第20話 心の変化


結局、この日も田園調布まで送ると僕を改札の中において

「送ってくれてありがとう。じゃあ」

そう言って、改札を出て一人で歩いて行った。


今一つ竹宮さんの行動を理解できないままに渋谷方面の電車に乗るとスマホを見た。やはり奈緒からのメッセージが入っていた。


『淳、連絡ほしい』それだけだった。


心に一抹の重さを感じながら奈緒と思うとすぐにスマホにタップして

『奈緒、ごめん。新しいプロジェクトの仲間と飲んでいて遅くなった』


嘘ではなかった。竹宮さんは確かにプロジェクトも仲間。こう言う事によって僕は、少しでも自分の心の重さを軽くしようした。


 翌日、僕は奈緒と会う約束をした。奈緒の体を心配して経堂の駅の側で待合せようと言ったが、

『しばらく渋谷に行っていない。渋谷で会いたい』

奈緒からのお願いにいつものハチ公前交番で会った。



 あれ以来、奈緒の顔が少しだけはっきりとした感じに変わったような気がする。歩いていても反対側から歩いてくる人が、奈緒の顔を見る事が多くなったような気がした。

つい、生まれてくる子供は男だったのかなない知識で要らぬことを考えていると


「淳、どうしたの。私の顔見てニタニタしている」


見つめられて嬉しそうな顔をしながら目の前で、アルコール度の薄いチューハイを飲んで、元の様に元気な顔になった奈緒が言うと


「ううん、何でもない。奈緒が元気になって良かったな。と思って」

「うん、淳がいつも側に居てくれるから。ねえ、明日、行きたいところがる。スカイツリー。行こう」


言い方もだいぶ前に戻って来た。一時期おしとやかに言っていた頃を思い出すと、つい微笑んで


「いいよ、でも日曜じゃダメ。明日、夕方からちょっと用事がある」

「用事。何」

「うん、今のプロジェクトの連中と会わなければならないんだ」

「えーっ、休みでしょ。土曜日は」

「うん、ごめん。仕方ないんだ。上司も出てくるし」


心に重さを感じながら顔には出ないようにしている僕に、


「仕方ないな。じゃあ、三時までは、私と一緒にいて。いいでしょう」

甘えながら言う奈緒に、つい目元を緩めながら

「良いよ」

と言うと急に腕時計を見て


「淳、まだ、八時半。でももうお店出たい」

「えっ」

意図していることが、なんとなく分かった。

「分かった」

と言うと席を立った。



私は、あの件以来、淳が側にいる安心感の一つは、体を合わせていることだった。そうすることで淳は、本当に自分の側にいると思うようになった。


心の隅で一度妊娠した女だが故に、捨てられると言う恐怖心みたいなものが有ったのは、隠せなかった。

それだけに淳に抱いてほしかった。まだ、心が大人になり切れていない私のささやかな抵抗だった。


僕は、そんなことしなくても奈緒への気持ちを維持できた。むしろ控えたかったのが本当のところだ。


「奈緒、無理しなくてもいいんだよ。体もまだ万全じゃないんだし」

「ううん、いいの。淳とこうしていると心が安心するの」


可愛さにはっきりとした感じの顔になって来た奈緒は、本当に素敵だった。

そんな奈緒が、自分を抱いてほしいと言っている。断る方が無理だった。ただ、体に少しだけ変化は有ったが。


 翌日は、一〇時に経堂で待合わせをすると、ちょっとややこしいが、豪徳寺、山下、三軒茶屋経由で二子多摩川に行った。新しく出来たお店を見るためだ。


「へーっ、こんな感じなんだ。やっぱり東急ね」


奈緒は、生粋の小田急育ち。僕は、生粋の東急育ち。小田急主体のお店と東急主体のお店、しいては京王主体のお店、すべてカラーが違う。

それだけに今度、二子玉川に出来たお店は期待が有ったが、ベースが東急なので、奈緒はあまり変化を感じなかったようだ。


「でも、本屋さんが、電化製品を売るなんて面白い発想ね。でも白物家電はさすがにないわね」


奈緒は、大学でも優秀な成績で出ただけに、一般的な教養は身についている。なんだかんだと言っても目を輝かせながら一階を見た後、エスカレータに乗って二階も見始めた。


「ははっ、淳、見て見て、キッチンセットある。それに側に有る本、キッチンや料理の本だよ。考えているけど。なんか、コンセプトを打ち出している感じね」


いつも以上に何かはしゃいでいる感じに見える奈緒に

「奈緒、もう十二時過ぎた。お腹すかない」

後ろからかかった声に、振り向くと


「うん、イタリアンがいい」

全く、前の奈緒に戻ったものの言いように微笑むと


「分かった。じゃあ、南館に行こう」


エスカレータを降りて、道路の反対側に有る高島屋南館に隣接する、レストラン街に行った。


一度一階に降りて道路を渡った後、エスカレータで上に行く。案の定、混んでいたが、

「淳、ここにしよう」


並ぶ人が、いないので、チラリと表に出ているメニューを見るとランチ三千円からと書いてある。確かにこれでは、並ばないかと思っていると


「いいでしょ。入ろう」

店の中で、店員が微笑みながらこちらを見ている。仕方なく奈緒に付いて中に入ると


「窓際と店内どちらにしますか」

「淳、窓際がいい」

店員に聞かれたのに僕に甘える奈緒に、店員が微笑むと


「どうぞ、こちらへ」

と言って、歩き出した。


僕は、なんとなく奈緒の心の変化を感じていた。何と言ったら良いのだろうか。あの旅行前の奈緒の甘えと今の甘え方は、違いを感じていた。


前は甘えていても可愛さが有った。だから、何でも奈緒の言う事は実現してあげたかった。それをすることで奈緒を大切守ってあげられる。そんな事を思っていた。


だが、今の奈緒は、何か、しっかりとしたものを感じる。子供が出来た事、結婚はしていないが、二人だけの事、秘密を持ったことで、心の太さを持った感じがする。そう感じていた。



でも、奈緒は、反対だった。甘えを濃くすることで、淳を離したくない、いつもしっかりと近くに感じていたかった。この違いが、二人を新しい方向へ進めさせる。



―――――


難しい展開になって決ました。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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