第15話 竹宮瞳という存在


 僕は、奈緒との事に答えも何も出ないままに月曜日を迎えると、会社で竹宮と会った。


「山之内君、おはよう」

シンガポール以来、淳に話しかけることに抵抗のなくなった竹宮は、朝から、声をかけて来た。


「おはよう、竹宮さん」

「山之内君、あそこで言った事覚えている」

少し含みのある笑顔を見せながら言う相手に


「えっ」

「忘れたの」


急に小声で、周りに人がいないことを確かめると

「私と付き合うって言ったじゃない。いつデートに誘ってくれるの」

「あっ、じゃあ、今日」

「今日。今日か、まあ、いいわ。じゃあどこで会う。会社から一緒と言う訳にはいかないでしょ」

「そうか、じゃあ、銀座線の渋谷方面改札口でどう」

「目立つところね。新橋駅のSLの前はどう」

「分かった」

「じゃあ、六時ね」


えっと思っているうちに、竹宮さんは、営業部署の方へ行ってしまった。


なんて人だ。もう、ほぼ一方的じゃないかそう思いながらも女性として魅力のある竹宮さんの誘いは無下に出来なかった。



僕は、竹宮さんと新橋駅のSLの前で会った。少しだけ打合せが長引き、一五分ほど約束の時間より遅れた。いるかなと思いながら急いで行くとSLの前に本を読みながら立っている素敵な女性を見つけた。竹宮だ。

 周りの男がちらちら見ながら通り過ぎていくのが分かる。近くに寄って、

「竹宮さん、ごめん待った」

申し訳ない顔をしながら言う淳にちらっと自分の左手にしている腕時計を見ながら

「一五分遅れね。でも本読んでいたから」

そう言うと気にも留めていない風に淳の顔を見た。そして

「どこ行く」

「取りあえず、渋谷に行きましょうか」

「いいよ」

新橋から渋谷までは銀座線で一本。一五分とかからずに行ける。二人は改札を入ると、くるりと右にUターンして先頭車両に乗った。

 帰宅時間になっているため、結構竹宮と体が触れあう。竹宮は、胸を腕でクロスさせながら下を向いていた。やがて隣駅の虎の門で人が降りると淳を誘うように車両の中ほどに移動した。

「混んでるね」

目と鼻の先にいる竹宮を意識的に見ないようにしながら言うと

「そうね。帰りの通勤時間だから仕方ないね」

それでも多少触れ合う毎に淳は、なるべく気が付かないように他所を見ていた。

 やっと、渋谷の駅に着くと

「ちょっと混んでたね」

今度は意識して竹宮を見ながら言うと、何も言わずに頷く仕草だけを見せた。

「山之内君、知っているところある」

「うーん、分からないけど、道元坂上がっていけば結構あるんじゃないかな」

淳の言われたままに歩くと映画館を通り過ぎてすぐ通り沿いに飲み屋ビル:飲み屋が集まっているビルが有った。もう看板に電気が入っている。看板を見上げながら

「竹宮さん、ここでどう」

「いいわよ」

実際、竹宮は、渋谷の夜に飲み来ることなどあまりない。せいぜい隣町で友人と会う程度だった。判断もつかないままに言われた通りに了解すると淳が先に入って行った。エレベータに入ると五人でいっぱいだ。

降りると、店員が、客が来たのを見て、すぐに

「ご予約ですか」

と聞いたので

「いいえ」

と言うと手元にあるパッドを見て

「お客様、お靴を脱いで頂けますか」

靴を脱いで棚に入れると

「どうぞこちらへ」

と言って二人を奥に案内した。


「山之内君、もう一本行く」

「うん」

「竹宮さん、強いね。いつも飲んでいるの」

「そんな訳、ないじゃん。君と一緒だから頑張っているの」

明らかに酔っている。すでに二人で三合を開けている。でもまた一本追加した。大丈夫かなと思いながら

「ところで、竹宮さん、自宅はどこ」

何気なく聞いたつもりだったが、淳の顔をじっと見ると

「あっ、山之内君、私を送っていってくれるの、嬉しいな」

「家は」

「あっそうか、質問はそれだったわね。うちの家は、田園調布というところ。渋谷から近いの」

確かに渋谷から近いが、自分の家からは遠い。

「田園調布か。自宅」

「どういう意味で聞いているの」

「いあや、特に」

淳の顔をじっと見ながら

「まあいいわ。自宅よ。両親と一緒。でも西側のロータリーのある高級地区じゃない。東口からグッと下って、少し入ったところ」

意味の分からないことを言っている口元を見ると明らかに酔っていた。自分も酔いに任せて、話している口元からつい視線を下に降ろすと、色白な肌が少しピンクになっていた。そのまま見ていると、明らかに大きな胸がせりあがるようにくぼみを作っていた。はっと思って視線を上げると

「エッチ、どこ見ているの。だめよ。まだ」

まだ。どういう意味だ、まったく竹宮の言葉の意味も理解できないままに次のお銚子を開けるとさすがに淳も酔って来た。


「竹宮さん、もう十時過ぎたし、そろそろ帰ろうか。送っていくよ」

「いいわよ。さっきのは冗談」

そう言って立ち上がった。少しふら付いていたが、大丈夫だろうと思うと自分も少し緩んだ足をしっかりとして会計札を持って、入口へ行った。

会計が終わるとちょうど帰宅時間と重なったのか、エレベータ込んでいた。二回ほど待って、中に入るとちょうど誰もいない。

二人で、エレベータで降りようとした時、竹宮の足がちょっとだけふら付いた。淳は、一瞬支えようとして、背中から手を回すと自然と竹宮の胸の脇を支える形になった。

あっと思っていると竹宮がそのまま動かない。そのまま、少しだけ手を進めると、彼女の手が、自分の手を抑えた。

「だめ、まだ」

淳は、どういう意味か分からなかった。自分の足で立ちなおすと急に笑顔になって

「ありがとう、少し酔ったかな」

その時エレベータのドアが開いて、まだ、これからの客が並んでいた。

二人で渋谷駅に向かっていくと

「山之内君、家まで送って。電車で」

「えっ」

「いやなの。こんなに酔わせたのはあなたでしょ。酔った女の子が帰り道、悪い男に絡まれてもいいの」

えーっ、自分で勝手に注文していたのにそう思っていたところに

「送ってくれるよね」

明らかに酔っている言い回しで強気で出る竹宮に

「分かりました。送ります」

結局、竹宮を田園調布の駅の改札まで送った。自分は改札を出ていない。

「山之内君、ありがとう。また明日ね」

そう言うと改札をさっと出て行ってしまった。

全く、何なんだそう思いながら渋谷に戻って行った。


竹宮瞳は、坂を下りながらどうしたのかな。男の人の前でこんなに酔うなんて。あいつに気を許しているわけではないんだけど。でも・・

自分の心の揺れにまだ、理解できないままに瞳は、駅から三分程にある家の玄関を開けた。



―――――


新しい女性、竹宮瞳の登場です。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る