第27話 再出張
「奈緒、また、シンガポールに出張してくる」
「またあ、いつ行くの」
「三週間後、今度は、三日位だけど、月曜日行って、金曜日帰ってくる感じかな」
「そう、じゃあ、土曜日会えるね」
「うん」
私は、淳のちょっとした言葉の音の違いを感じた。前だったら嬉しそうに返事したのに、何か言葉に重さが有った。
「淳、何か心配事でもあるの」
「えっ、どうして」
淳の顔を見つめながら
「声が少し重そうな感じがした。でも気のせいだよね」
何か、感じているのかな。奈緒の言葉の裏に瞳の顔が一瞬だけよぎった。実際、心の中は、奈緒だけの世界から少しずつ変わり始めていた。しかし、僕自身は、まだそのことに大きな呵責を感じていなかった。
「でも、奈緒だって、前だったら金曜日会いたいって言ったのに」
「それは、淳の事を心配しての事よ」
少しだけ、目元に恥ずかしさを出しながら言った。
「そうか、ありがとう」
その言葉を言いながら腕時計をちらっと見た。午後一〇時を過ぎている。
「奈緒、そろそろ帰らないと」
「えーっ、まだいいよ」
思いきり甘えた声を出しながら、目の前にあるほとんど水と化したモスコミュールのグラスを両手で触りながら言うと
「だめ、特に今日は、朝から奈緒の家にお邪魔している。きちんと帰らないとお母さん心配する」
「大丈夫なのに」
わがままっぽく言いながら仕方ない顔で奈緒はカウンタに並ぶ椅子から腰を外した。
月曜日、会社に出社した僕は、いつものように一度自分の席に行ってPCの電源をオンにすると、うがいと手洗いの為に廊下に出た。
竹内瞳が、反対側から歩いて来る。
会社では二人の事は誰も知らない。すれ違いざまに視線だけ合わせると、少しだけ目元が緩んだ。
席に戻りPCのタスクバーにあるメールアイコンをクリックするとメールソフトが起動し始めた。それを待っていると
「山之内、もう連絡は言っていると思うが、今日のミーティングで、来週向こうで行う最終受入れテストの手順確認をする。テレビカンファレンスするから宜しくな」
いきなりの言葉に振り向くと真面目な顔で柏木部長が、立っていた。
「分かりました。資料の準備は先週中に終わっています。向こうとも金曜中に今日の件は話してあります」
「さすがだな。お前を選んだ俺の顔も立つ。宜しく頼むぞ」
「はい」
僕の返事に満足した顔で自席に戻った。
柏木部長と話している間にメールソフトが立ち上がっていた。すぐにIDとパスワードを入れると、左下に受信メールのカウントが表示された。
うわあ、多いなそう思いながら取りあえず題名だけをスクロールすると一番下の最新のところに竹内からのメールがあった。最終受入れテストの件と書いてある。
この件に関する打ち合わせは、現地時間を考慮して今日一四時からのはずだ。なんだろうと思ってメールをクリックすると
『山之内さん。
お疲れ様です。 事前打ち合わせをランチミーティングで行えますか。
竹宮』
メールの内容に、周りに気付かれない様に微笑むと
『竹宮さん 下記の件、了解しました。 山之内』
と書いて送信ボタンをクリックした。
これならばIPOの連中が見ても分かららない筈だ。
二人だけで昼食を取る時は、場所を決めてある。会社から少し離れた一〇分位のところにあるスパゲティのお店だ。十二時を過ぎると急いで席を立つと待ち合わせ場所に向かった。
ドアを開けて見つけようと店内を見ながら奥に行くと右隅の二人座りの席に座っていた。
「待った」
「ううん」
僕の目を見ながら言う瞳に
「どうしたの。今日は打ち合わせ午後からあるし」
僕は店員が来て、水の入ったグラスを置くと
「竹宮さん、オーダーは」
「まだ淳が来るのを待っていた」
そう言って、店員にボンゴレのスパゲティをオーダーすると僕も同じものをオーダーした。店員が、メニューを持って席から離れると
「竹宮さん、山之内」
「あっ、ごめん」
初めて心を許した相手であり、一緒に居ると心が休まる感じがする瞳は、彼と一緒に居るとリラックスした頭になってしまう。見返すように瞳の顔を見ながら言うと、今度は下を向きながら
「山之内さん、ちょっとお願いがある」
下を向いたままの相手に
「なに、下を向いてどうしたの。顔を上げて話せば」
そう言う相手に、下を向いていた顔を上げて
「山之内さん、…今度の土曜日、我が家に来ない」
「……」
僕は、声が出なかった。全く理解出来ない言葉に、黙ったままにしていると
「そうだよね。無理だよね。いきなり女性の家に来てなんて」
またまた、下を向いてしまった瞳にやっと声が喉まで戻って来た僕は、
「どうしたの。行くのは・・まあ、いいけど」
「えっ、ほんとう。良かったあ」
急に笑顔になって顔を上げると
「じゃあ、午後一時でいい」
「えっ」
まるで段取りが既にされている様な言いように言葉をゆっくりと
「どうしたの」
と聞くと
「実は、この前の件、お母さんにばれていたみたいなの。石鹸の匂いが残っていたみたいで」
顔を赤くしながら小声で言うと
「それで、お母さんが、一度お会いしたいと言って。私お母さんのお願い断れない。だから、大丈夫って言ってしまって。ごめん」
両手を顔の前に合わせるようにすると僕は、呆れたように
「そうか、しかし・・いいの」
「うん、いいの、いいの」
来週には、シンガポールに行く。その前の土曜日に瞳の家に呼ばれるとはそう思いながらも、準備は既にほぼできていることを考えるとまあいいかと気楽に考えていた。
私は、水曜日いつものように淳と会った時、今週土曜日会いたいと言うと、今度の土曜日は、来週月曜日から行くシンガポールの仲間と会うから会えないと言われた。
じゃあ、日曜日はと言うと、淳はちょっとだけ考えて日曜日も翌日の準備で無理と断られた。
何かが違うと感じていた。いつもなら、間違いなくどちらかは、会えたはず。そんな事を考えながら、自分のデスクの前に置いてあるPCのディスプレイに映るグラフを眺めていると
「一ツ橋さん、どうしたの。目があっち向いているわよ」
いきなりの言葉に
「えっ」
「もうお昼よ。一緒にどう」
隣に座る同僚の浅野千賀子からの言葉に今まで考えていた事をしまい込むとにこっと笑って
「ありがとう、うん、一緒に」
「一ツ橋さん、何か最近可愛いさプラス綺麗と言う言葉が合うようになって来たわね。何か良い方法でもあるの。今更、彼が出来たから。なんてことないだろうし」
奈緒は、ふふふっと笑うと
「内緒」
と言って、右手の人差指を縦にして唇に持ってきた。
自分でもあの時以来、顔が少しだけ違ってきたことを感じていた。
―――――
深み入る瞳と淳、今後の展開どうなるのかな?
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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