第21話 別の人


「淳、あまり飲みすぎては、だめよ。後、必ず連絡を入れて。待っているから」

「分かった。必ずそうする」

「じゃあ」

「うん」


少し寂しそうな顔をしながら歩き始めた奈緒の後姿を見ると、自分も経堂の改札に入った。


奈緒を三時過ぎに経堂の駅まで送った淳は、もう一度、豪徳寺、山下、三軒茶屋、用賀と今日、二度目の同じルートで家に戻った。


なんとなく、奈緒と会っていたことを流したかった。気持ちの整理と言ってもいい。五時に竹宮さんと渋谷で待合わせている。奈緒と会ったままの気持ちや洋服でそのまま行くことを自分の気持ちが許さなかった。


それは、自分自身の奈緒や竹宮さんに対する後ろめたさから逃げることだったのかもしれない。


「ただいま」


この時間では、誰もいないことは分かっていたが、一応声を出して家に入ると、そのまま、洗面所に入った。

服を脱ぎ、バスへ入るとお湯のスイッチをオンにした。蛇口を手前に回すと、水が冷たかったが、何も気にせずに浴びた。


「ひゃーっ、冷たい」


段々暖かくなって来たので、石鹸を取ると顔を洗い、シャンプーで髪の毛を洗うと大分すっきりとした。ボディブラシで体を洗い、再度シャワーを浴びると今度は暖かいお湯が出て来たのでしっかりと浴びて、バスを出た。


 ちらっと時計を見るともう四時を過ぎていた。いけないと思って、急いで着替えると駅に向かった。


土曜だと言うのにいつも田園都市線は、混んでいる。両親が用賀に初めて越して来た頃、まだ渋谷、二子多摩川間しか走っておらず、新玉線と呼ばれ、とても空いていたと聞いていたが、今を考えると信じられなかった。


渋谷で田園都市線を降り、中央の改札からセンター街方向に抜けて、この前行ったお店の前を通りパルコの裏側に出ると、もう人だかりでいっぱいだった。


みんな、公開放送が行われているガラス越しのボックスを覗いている。スペイン坂方向からは、人が流れ出て来ている。


 僕は、竹宮さんが来ていると思い、探したが見当たらないので、早かったかなと思い腕時計を見ると午後五時を少しだけ回っていた。


遅れているのかなと思って、人だかりを少し離れて見ていると、ボックスの中で司会者が何か言うたびに、みんなが笑っている。その様子を見ながら待っていると、


「山之内君、待ったあ、ごめん。家を出るのが遅れた」


声の方向に振り向くといつもよりしっかりと化粧をして、爽やかな白を基調としたワンピースにオレンジ色のバッグ。僕には知らないマークが付いている。

そしてスクエアプレートにバリーのシンボルをかたどったクリームイエローの靴を履いていた。

 あまりにもいつもと違うイメージに、淳はつい目を見張っていると


「どうしたの。私に何か付いている」

「いや、とっても爽やかで素敵だなと思って」

「ふふっ、ありがとう」


実際、私は山之内君とのデートの為、結構洋服を選んでいるうちに遅れたのも事実だった。


僕は、濃い目のブルーのコットンパンツにストライプの入ったシャツ。そして紺のジャケットと気軽な装いだった。


「見て、ガラス越しのボックスの中にいる男性と女性のDJ。結構有名なのよ。二人の会話が楽しくて、この時間は、いつも一人でFMを聞いているの。こうやって生で公開放送聞けるなんて嬉しいな」


そう言って、いきなり、だらりと下げていた腕を掴まれた。気づかれないようにチラリと見ると腕をつかんだのが当たり前の様にしてガラスボックスを見ていた。そうしながら竹宮さんは、色々説明をしてくれる。

 僕は、分からないながらも嬉しそうに話す竹宮さんを見ていた。


「さて、今までお聞き頂いた皆さん。六時で終了の時間です」

そう言いながら、隣の女性との掛け合いをしていた。やがてその放送が終わり、次の放送のDJが現れると


「楽しかったあ。山之内君、こういうの見るの初めて」

「うん」

「どうだった。面白かったでしょう」


僕は、あまり良く分からなかったが、竹宮さんの言葉に

「うん、楽しかった。あまりよく分からなかったけど」

「そうだよね」

そう言いながら僕の反応をものともしないで


「ねえ、少し早いけど食事行かない」

期待するような顔で言う竹宮さんに


「そうだね。どこが良い」

「山之内君、選んで」

またーぁ、もうと思いながらも


「どこにしようか。竹宮さんワインとか飲める」

「ワイン・・。少しは」


私は、ワインの事は全く分からなかった。どちらかと言うと日本酒派だ。父親譲りなのかもしれない。ただ母が白ワインを好んで飲むので全く知らない訳ではなかった。


「じゃあ、ちょっと聞いてみる」

と言うとポケットからスマホを取り出して、アドレス帳を出すとタップした。


「あの、今日空いていますか。・・はい、今から行きます。・・二人です」


「大丈夫だって。ここからちょっと歩くけど、こじんまりしたお店がある。フランスの田舎料理屋さんって感じ。ワインはとても美味しいよ」

「うん」


私は、この前に続いて、山之内君が、自分の為にお店を予約してくれた事がとても嬉しかった。


 ラジオの公開スタジオから一度パルコ通りに出て、駅の方に下った。土曜日の夕方だけに人通りはとても多かった。


 丸井の方に下って行くとそのまま、宮下公園方向に歩いた。この辺はどちらかと言うと渋谷の中では、あまりきれいな地区ではない。


私は、ちょっと抵抗が有ったが、山之内君が付いているならと思い、何も言わず一緒に歩いたが、ガードを抜けて行くときはさすがに彼にくっ付いた。


 僕は、道路側を歩きながらも結構べったりと腕にくっ付いてくる竹宮さんに遠慮なく来るなあと思ったが、抵抗のあるものが結構ガード壁側に居る為、仕方ないのかと思ってそのままにした。

ガードを潜り抜けると掴んでいた山之内君の腕を離し、


「ごめんなさい。ちょっと苦手なの」

「いいよ。仕方ないから」

「ありがとう」


微笑みながら言う竹宮さんは、可愛かった。白のワンピースがとても良く似合う。この姿ならホテルのレストランとかが合うのかもしれないが、山之内は、自分の財布と相談するとどうしても今行く所が、限界かなと思った。

明治通りの信号を渡り、少しだけ歩いて右の坂を途中まで上ると左側にその店は有った。



―――――



次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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