第7話 揺れる心2


僕は、交差点を渡ると西部デパートの前を通り、公園通り方向に足を向けた。奈緒は、何も言わない。


話があると言っていたけど、本当は会いたかっただけなのだろうなそう思っていると、歩きながら奈緒が、声を出し始めた。


「淳、この前の旅行行って以来、何か、こう心の中に・・分からない、自分でも分からないものが有って・・」


言葉の続かない奈緒に

「奈緒」

とだけ言って歩みを止めて奈緒の顔を見ると


「淳、ごめん。自分でも分からない。でも淳に会いたくて、会いたくて・・」

一生懸命に僕の瞳を離さないように見つめる奈緒に

「奈緒、分かった。僕も同じだよ」

そう言って、また歩き始めようとすると


「淳、お腹すいた」

急に言葉の音が変わり甘えた声になると、僕も心が緩み

「何が食べたいの」

「淳が食べたいもの」

いつもならすぐに自分の好みを言う奈緒に、ちょっと変化を感じながら


「分かった。いっぱい空いている。少し空いている」

「ううん。あんまり。でも、やっぱり一杯空いている」


いつもの甘えに戻ったと安心しながら

「じゃあ、スパゲティでいい」

「うん」

元気な声に戻りながら自分の顔を見る奈緒に

「じゃあ、東急本店通り方向に行こう」

そう言って、足を向けた。


「ここでいい」

二階に上がる階段を見て言う淳に

「いいよ」


スパゲティを食べ終わり、コーヒーを頼むと奈緒は、自分の腕時計をちらっと見た。

そのしぐさに


「奈緒、この後何か用事有るの」


何も言わないままに下を向きながら

「まだ、七時半だな。淳はこの後どうするのかな。と思って」

そこまで言って、顔を上げた奈緒に


 えっ、いつもならこれでコーヒー飲んで帰るのにそう思いながら見返すと


「淳、あの旅行の後以来、なにか、こう心に残るものが有って、・・ずっと淳と居たい。いつも側に居たい、出来れば・・そうして居たい・・。でもダメなんだろうなと思うと」

そこで言葉が切れた奈緒は、またテーブル見つめる。


 奈緒の言っている意味は、分かるような気がする。自分もそうしたい。

でも今は、この旅行の出来事で奈緒の心が揺らいでいるだけだ。それをそのままに流されたら、二人は、戻れないところに行ってしまう。

大切だからこそ、幸せにしたいからこそ。僕も心の揺らぎに彷徨う時も有った。


「奈緒」

淳の声に頭を上げると視線を外さないように瞳を見つめた。


「奈緒、僕も同じ気持ちだよ。いつまでも、そしていつも側に居たい。でも・・。そう、心はそうしている。でも・・ねっ」


奈緒の瞳に喜びと寂しさが交互に現れながら、ただ、自分の瞳に視線を外さない、目の前の女性・・もう女の子では無くなった。少なくとも自分の心の中では。


僕も見返すといつの間に店員が置いたのか分からなかったコーヒーカップから漂う匂いが、鼻をくすぐった。


 チラリと目の前にある奈緒の腕時計を見るといつの間にか、八時半を回っていた。

「奈緒、もう八時半を過ぎた。送っていく」


淳の言葉に理解をしながらも、頭の中では、もっと居たいと思いながら、私は、コクンと頷くと席を立った。



奈緒は、電車の中で何も話さなかった。ただ、僕の側にピタリと付いていた。やがて小田急経堂駅に着くと改札を出て、左手のコーティの方に足を向けた。


奈緒の家は、コーティのちょうど駅と反対方向の端の向かいにある路地を少し入ったところだ。


路地の入口まで来ると奈緒は、僕の右手を引いて一〇メートル程中に入った右手の隙間に行くと淳の顔を見ながら目を閉じた。


僕は、ちょっとだけ周りを見て人がいないことを確認すると、奈緒の可愛い唇に静かに自分の唇だけを合わせた。


奈緒が、急に僕の背中に腕を回して唇を強く押し付けて来る。僕も奈緒の背中に腕を回すと、そのまま奈緒に対して受けるようにした。


やがて奈緒は、自分から唇をはずすと

「淳、ありがとう。もう家はそこだから、ここまででいい」


ゆっくりと名残惜しそうに体を離しながら言う奈緒に、もう一度だけ軽く自分から唇を当てると、軽く頷いた。


 奈緒は、そのまま、右手方向に路地を歩くと二股に分かれた左方向に行き、少しだけ歩いたところで、金属の扉を開けると、もう一度僕の方向を見てから中に入った。


 僕は、そこまで見送ると踵を返して、路地の出口に向かった。

歩きながら、自分の唇に左手の人差指を当てて、さっきまでしていたことを思い出した。


 僕自身も自分の感情に揺れていた。本当は、思い切り奈緒を抱きたい。でもそんなことすれば、若い分だけ、知らない奈落の世界に落ちる気がしていた。大切だからこそ、幸せにしたいからこそ、守りたかった。

 小田急線を豪徳寺で降りて、世田谷線山下から三軒茶屋に向かう。そして、田園都市線に乗り換え腕時計を見ると、もう午後一〇時を過ぎていた。



「お母さん、ただいま」

「お帰りなさい」


 玄関に出て来た奈緒の母親は、娘の顔を見ると明らかに心が揺れているのを読み取ると、少しだけ娘の玄関から上がるしぐさを見ていた。そして

「奈緒、お風呂入りなさい」

そう言って、また、リビングの方に消えていった。


 奈緒の部屋は、二階にある。階段を上がり、左に折れるとすぐに自分の部屋のドアが有る。少しだけ開いているドアを開けて部屋の中に入るとドアを閉めて寄りかかった。


 自分自身の中にまだ理解できないもの・・いや十分に理解しているからこそ、それを思い切り出すことの出来ないことが分かっているからこそ・・揺れている心を我慢することがきつかった。




―――――


女の子、いや女性の心の揺れ。心当たりありますよね。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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