第28話 奈緒子を好きな同僚


近くにあるレストランで食事をしながら

「一ツ橋さん、最近わが社の男どもは、あなたの噂ばかりよ。羨ましいよ」

「えーっ、そんな事ない。誰も声かけてくれないし」

「ほんとー。信じられない」


 実際、奈緒は、会社の誰からも声を掛けられなかった。入社してもう一年が過ぎている。奈緒は、マーケティングという仕事柄、営業や総務のような他部門と交流がない。

 会社で仕事をしている時に話す程度で、誰も食事に誘うとかはなかった。もっとも奈緒も淳のことでいっぱいで他の男に目もくれなかったのも事実だが。


「そうそう、営業の吉岡さん。知っているでしょう、結構一ツ橋さんのこと気にしているみたいよ」

「えーっ、何も知らない」


吉岡は、自分より二年先輩に当たる。


「じゃあ、今度話してみようか」

「いやっ、いいです」


頭の中に淳の事がよぎりながら答える私に浅野は、


「えっ、誰かスティディな人いるの」

「えっ、いや、そういう話は」

「やっぱり。顔に書いてあるわよ。いますって」

「えーっ」

手で、頬を擦ると


「ふふっ、一ツ橋さんのそんな素直なところが、惹かれるんだろうな。私なんか、だーれもだもの。あっ、もうそろそろ戻らないと」

一方的に話を止めると席を立った。


 私は、会社に戻りながら会社の人って誰と会うんだろう。まさか、でもそんな事ない。ずっと一緒に居てくれるって言ったから。

 でも、まだ淳の家に行っていない。そうだ。今度行きたいと言えばいいんだ。淳が出張帰ってきたらそう思うと


「あっ、ちょっと用事がある。先に戻っていて」

「あ、うん、分かった」


先に歩く同僚の背中を見ながら私は、バッグからスマホを取り出した。


 昼食から戻り自席でちょうど仕事を始めようとしていた僕は、いきなりの呼び出し音に奈緒だと思うとスマホをポケットから取り出した。


奈緒からメールが入っているディスプレイに映るメールをタップすると


『出張から帰ったら、淳の家に行きたい』

いつもの言い方ではあるが、僕はメッセージの内容に重さを感じた。


 すぐに返事を出せない、自分の心の変化の理由が分かっていた。

だが、簡単に結論などでない事も分かっていた。どうすればという思いが、返信を打つのを躊躇させていた。


 仕事中なのかな。帰ってこない返信に気を回しているとスマホの下の時計が午後一時を過ぎていた。いけないと思うと、スマホをバッグの中にしまい込み、すぐに会社に向かった。


やがて、午後五時半を過ぎて席を立とうとする私に


「一ツ橋さん。今日この後、何か用事有る」

「えっ」


昼食を取った同僚からいきなり声を掛けられ、不思議そうな顔をする奈緒に


「うん、昼間話したでしょう。営業の吉岡君。ちょっと声かけたら、今日金曜日だし、何も予定ないから、気の合った奴で一緒に食事でもしようかと言ってくれたの。どう一ツ橋さん」


 私は、淳からの返信が来ない理由が分からないままに家に戻ろうと思っていただけに、同僚からの誘いに少し考えると


「このまま家に帰るだけだったから。いいよ」


「本当、じゃあすぐに吉岡君に連絡入れる」

彼女は直ぐにスマホにタッチするとメールした。


 メールでいいのかな。これからすぐに会うのに同僚のしぐさに少し疑問を持ちながら見ているとすぐに返信が帰って来た。


「一ツ橋さん、OKだって。吉岡君も営業の子を一人連れてくるみたい。二対二だからちょうどいいね」


 意味不明な言葉に取りあえず微笑みながら頷くとレストルームで化粧を整えて会社の入口に行った。


「営業二課の吉岡春樹です。はじめましてじゃないけど、始めまして」

はにかみながら言う男に


「一ツ橋奈緒です。初めまして」


実際に、目の前にして話すのは、初めてだった。


「吉岡と同じ営業だけど三課の国立義一です。初めまして」


こちらの男は、確かに初めてだった。誰だろうと思いながら挨拶を返すと


「すごーい。一ツ橋さんって、噂以上に綺麗だ。まさか一年も気づかなかったとは」

「そりゃ、仕方ないだろ。お前、出張ばかりだもの」

「そりゃそうだけど、じゃあ吉岡、お前この美人二人を独り占めしていたの一年間」


吉岡は、自分の左手を顔の前にして振りながら


「いやいや、俺も一ツ橋さんと話をするのは初めて。緊張しています」

「上手ですね。二人とも」


「一ツ橋さん、マーケでしょ。色々声かけられるんじゃないですか」

「そうでもないです」

微笑みながら答える私に吉岡がいきなり


「でも、彼いるんですよね」


「えっ、いや。その・・いないです」

「吉岡君、いきなり直球。女性の心はナイーブなんだから」

浅野の言葉に


「あっ、ごめん。仕事柄、肝心なところでは、ガンと行くので」

笑いながら話す浅野に


「まあな、だから営業二課でトップなんだな」

国立のフォローに


「それは、それ。そうじゃなくて肝心な話。一ツ橋さんの」


吉岡は私を見ながら

「信じられない。じゃあ、立候補したい。いいですか」

「こら、私には、立候補しないの」


 美人の部類に入る同僚の浅野の言葉に吉岡の同僚国立が、


「あっ、僕、立候補します」

「今度考えておきます」

そっけなく撃沈した仲間に


「あははっ、急ぐことないよ。友達からね」

浅野の明るい声立ち直るとそのまま四人で会話が進んだ。



「あっ、もう帰らないと」

腕時計が八時半を回っていた。


「あっ、ほんとだ。もう二時間半たったのか」

そんな言葉にちょうど店員が、


「お客様、予定の二時間半です」

と言って請求書を置いて行った。


「一ツ橋さん、どちらに帰るんですか」


 あの後、浅野と国立は、カラオケに行った。私は浅野さん、慣れてるなと思いながら吉岡の言葉に


「経堂です」

「えっ、僕、生田です。同じ方向ですね。嬉しいな。途中まで送ります」

「ありがとう」


まんざらでない奈緒の顔に吉岡は、嬉しそうな顔をすると二人で駅に向かった。


 吉岡は、空いてはいない電車の中で入り口に立ちながら引き込まれそうな容姿、時々感じる甘い香りを魅力的に感じて奈緒の姿を見ていた。


 私は、電車の中でも色々と聞いてくる吉岡にちょっと面倒さを感じたが、淳とは違った対応に少しだけ、心が和んだ。


「じゃあ、私ここで降ります」

経堂駅に小田急線が入って行くと


「あの、今度会えませんか」

その言葉に相手の顔をじっと見ると


「また、会社で」

と言って、電車を降りた。

悪かったかなと思いながらでも私には淳がいるからそう思うと少しだけ目元が緩んだ。


 やっぱり無理だったのかな。やっと声を掛けられたのに。

吉岡は、ホームから階段を降りて行く奈緒の後姿を見ながらまあ、初めてだもの。いきなりOK出す女性よりはるかにいいかそう思って、電車の窓から流れる景色を見た。



―――――


新しく出て来た吉岡君。一ツ橋奈緒子さんは、難攻ですよ。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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