第19話 竹宮瞳の思い


 竹宮さんは、前に会った時より、色々話して来た。お酒が回っていたこともあるか、二回目と言うことで気が緩んでいたのか。


「山之内君、なぜ今の会社入ったの」

さっきまで話を一方的に聞くだけになっていた僕は、いきなりの質問に

「えっ」

と言うと、少しだけ考えて


「うーん、実言うと学生時代、卒業してからの事あまり考えていなかった。アルバイトでやっていたプログラマの仕事をしながら、ゆっくり考えればいいやと思っていたから。でも四年生になると、親が卒業したらどうするのと言う感じで聞いて来たから。まあ取りあえずって感じ。今の会社ちょっと親の紹介もある」


 もう少し、積極的に物を考える男と思って頂けに意外だった。それに親の紹介。こいつの親ってそんな思いを頭に浮かべながら山之内の顔を見ていると


「竹宮さんは、今の会社へは」

「えっ」


自分自身も山之内君の事を言える立場ではなかった。あまり就職する気にもならずどうしようと思っていた時、親からの勧めで入社したのだ。


「実言うと山之内君と同じ感じ。親からの勧め」

それを恥ずかしそうに言うと二人で目を合わせて笑った。


「似た者どうしか」


竹宮さんの言葉にあまり意味を見いだせない僕は、不思議そうな気持ちが顔に出たのか、


「だって、そうでしょ。二人とも卒業したらどうしようというはっきりした気持ちもなかったし、親の勧めで同じ会社に入ったんだから」


そう言ってにこっとすると目の前の小口の器に残っていたお酒を口元に運んでくいっと飲んだ。そして、お銚子を持つと


「あっ、空だ。山之内君どうする」


既に三本目を空けていた。僕は、ちらっと腕時計を見ると九時前だった。まだ帰るには早いと思い


「竹宮さんは」

「私が聞いたんでしょ」

多少、目が座っている感じで見ながら言うと


「じゃあ、もう一本だけ頼もうか」

「うん」

と竹宮さんが言うと僕は、テーブルの側に有ったボタンを押した。


「山之内君のお父様ってどんなお仕事しているの」

「うーん、もう役職定年して今は、友人の仕事を手伝っている。今の会社は、その友人からの紹介」

「そう」

役職定年と言うことは山之内の年齢を考えれば、結構遅く山之内君の母親が生んだことになる。いったいいくつで結婚したんだろうと思いを巡らせていると


「竹宮さんのお父さんは、どの様な仕事」

「えっ、うちは……」

「うちのお父さんは、今は日本にいない。USのシカゴに単身赴任している。もう二年かな。一年で帰ると言いながら、もう少し長引きそう」


特に悲しそうな顔もせずに言う竹宮さんに

「ふーん、今の会社とは」

「うん、父の会社のグループ会社の一つ」

「父の会社・・」


意味の分からない言葉を言う竹宮さんを見つめると

「まあ、言いじゃない。お母さんも昔からお父さんが家に居ないの慣れているし。若い頃から出張が多かったけど、転勤の度に家族が動く家も有るけど、今の家は父の実家と言うことも有って、引っ越しできないんだ。後、私の事も考えてくれていたし」


「そうなんだ。大変だね」

「そうでもないわ。父がいないの、慣れている。母も好きな事している。だから、私も自由に育てられた」


今度は、少しだけ寂しそうな顔をしながら言うと

「分かった。じゃあ、僕と一緒に楽しもう。いろんな事」


何の気は無しに言ったつもりの言葉に


「えっ、本当。山之内君、きちんと私の彼になってくれるの」


今までは、会社の同僚プラスアルファ程度だった。それがシンガポール以来、グッと近くになったが、まだ、心の中で線を引いていた。

ただ、山之内君と話す事が気を楽にさせていた。それだけに今の言葉は、私にとって嬉しかった。


「うん、いいよ。竹宮さんの彼になる」

そう言うと小口を手に持って竹宮の小口に軽くカチンと合すと


「宜しく」

と言って口にお酒を含んだ。



四本目が終わるともう十時近くなっていた。


「竹宮さん、もうそろそろ帰ろうか」

目が座っている感じの目の前に座る女性に言葉を掛けると

「そうね」


意味ありげな言葉を言って立ち上がった。少しだけよろっとしたが、何とか立ち上がると

「あーっ、また飲みすぎちゃった。君のせいだぞ」

えーっ、何でと思いながら


「今日も送ってくれるよね」

逆らえない雰囲気に


「はい、分かりました」

とまんざらいやでもない感じで答えると


「宜しい。では、帰りましょう」


この人、酒癖悪いのかな。命令形になると言うか。一方的に言う。そう思いながら入口で会計を済ませると入り口のがらがら音のする戸を引いて外に出た。


 結構気持ちよかった。飲みすぎたせいもあるが、顔に風が気持ちよく当たる。ふと後ろを見ると竹宮さんが自分を見ていた。うんと思ったが、前を向き直して階段を降りようとすると


「山之内君、手を引いて。この階段自信ない」


えーっ、そんなに飲んだっけ。この前と同じなのにと思いながら竹宮の差し出した右手を掴みながらゆっくりと階段を降りた。


とても暖かく柔らかい手だった。階段の下まで降りて手を離そうとすると、逆に手を握られた。目を見るとしっかりと見返してきた。


まあ、いいかと思い、そのまま元の道を戻ろうとすると


「山之内君、今日少し酔っている。このままパルコ通りに出てNHK周りで帰ろう」

えーっ、大回りだよと思いながら


「でも、時間いいの。遠回りになるよ」


何も言わずに頷くと彼の顔を見返した。仕方なくパルコ方面に歩くと竹宮さんも手を離さずに付いて来た。


坂を上りきると竹宮さんが、

「ねえ、あそこFF東京のスタジオだよ。知っている」

と言いながら僕の手を引いて左に行った。

もう、公開収録が終わっているのか、片づける様なしぐさの人たちだけがいた。


「ここね。土曜日や日曜日、一人で家にいる時は、いつもここからの放送聞いているの」

目をキラキラさせながら言うと


「そうだ、ねえ、今週の土曜日、ここに来ない。夕方からだから。ねっ」


僕は、土曜日は、奈緒と会うのは当たり前になっていた。それだけに躊躇すると


「山之内君、さっき、はっきり私の彼になってくれるって言ったわよね。あれうそなの」

急に寂しそうな顔をになった竹宮さんに


「嘘じゃない」

少し大きめの声で言うと

「じゃあ、いいでしょ。ねっ」


今度は僕の反応を無視するように公開スタジオの中を見ていた。



私は、母親と二人だけの時が多く、それだけに男には心を開けなかった。だが、シンガポール以来、山之内君だけは、気を楽にして話す事が出来た。


 僕は、奈緒の事が有ったが、夕方には、家に送ればいいと思うと

「分かった」

そう言って目元を緩ませた。



―――――


むむむっ、またまた、これはどう解釈すれば?!


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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