3「くそっ!そのデカいのを押し付けるなっ!」
「黙って寝てろっ!!」
怒ったお父さんが要君に殴りかかるのをあたしは見ているしかなかった。お父さんは引退したとはいえ元A級の戦士系のパワータイプだ。とても止められるものではない。拳は風を切り、彼に迫る。
「えっ!?」
しかしあたしが次に見た光景はお父さんが転ぶところだった。
「ふぉーるでいいのかな?」
まるで柔道の寝技のお手本のようにお父さんは抵抗することなく要君に抑え込まれる。なにが起こっているのか技を掛けられたお父さんもあたしもわからなかった。
「はぁっ!!?」
「1本取りましたよ!どうでしょうか?」
「どうでしょうも何もあるか!?離せこの外道が!」
お父さんはまるで子供の駄々のように暴れようとするが嘘のように身体は動かない。
「要君、一度離してあげてはどうかな?」
「はい、わかりました」
彼は起き上がると、お父さんに手を伸ばし起こそうとする。だがお父さんは憎い相手に手を差し伸ばされて大人しくしてる人ではなかった。
「舐めやがって、これでもくらえっ……くっ!!?」
「……どうしたんですか?」
「!?」
お父さんは彼を引っ張って拳を入れようとしたようだ。だけどビクともしない。ここまで力の差があるの!?まるで大人と子供のケンカを見ているようだった。
「このバケモンがっ!!」
「娘さんの目の前で卑怯なことはしちゃダメですよ、お父さん」
そこからは酷いものだった。要君が挑発し、お父さんが暴れるとそれを押さえ込み、解放し、また押さえ込む。みるみるうちにお父さんは疲れていった。
「……はぁ、はぁ……くそっ!そのデカいのを押し付けるなっ!」
「おっと失礼、これが普通サイズなもので」
「……ちくしょう」
「糸谷さん、要君の力はご理解頂けましたか?」
お父さんの息は上がっているのに対して彼は息ひとつ切らしていない。今のやり取りだけでいかに彼が規格外かわかった。
「さあ、あとは若いお二人で。要君、決して手を出してはダメですよ?」
「はい、もちろんです!!」
「何を勝手に……はぁ、はぁ……」
あたしは要君とカフェに行くことにした。告白は別として仕事に関して最低限のことは知りたかったからだ。
「糸谷美奈穂です。要君……でいいのかな?」
「はい、大丈夫です。僕、(もうすぐ)17歳なので!」
4つも下じゃない!?恋愛対象としてはアウトだわ。
「仕事の話をしてもいいかしら?さっきの動きは凄かったけど、ほぼソロでB級ダンジョンを進むのは無謀じゃないかしら?」
「一応いくつかのA級でも問題なかったんでB級はかなり楽勝です」
A級ソロ探索?どこのファンタジーの話でしょうか?
「ちなみにどこのダンジョンに行ったの?」
「御嵩、笠沼、槍菱、貝塚……他にもいくつかありましたけど忘れました」
国内最難ダンジョンがズラズラと……。もしかしたら目の前の少年は歴史に名を遺す存在なのではないでしょうか?
□ □ □ □
「おはようございますっ!今日はよろしくお願いします!」
「よろしくな。なんだいい感じの少年じゃねーか?なっ、社長」
「俺はこの馬の骨を絶対認めんぞ!」
「……」
仕事初日、引退を表明していたお父さんは防具を身に着けチームの一員として参加している。それを聞いた稲垣さんは父の参戦に反対したが最終的には自分がお目付け役になることでチームの参加を認めることにした。とはいえB級ダンジョンに入るのだ。様々な物資を準備し、うちのクランからはあたしや父を含め、5人が参加する。
「美奈穂さんの後衛姿、素敵ですね」
「どうも」
お父さんの睨む目が怖い。ダンジョンに到着すると管理局支部から渡された書類を見せ、あっさりとダンジョンの中に入ることができた。
「さあ、行きましょうか」
要君は散歩をするようにダンジョンを進んだ。やはりA級ハンターともなればこのくらい落ち着いているのだろう。
「じゃあ早速間引きを始めますね。この一帯のモンスターを狩るので皆さんは待機でお願いします」
「「は?」」
そう言い残すと文字通り、目の前から彼が消えた。消えるほどのスピードにあたし達は驚くが、その直後に響く音に更に驚いた。音はあまり間隔なく続き、それが彼のスキルによるものなことは容易に想像ができた、だが。
「あんまり現実感がねーな」
誰かがつぶやいたその言葉がとてもしっくりときた。それを表すかのように音が鳴り止んでしばらくすると要君が戻ってくる。
「では次に行きましょう」
「ああ」
彼は今ダンジョンに入ったかのようにケガもなく、さっきと同じ格好で歩いてきた。このダンジョンは薄暗い洞窟だからところどころ汚れているがそれだけだった。この調子であたし達は彼を待つだけの探索を続けた。
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