第3話 二人だけのお泊り


僕は、環八に出て左折すると東名用賀インターは目の前だ。インターの信号で待ちながら、

「奈緒、朝食どうした。僕食べてない」

「うん、私は食べて来た。お母さんが早く起きて作ってくれた」


まだ、九時前だと思うと優しいんだな、奈緒のお母さんって。

うちのお母さんなんか、まったく無関心だったものな。やがて信号が青になると右折してアクセルをゆっくりと踏み込んだ。


 背中が押されるように加速される。坂を上がり、東名と首都高のつなぎ車線に入ると、首都高からの車を気にしながら、流れに乗るように三車線のセンターラインに入った。


すぐにスピードメーターが一一〇キロを示すと巡航に入った。

「やはり三リッターあると二人で乗るには楽だな。加速がスムースだ」


私は、車にはあまり乗らない。淳の言っている意味もあまりわかないが、フロントウィンドーから後ろに流れる景色がとても綺麗だった。


「じゃあ、奈緒。サービスエリアで簡単に食べるけどいい」

「うん、いいよ」


自分の横顔に視線を感じながら奈緒の言葉を聞くと少しだけ嬉しくなった。

「淳、嬉しそう」

「奈緒は」

「もちろん」


 海老名サービスエリアで簡単に遅い朝食を済ませて、本選に戻り、三島インターで降りるとそのまま、恋人岬と呼ばれる西伊豆の観光スポットに走らせた。




「淳、淳。待って。どこ行くの」

僕は、後ろから追いかけるように聞こえる声を耳にしながら、坂道を走った。


「淳、待って」

少しだけ、遠ざかる声を気にしながら走ると、やがて思い切り開けた空、そして

周り一面に見渡せる海が見えた。


 後ろを振り向くと、走りづらそうにしながらなんとか、もう目の前まで来ている奈緒の姿があった。


「奈緒、早く。見て、見て」

また、向き直して思い切り遠くを見た。海と空の間に大きな入道雲が輝くように大きく伸びている。


 真っ青な空と、エメラルドグリーンに輝く海の限りなく広がる景色に吸い込まれていた。

「うわーっ、すごーい」

奈緒が、息を切らせながらも目の前に広がる景色に目を丸くしながら大きな声で言った。


「奈緒、素敵だろ。これを一緒に見たかったんだ」

「一緒に?」

淳の言葉に一瞬だけ、心のひだが触れると、


「だったら、私の手を引いて、一緒に走ってくれればよかったのに」


 少しだけわざとらしく口を膨らますとぷーっとした後、淳の左腕を自分の右腕を外側から巻くようにして、頬を淳の肩に着けた。


「うん、素敵だね」

奈緒は、目の前に限りなく広がる海とはるか遠くに見える水平線から大きく立ち昇る入道雲を見ていた。空が限りなく青く広がっていた。


「綺麗だろう。奈緒が、西伊豆に行くと言った時から、ここに来るのだけは決めていたんだ。後は、奈緒任せだけど」


目の前に思い切り広がる海と空。水平線から立ち上る、とても大きな入道雲を見ていた。


 いつの間にか奈緒が、僕の左手を握っていた。少しだけ寄り添うようにしている。ちょっと左に視線を流すと奈緒が、目を輝かせて同じ景色を見ていた。その姿を横目にしながら、少しだけそうしていると


「奈緒、もう四時だ。チェックインしない」

右にいる淳の顔を見ると

「うん、そうしよう」

嬉しそうに頷いた。


僕は、今度は、アップダウンのある道を奈緒の手をつなぎながらゆっくりと歩く。


 途中入れ違いの人とぶつからないようにしながら、駐車場まで来るとポケットにあるマスタキーのドアロック解除のボタンを押した。がくっという音ともにウィンカーランプが点滅した。


 助手席のドアを開けて奈緒を座らせると自分は運転席側に回り、ドアを開けてシートに体を滑り込ませた。


 三島インターから来た道を少しだけ戻るように走ると、来る時は、運転席側から右に見えた海の見える景色が、今度は助手席側から左に見えている。

奈緒は、静かにその景色を見ていた。


「奈緒、疲れたの」

「えっ」

「いや、静かだから」

「ううん、とても綺麗だなと思って」


 頭の中では、ちょっと、良かったのかなと思いながら嬉しそうな顔は崩さずに淳の方を見て言った。


 さっきの観光スポットから一五分程、三島インターの方へ戻ると今日泊まるホテルがあった。道路沿いで、周りに大きなホテルがないのですぐに分かった。

 



 ウィンカーを右につけてゆっくりと玄関の車止めに着けた。すでに淳たちの車が、入って来るのが分かっていたのだろう、ポーターならぬ、男版の仲居さんが、助手席側のドアを開けると嬉しそうな顔をして

「いらっしゃいませ」


そう言って奈緒が助手席から出るのを待って、今度は後部座席のドアを開けて淳と奈緒のバッグを持った。


そしてもう一人の男が、淳が開けた運転席側に近づいて来て、

「キーは入れたままにしておいて下さい」

と言われたので、これだけと言ってマスタキーを見せると


「お預かりします。駐車場へは私が持って行かせて頂きます」

丁寧な言いようにまあ、いいかと思うとそのままマスタキーを渡した。


奈緒と視線を合わせると先ほど自分たちのバッグを持った男がそのまま、ホテル・・というか大きな旅館のフロントの待合のシートに荷物を置いて、

「こちらで少しお待ちください」

そう言って、シートに荷物を置いた。


 僕は、周りをゆっくり見ると、お土産物屋が左奥に、右にバーらしいカウンタが有って、その手間にフロントがあった。


 家族連れや、淳たちと同じカップルなどが、五組位いた。

ふっと奈緒の顔を見ると、目を輝かせてうれしそうな気持と、少しの緊張がはっきりと顔に出ていた。


「思ったより大きなところだね。奈緒は知っていたの」

「ううん、友達に教えてもらった。西伊豆なら、景色、料理、お風呂、サービス、どれをとっても一番の所と言われた」


 うっ、奈緒は友達に言ったのかなちょっとだけ、気にしなくてもいいことを気にしていると、

 仲居さん・・今度は女性の・・が、お茶とお茶菓子と、記帳シートを持ってやってきた。


お茶とお茶菓子をテーブルに置いた後、

「こちらにお名前とご住所をお書きください。お連れ様は、他一名でも結構ですよ」


 慣れた言い回しに、一瞬だけ淳は奈緒と顔を見合わし、微笑むと淳は自分の名前と住所を書き、他一名と記載した。


 いいよねという顔をすると奈緒が、最初、少しだけ残念そうな顔をした後、にこっと笑った。


僕が書き終わったのを見て、

「お部屋は、別館、五階です。今ご案内しますので、少々お待ちください」

仲居が記帳シートを持って、淳たちのテーブルを離れると


奈緒は、にこっとして

「ふふふっ、嬉しいな。淳と二人だけ」


淳はその言葉に何とも言えない嬉しい感情が満ちてくるのを感じながら

「うん、僕も」

そう言って同じようににこっと笑った。


やがて別の女性の仲居さんが来て、

「こちらへ」

と言って、奈緒のバッグを持った後、淳のバッグを持とうしたので

「あっ、これは僕が持ちます」

と言って、仲居さんが持とうとしたバッグを自分で持った。


 玄関を一度出るとそのまま右に曲がり、別の大きなドアを通ると、先ほどのロビーと匹敵するくらいの広さの空間に真ん中にグランドピアノ、その右にテーブルやソファのセット、更に左には、バーのカウンタがあった。


 僕は、へーっと思うと、

「あそこのカウンタは営業しているんですか」

「はい、夜七時以降に開きます。ご利用ください」

と言って、にこっと笑った。


―――――


二人でお泊り。ふふふっですね。

次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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