第8話 変わる心


 私は、西伊豆の旅行に出かけてから、淳と会う時、前みたいになんでも思い切り甘えることをしなくした。ただ、彼の側にいるだけで心が落ち着くからだ。


 今日も渋谷で会っていた。食事の後、通りにあるワンショットバーのカウンタで並んで座りながら、

「淳、あれからもう二か月だね。・・・」

「うん」


 僕は、旅行から帰ってからすぐに会った後、奈緒の心が落ち着いてきたことにほっとしていた。


 毎週、水曜日と土曜日、そしてたまに金曜日も会っているが、特に奈緒が、あの時のような心の揺れを見せなくなっていることに安心していた。

 今日は、久々に金曜日の夜、会いたいと奈緒からの連絡で会っている。


 奈緒が、急に僕の左耳に顔を近づけると

「淳、今日。だめ」

「えっ」

「大丈夫な日だから」

「えっ」

奈緒の言っていることの意味を理解すると


「あの時以来、何か体の中に理解できないものがある見たいなの。今まで考えたこともなかったことが。

 それが、そうしてほしいという風に言う時がたまにある。でも淳は、旅行の後、我慢するように言ったけど。

 あれから二か月も経ったよ。もういいでしょう。ねっ」


 僕は、さっきまで頭の中が、目の前にあるジャックダニエルの琥珀色が氷と触れ合う様にゆったりとしていたが、今の奈緒の言葉に、いきなりガツンと殴られたようなショックを受けた。


 自分自身も心の奥の中にしまい込んでいたものを強引に開けられたような気がした。

 自分の耳から離れた奈緒の顔を、今度は僕がしっかりと見ると、奈緒は心を決めているような、心の揺らぎを見せない顔に、僕の心が揺らいだ。


 いいのか、せっかくここまで来たのに。あの時のことは、全くの偶然性から起きたことだ。だが、今は、偶然性はない。


 ここで帰ることも出来る。奈緒の事を考えれば、今ここで無理しなくても。

そう思いながらも自分を見つめる奈緒の真剣なまなざしを避けることが出来なかった。


僕は、軽く頷くと

「奈緒、出ようか」

そう言ってカウンタの椅子を立つと奈緒も椅子を立った。


 店を出ると左に行けば、そちらへ行く。右に行けば駅だ。奈緒は、まだ渋谷のそういうところは知らない。

 いま、右に行くことによって、奈緒を守ることが出来る。

右に行こうとした時だった。奈緒が自分の左手を握った。そして強い視線で僕の顔を見た。


「奈緒」

強く自分の手を握り自分を見つめる奈緒に


「分かった」

そう言うと、奈緒が少し微笑んだような気がした。



 腕の中にたまらなく可愛い寝顔がある。おでこについている髪の毛を軽く触ると、ここに来るまでの事を思い出していた。


 店を出た後に、奈緒をその方向連れていくまいとしたが、奈緒の強い気持ちに押された。

 ただ、そういうところには連れて行きたくなかったので、赤坂見附までタクシーで行こうと思ったが、止めて新しく二四六沿いにできたホテルにした。


 奈緒は、あの時とは別人のようだった。まるで体全体で感じるように反応した。

僕が、最後突き上げるように自分の思いを出すと奈緒も体を反らしてピークを感じたようだった。


 そして今、自分の隣に可愛い寝顔を見せている。

僕は、これからの事を思うと少しだけ心が重くなった。今回の事で、今まで強く張っていたものが破れた。


 これからはごく普通にこういう風になるだろう。それは、奈緒にとって必ずしも好ましい事とは思えなかった。

かといって、結婚という言葉を出すには、あまりにも時間が早すぎた。


ないかそう思いながら、軽くおでこに唇を当てた。寝ていたと思っていた奈緒が、目を開けるとにこっとして


「ふふふっ」

と笑って、

「しちゃった」

また、微笑むと

「淳、このまま泊まりたい。明日は土曜だし。ねっ、いいでしょう」


奈緒の言葉に驚くと

「だめ、今日はしっかりと帰って、明日また会おう。ご両親も心配する」

「大丈夫、今日は両親いない。今日から日曜にかけて二人で旅行に行っている。弟だって好きな事しているだろうし」


その言葉に

「奈緒、だめ。そんな時だからこそ、きちんと家に戻る。それにもう十一時過ぎだ。シャワーを浴びて帰ろう」

「淳のケチ」

「そういうこと言うとこうするよ」

と言って、奈緒の唇をふさいだ。自然と左手が奈緒の右胸に行った。


 結局送ったのは、午前二時近かった。直接、家のそばまでタクシーで送ると確かに奈緒の家は暗かった。


「淳、じゃあ、明日ね。今日遅くなったから明日は、十一時にしよっ。それから一緒に昼食ね」

そう言って、家の中に入って行った。


 自分もタクシーで戻り、静かに玄関を開けると

「淳、今帰ったの」

一階にある、両親の寝室から母親の声が聞こえて来た。


「ごめん、遅くなった」

お母さん、まだ起きていたのかそう思うと二階に上がった。


 あれから三か月が経ち、九月に入ろうとしていた。結局、僕の想像通りになった。月に一度は奈緒と体を合わせた。


 僕自身もいつの間にか抵抗がなくなっていたのも確かだった。

不思議なことに、奈緒は、旅行前よりわがままを言わなくなっていた。僕に寄り添うようにいつも二人でいた。



―――――


いやー。難しいですね。人の心は。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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