貧乏クランのひとり娘

1「貧乏クランのひとり娘」

『平和な街が一夜にして地獄と化した』


 実際に街中にダンジョンが生まれ、モンスターの恐怖に駆られればその言葉はチープにしか聞こえない。あたしは小さいころそんな地獄に巻き込まれた。目の前で人が喰われ、大人が子供老人を囮に逃げ惑う。幼いながらもあたしは地獄にはニンゲンなんていないことを知った。

 幸いなことに父がハンターだったおかげか家にはシェルターがあった。不幸だったのは父が仕事でいなかったこと、それにあたしをかばい母が死んだこと。あたしは2日後に父の手により救助された。


「はぁ、足りない。お金が足りない」


 あたしは成長し、今はプロのハンターとして活動している。モンスターに襲われた恐怖を克服するのは大変だったけど才能があったおかげでこうして戦いに身を置けている。父には幾度も反対されたけど最後にはあたしの意思に折れ、プロのハンターになることができた。あの日のあたしのような子供を産まないために、そのためにあたしは戦っている。

 だけどあたしはひとりで戦っているわけではない。父のクラン『暁』の代表者だ。未だに父がこのクランのオーナーだが、歳が歳だけに父は引退し、父のかつての仲間はクランにはもういない。


「無理してこのクランを続ける必要は無いんだぞ」


「やりかたは他にもあるってわかってる。でもあたしはひとりでも多く救いたいの」


「全く、頑固なところは誰に似たんだろうな」


 このクランは父にとって思い入れのあるものだ。だけどあたしの望みはそれとは関係ない、多くの人を救いたい。

 ダンジョン災害が起こった時、クランがどう動くかは管理局は細かく干渉できない。管理局側のハンターチームが協力を要請すればある程度それに従う義務があるが、目の届かない範囲では多くのクランが利益を優先する。あたしがクランの維持にこだわる理由はそれだ。


「ゆーこちゃん。次のお仕事あるんでしょ?」


「……はい。『宵月』クランの後にくっついて発掘作業の警護です」


「また『宵月』かぁ。あそこうちが金に困ってるからって安く使おうとするよな」


「ちょっと潮さん、嫌そうな顔はしないでくださいね。うちにとっては定期的に仕事を回してくれるだけマシなんですから」


 あそこのオーナーの三日月さん、あたしだって嫌いなんだけど。『暁』から独立したとき揉めたらしいんだけど、『昔世話になったから』って仕事を回してくれたと思ったらどんどん値切られて今に至る。何度もお父さんが怒鳴り込みにいこうとしたのを止めるのが大変だったよ……。三日月さんは人として嫌いだけど200人を抱える中堅クランとして成功している。

 いまうちはクラン維持に必要な人数をケガで半引退なメンバーで確保し、こういう下働きで食い繋いでいる状態。


「なんかおいしい話降ってきませんかね?」


「あるわけないじゃない」


 現場に行ったあたし達に待っていたのは想定外の状況だった。


「発掘が3層だなんて聞いてないわ!」


「2層が3層になっただけでそんなに大騒ぎしないでください」


 ダンジョンは不定期にその中の構造を変える。基本のフィールドが変わることはないが早ければ2日で変化が起きる。その時今回みたいに新たな鉱床が見つかることもある。


「依頼料は上乗せします。それともこの程度の依頼変更で仕事を断るのですか?あなたのクランに仕事を頼むところがなくなりますよ」


「うっ……分かりました、睦月さん」


 このまま依頼を継続するしかなかった。現場までの道中、発掘作業員20名と一緒にC級のこのダンジョンを進む。


「はぁ、サイアク」


「ですね」


 鉱床は見通しが悪く、近くに何本もの通路があった。これでは3チームでの護衛ではどこかに穴ができる。


「では皆さん、始めてください」


「……」


 確かに今ここにいる3チーム以外の『宵月』のチームがこの3層や道中のモンスターを間引きしてある。だけど総勢35名が鉱床に群がっているだ。ダンジョンはある意味生き物のようなものだ、エサに群がる愚かなニンゲンを殲滅しようとしないはずがない。


「心配してたよりも順調ですね」


「そうだな。お嬢の心配が外れてよかったよ」


「いいえ、まだです。さっきからゴブリンがバラバラに襲ってきてますよね。それが作為的に感じるんです」


「おいおい、考えすぎじゃねーか?」


 ドンッ!!となにやら大きなものがぶつかった音がした。襲われたのは入ってきた通路側を守っていた睦月さんのチームだった。


「嫌な予感が当たってしまいました」


「マジかよ」


 盾を持っていた前衛のひとりは吹き飛び、もうひとりの腕は折れていた。チームは壊滅状態だった。

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