5「殺人者杉本」

「秋田、ちょうどお前を犯したかったんだ。大人しくしていれば苦しまずに殺してやるよ」


 犯す。そう言ったのを聞き、とっさに翔大の班の方を見た。そこに倒れていたのは女子だけだった。


「おい!リクはどこに行った!?」


「うっせえな!男は要らねえんだよ。さっさとぶっ殺すか」


 全員が悟った。杉本はリクをもう殺したのだと。


「こんなことやって無事でいられると思ってるの!?」


「ああ、なんだ?心配してくれるのか?そんなもん崖に落とせば証拠はすぐになくなるからな」


「えっ?」


「授業でやっただろ?半日もすれば死体や装備はダンジョンに喰われるって。ダンジョンは広いんだ運が悪くねー限り証拠は見つからねーよ」


 杉本はヒトではなくなっていた。そう思った瞬間、恐怖に支配されてしまった。


「じゃあサクッと……あん?なんだ?」


 ただし慎吾だけは違った。親友の歩夢をイメージし、歩夢に教わったことを引き出し、杉本を倒そうと立ち向かう。


「こい」


「素人が。すぐ死ね」


 足を刺された素人が手練れの槍使いに相対する。とても無謀なことである。ましてや杉本は1人殺している。だが慎吾は賭けに出た。


「うぐっ」


「はっ」


 杉本は槍が深く肩に刺さった手ごたえを鼻で笑った。しかしこれが慎吾の狙いだった。まさかそんな覚悟を慎吾がしているとは思わず杉本は槍を引く力を緩めてしまった。


「あん?」


「……つかまえた」


 杉本の槍はすべてが金属でできているわけではない。慎吾のスキルは瞬間の爆発的な身体強化、握った槍の柄は慎吾の手により折られる。


「は?」


「お前が死ね」


 慎吾は槍が折られ動揺している杉本のあばらを容赦なく叩き折った。


「まあ、このくらいじゃ死なんだろうがな……くそっいてえ!」


 事件の真相はこうだった。杉本がリクの防具にこっそりとダンジョン産の鉱物を仕込みモンスターを引き寄せやすくした。事前に自分の班を抜けた出した杉本は彼らの後を尾行しチャンスを伺って犯行に及んだ。動機は自己顕示欲からだそうだ。


「ということがあったんだ」


「僕がいない間にそんなことが」


「突然発生したA級ダンジョンのおかげで新聞には小さくしか取り上げられてないけどね」


「まあお疲れ」


「お疲れといえば新聞の一面を飾る歩夢様はケガ一つなくよくぞご無事で」


「まぁいつもどおりだしね」


「それはそれは」


 慎吾は痛々しい自分の姿を見て目の前の親友はとことん規格外なのだと改めて認識した。



   □    □    □    □



「しかしお前はアレだな、勝てる相手しかやらんな」


「ある意味ハンターらしいのでは?」


 A級ダンジョンの奥、歩夢はベテランハンターの東松から小言を言われていた。


「A級で単独で勝てる相手がそこそこいる時点で十分バケモンですって」


「ここは特殊なモンスターが多すぎるからそんなもんですから」


「俺が言いたいのはそういうことじゃない」


 東松は歩夢をジロリと見つめる。


「坊主はそのスキルをもらって良かったと思っているか?」


「いや、その若さで金をバカバカ稼ぐし、いいことじゃねーの?」


「ヤマっ!お前は黙ってろよ」


「っち」


 僕はこのベテランハンターの問いの意味がわかった気がした。


「上手くいえないかもしれませんが、たしかに僕はスキルに人生振り回されていると思います。最近童貞を捨ててもスキルの効果で射精できませんし、夜は噴水みたいに精子が出るし」


 歩夢はダンジョンの中で仮眠を取ることもある。最初は全力で拒否をしていたが周りは若くても20代半ばな為、そんな僕を受け入れてくれた。このチームは男所帯な為、下ネタもふとした時に出るまでになった。

 歩夢にオンナをあてがったのは山口だ。終わった後、複雑な顔をしている後輩を見て相談に乗っていた。歩夢の性の悩みはリーダーの東松にも打ち明けていた。


「お前の射精はマジでビビる。そのくらいでけえ音がする」


「「わっはははははは」」


「ふっ」


 僕は仲間が笑う様を見て小さく笑った。歳は離れていてもやはり僕らは仲間なのだ。でもマツさんが聞きたいことはそうじゃない。


「僕はお金は持ってるし、女の人にはそこそこモテる。そういう意味でスキルがあってよかったんでしょうね」


「けっ、嫌なガキだ」


「ちげーねぇ」


「でも別にこのスキルじゃなくたってよかったし、こんなにお金を稼ぐ必要もなかった」


「なら俺が次に聞きたいことが分かるか、坊主?」


「僕がやりたいこと、守りたいものですか?」


「そうだ」


「長い目で見ると無いんですよね」


「だろうな」


 最近僕は快楽全般が刹那的に感じ始めている。性的な意味で相手をしてくれる女のひともあくまで金銭的な関係と割り切れるようになったし、食欲や物欲を満たしてもその後に虚しさを感じる。それがマツさんには伝わっているのだろう。


「でも俺らはアユムがいて助かってる」


「そうだな」


「僕もこのチームは居心地がいいです」


 仲間が温かい言葉を僕に掛けてくれる。それを壊したのはマツさんだった。


「俺はダンジョンのストレスで心を壊し、破滅してきた奴らを何人も見てきた」

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