第22話 別の人2
「竹宮さん、ここ」
年季の入った重たそうなドアと曇ったガラス窓の店だ。どういうところなんだろうと思っていると山之内君がドアを開けた。
「今、電話した山之内ですけど」
「お待ちしておりました」
中から、愛想のよさそうな腰から長いエプロンをつけている店員が声を掛けた。
「どうぞ、こちらへ」
左奥に二人掛けのテーブルとイスが用意されていた。私は、店内を見ると右側に四人座りのテーブルが二つだけある。それと自分達のテーブルだ。
わあ、こじんまりしてる。それにフランスのワインの産地の地図だらけ。
へーっ、渋谷にこんなお店があるなんて感心しながら案内されたテーブルに着くと、先程の店員が私の為に椅子を引いてくれた。
にこっと笑ってゆっくりと座ると山之内君も座った。
「どお、こじんまりしているけど素敵なお店でしょ」
「うん、とても素敵」
二人の会話を聞きながら嬉しそうな顔をしている店員が、
「おしぼりです」
と言って二人におしぼりを渡した。そして
「ワインリストとメニューです」
そう言って、二つが一緒になっているメニューを渡した。
「ワインも頼むけど、ちょっとのどが渇いたね。グラスビール先に頼もうか」
「うん、そうしよう」
「その間に料理も決めよう」
僕は、グラスビールを二つ注文した。竹宮さんは、メニューを見ながら
「わあ、色々あるね。山之内君に任せた」
実際、全く分からなかった。その言葉に山之内君はにこっとすると
「うん、了解。適当に決める」
僕が、メニューを見ている間、竹宮さんは、お店の中をキョロキョロと見た。店の中全体がウッディな感じだ。ライトも適度に明るく、柔らかい感じを醸し出している。
結構素敵なところ知っているんだな。誰と来ていたんだろう。そんな気持ちになってつい山之内君を見ると、自分の方を見ているのに気が付いた。
「どうしたの」
「えっ、いえ、ちょっと」
自分の思いについ、顔を染めた。
どうしたのかと思ったが、まあいいかと思うと
「竹宮さん、赤ワインと白ワインどちらが良い」
「山之内君の好きな方でいいよ」
実際に分からなかった。
「じゃあ、マスター、サンテミリオンのこれお願いします。それと料理だけど、ソフトシェルクラブ、サラダは、シェフのお任せ。後、お肉は・・」
と言って、先程の店員に言うと
「ありがとうございます」
と言ってテーブルから下った。
そして、先程頼んだグラスビールをすぐに持ってくると、またにこっとしてテーブルから離れた。
「竹宮さん、乾杯」
「山之内君、乾杯」
僕は、グラスビールを一気に半分くらい飲むと竹宮も三分の一位飲んだ。
「やっぱり、結構のど乾いていたね」
「うん」
もう一度竹宮さんは、グラスビールを口にした。竹宮さんは、今日のラジオの公開放送で司会をしていた男女の事や、いつもどんな話をしているか、細かく説明した。
僕は、一生懸命話す竹宮さんの口元を見ながら可愛いなと思いながらその口元から流れ出る言葉を聞いていた。
「ところで、山之内君、休みはどうしているの。今日はデートだけど」
竹宮さんの質問に、ちょっと思考を動かすと
「うん、結構にぎやか。土曜の朝は、会社に行く時間と同じに起きて、コーヒー、新聞、観葉植物の水を上げた後、ゴルフの練習と水泳をする。後はのんびりかな」
「ゴルフと水泳」
どこでするんだろうと思うとすぐに言葉が出た。
「うん、砧にある世田谷総合運動場の中にある」
「そう、誰と行くの」
「誰と。一人だよ」
「じゃあ、今度私を誘って。ゴルフするから。水泳はちょっとだけど」
ゴルフするんだと思うと
「いいよ。今度行くとき誘う」
「ありがとう。ところでラウンドは」
「うん、御殿場に会員権を持っているコースがある」
「えーっ、御殿場」
竹宮さんは、ゴルフをするだけに御殿場の言葉に反応した。
「有名なとこじゃない。ちょっとトリッキーだけど、全ホールから富士山が見える」
「わーっ、本当。ねえ今度連れてって」
「うん、いいよ」
他愛無い会話に赤ワインが効いて、私は楽しかった。それに明日は日曜日。特に帰りの時間を気にすることもないと思うと山之内君との会話が弾んだ。
「食べたね。結構お腹一杯」
「うん、僕もだよ」
ちらっと腕時計を見ると、まだ八時半だった。
「食事始めるのが早かったから、まだ早い時間ね。取りあえず出ようか」
「そうしよう」
僕は、マスタにチェックを頼むとこれからどうしようと思った。やがて、請求書を持ってくるとクレジットカードを渡し精算をした。
「山之内君ご馳走様」
そう言って竹宮は椅子を外した。
坂を降りてすぐ左に行けば渋谷駅だが、何となく時間も早かったせいか。右に歩いた。いつの間にか竹宮さんが自分の左手を握っている。
言葉も言わずに歩いていると
「山之内君、あそこ通りたくない」
竹宮さんの視線の先に宮下公園下のガードが有った。
「分かった」
それだけ言うと大回りになるが、明治通りをまっすぐ行って、線路沿いの次のガードを左に回った。竹宮はここでも山之内にぴったりと付きながら歩いた。
黙ったまま歩いていると
「山之内君、誤解しないで聞いてくれる」
意味の分からないままに頷くと
「私、小さい頃から、お父さんは出張が多くて、東京にいても帰ってくるのは遅かったの。だからお父さんのご両親とお母さんに育てられた。
小学校、中学校は勿論のこと、高校も厳しいしつけの女子高。お母さんも通学したと言っていた。大学でもそうだった。
だから男の子の彼なんて出来なかった。作れなかったと言った方がいいかな。お母さんやお父さんの両親が心配するから。
それだけに今の会社もお父さんの指示で入ったの」
少し黙った後、
「シンガポールで山之内君といつも二人だけになった時、ちょっと不安だった。
柏木部長や後藤課長は、勝手にどこか行くし、知らない土地で同じ会社の人とはいえ、男の人と二人きりなって、初めての経験。
だから、最初強く出たのは、山之内君を牽制する意味もあった」
そう言う事だったのか聞いていながら、僕は心に残っている記憶を戻すと
「だから、最後までずっと優しくしてくれた山之内君に少しだけ心が許せた。デートと言ったのは、そんな気持ちから。でもこうして一緒にいると、本当に……。ごめん。私でいい」
竹宮さんの気持ちを理解した僕は、何も言わず竹宮さんの顔を見ると軽く頷いた。
「いいよ。僕こそ宜しく」
山之内君の左手を持っていた自分の右手を少しだけ引いて山之内君の顔を見た。少しだけ目を潤ませて。そしてゆっくりと目を閉じた。周りには誰もいない。
僕は、ゆっくりと自分の唇を竹宮の唇に合そうとすると唇が震えている。僕は、両手で竹宮さんの体をさせるとしっかりと唇を合わせた。
どの位経ったのか、長いのか短いのか分からない時間が通り過ぎと、またゆっくりと唇を離した。竹宮さんは、僕の顔を見た後、胸に顔をうずめた。
―――――
これで良いのかな?
良くないと思うんだけど山之内君
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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