小さくない門だ。そしてそれを押すと玄関の庭があり、その向こうに人が立っていた。


「あっ、お母様」

 いきなりの声に僕は、ドキッとしながら、近付くと


「お母様、こちら、山之内淳さん。会社の同僚です」


「初めまして。山之内淳です」


 僕をじっと見た後

「初めまして、瞳の母です。ようこそいらっしゃいました」


 まるで、玄関前で家に入れる価値のある男か品定めされたような気になったが、取りあえず、入れてもらえることにほっとした。


「瞳さん、山之内さんを応接に」

そう言って、自分は、玄関を上がると廊下の奥に消えた。


一瞬、唖然としていると

「淳、さっ、上がって」


 僕に家の中に入るようにただすと、自分が、先に上がった。

僕も靴を整えて、玄関を上がると瞳について行った。廊下を歩いて左手に応接間が有る。僕が見ても分かる調度品が並んでいる。


「すごいね」

調度品を見ながらそう言うと


「私には、分からないわ。でもお父さんの家の方は、もっとすごい。何度か行っているけど、私でも分かる位に」


「そう言えば、瞳は今の会社を選ぶ時、お父さんの指示だと言っていたけど」

「うん、父は、あの会社のオーナーの一族の一人。いつもアメリカに行っているのは、北米の会社を任されているから。私の事を思って、家族で引っ越さなかったの」


 何を言っているのか分からないという顔をすると、廊下を歩いてくる足音が聞こえた。

応接の入り口を見ると瞳の母が、紅茶の準備をして持ってきた。


瞳と僕が座るソファの反対側に座る、一度僕を見た後、

「山之内さん。紅茶は召し上がる」


瞳の母の言葉に

「はい」

と答えると、ティーポットからティーカップに注がれる紅茶から、心が和らぐような香りが漂って来た。


そしてソーサーに乗っている、今紅茶が注がれたティーカップを僕の前に出すと

「山之内さん、召し上がれ」

そう言って、微笑んだ。


 うっ!

 年齢的には、瞳の母親であるから五〇位のはずだが、引き込まれるような美しさがある。


 瞳の親だとすぐに分かるほどに大きな切れ長の目、肩先まで延びた輝く髪の毛、可愛い唇に適度に大きく盛上った胸。体の線も衰えていない。

 恥ずかしくなって、つい下を向いてしまうと


「ふふっ、如何したの」


「…」


「瞳さん、きちんと紹介して。山之内さんを」


淳の態度が分からない私は

「どうしたの。淳」

「あらっ、もう名前で呼び合う仲なの。知らなかったわ。瞳さん、いつの間に」

「あっ、いえ。お母様。その」

「まあ、いいわ」


微笑むと娘と自分の為にもティーカップに注いだ紅茶を口に近づけた。


三〇分程、母親と話すと

「山之内さん、今日はごゆっくりして行って下さい」

そう言って、応接間から席を外した。


足音が消えるのを待って

「ふーっ」

とため息をつくと


「ごめん。お母さん。色々質問ばかりして」

「うん、ちょっと驚いた。家に来てと言われた時は、軽く考えていたけど、ちょっと違った感じ。なんか面接でも受けているような」


「淳、ごめんね。お父さんは、いないし。男の人が話題になったの、淳位なものだから。つい色々聞いてしまった見たい」

すまなそうに言う瞳に


「いいよ。それより瞳の家って・・」

「うん、私が継ぐことになっている。だから、お母様も・・」

「えーっ。それってまだ・・。僕の両親も紹介していないし」

「えっ、淳。ご両親に私を紹介してくれるの。嬉しい」


 言った言葉の意味を都合よく受け取られてしまった事に、頭の中でわっ、まずいと思いながらも


「うん、いいよ。でもちょっと待って。シンガポールの件が、落ち着いてから出ないと」

「シンガポールの件、何か二人に関係あるの」


意味が分からないという顔をすると


「だって、来週月曜日から出張だし。今回のプロジェクトが終わらないと」

淳の言葉に


「そうだよね。でも、今回のプロジェクト終わったら紹介してくれるのね」


 予想もしなかった展開にまずいな。奈緒の事もあるし変に冷静に頭が回る自分に一人笑いすると


「私、何か可笑しいこと言った」

「ううん、展開が早いなと思って」


瞳の顔を見つめながら

「なんか、こういうのって、もっとゆっくり進むのかと思っていたから」

「そうね。私もそう思う。でも・・。淳はいやなの」

「いや、ぜんぜん。その逆だけど。ちょっと驚いただけ。それにちょっと恥ずかしいし」

「キチンと言っていない。どっち」

じっと淳の目を見つめると


「うん、いいよ。僕も嬉しいし」

急に顔が明るくなると、


「淳、出かけよう。今日は夕食一緒でいいよね」

「うん」


特に予定が入っていないことを考えると、なにも考えずに返事した。



―――――


山之内淳君、不味いですよ。これは…。!!


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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