3「部活に参加してリア充ライフを送ろう」

「はぁ、はぁ……」


「コレきっついよな?さっき俺が攻撃側だったときの気持ち分かっただろ?」


 この高校の体育は戦闘訓練だ。入学最初の訓練はボクシングのようなもの。僕は両手にクッションがたっぷり詰まった大きいグローブを付けて慎吾に向けてパンチを打っていた。


「……はぁ……たった30秒なのに……すごいツラい……」


「動いてる間は無酸素運動になるらしい、その時間を延ばすのが訓練ってことだ。そりゃ、素人じゃ経験者に勝てないな」


「そうだね」


 この授業ではヘッドギアを付けて防御側、攻撃側に分かれる。初心者の僕たちは30秒間ひたすら攻撃側が殴るルールだ。

 さらに訓練は続く。


「ちょっと!逃げないでよ!」


「悔しかったら顔に打ってこいよ!止まってるグローブに打つだけじゃつまらないだろ?」


「くっ……」


 休憩は挟んだけど40分は延々と僕たちは攻守を交代していた。グローブのおかげかお互いのパンチに恐怖感は薄く、途中からお互いに色々試すようになった。まるで遊びのように失敗や手ごたえがあったことを言い合い、汗だくになるまで訓練をしていた。

 男同士で汗だくで訓練してても僕のアレは硬くにならないことは誤解のないように述べておこう。


「殴り合ってて思ったんだが、空振りすると疲れるしそれにスキが大きいな」


「今日だけでも知らないことがあったし、戦いって難しそうだね」


「そりゃあこれを職業にしてる人もいるくらいだしな。ハンターになるやつらからすればまだ俺たちの気づきは素人の浅知恵なんだろうがな」


「きっとそうだろうね」


 どこの中学でも放課後、訓練の時間がある。魔法の訓練や特殊なスキルの訓練は別として戦闘訓練や物資運搬訓練誰などは誰でも受けることができる。僕はそれを避けてきた。

 課外授業として訓練はテストと同じく学校の成績に加点される。更に学習塾と同じように訓練所に通う生徒もいるらしい。その訓練は中学では強制ではなかった。



     *     *     *     *



「ハッ!!」


 県立牙城高校1年ハンター科の生徒3名が1体の狼を囲んでいる。そのうちの1人結城隆司が狼に切り掛かった。


『ギャンッ!!!』


 狼は斬られ、ダメージが大きかったのか転んでしまう。すかさず囲んでいた別の生徒が槍で突き刺しとどめをさす。


「よーし3人とも上出来だ」


「「「はいっ」」」


 初めてモンスターを倒したからだろうか3人の興奮はなかなか冷めない。先生は別の引率者に声を掛ける。


「どうだ、小林、岩谷。初めて見るモンスターは?」


「動画で見るのとリアルでは全く違いますね」


「……あたしグロいの苦手なんです。血の匂いで気持ち悪くなって、さっき吐いちゃって……」


「そういう生徒もよくいる。少しずつ慣れていけばいいんだぞ」


 彼女らは後衛の魔法使い組であった。このように生徒は高校が管理するいくつかのダンジョンで訓練を重ねる。

 ここは最低ランクのF級ダンジョン。あえてダンジョンコアを破壊しないでダンジョンを管理することはよくあることだ。ダンジョンはモンスターを産み、それが増えすぎるとダンジョンブレイク、つまりモンスターが地上に溢れてしまう。管理するということはモンスターを定期的に間引きするということを意味する。


「先生、次のモンスター狩っていいですか?」


「ダメだ帰るぞ」


「えー」


「最初から約束していただろ?それにその拾った輝石についてまだ講義があるからな?」


「「うわぁ」」


 あくまで牙城高校は教育機関だ。ダンジョン初体験の生徒はすぐに撤退させることは安全上の定石だ。魔物は輝石と呼ばれる鉱物を落とす。それは主に装備の強化に使われる。石の大きさは大きく、色が濃いほど効果が高いことが知られている。



     *     *     *     *



「なんでこの学校は授業が終わっても訓練をするの?」


「今の時代、勉強ばかりできる人材よりも体力と実践経験を兼ね備えたほうが評価されるってのがうちの学校の見解らしいからな」


「疲れて次の日学校に来れない人っていないのかな?」


「脳筋なうちの学校はそのための体力をつけろってことじゃね?」


 中学では自由参加だった訓練はこの高校では部活という形で強制参加しないといけない。背が高い僕は先輩たちの勧誘に何回も捕まるんだけど僕たちは普通科なことを告げ、なんとか戦闘訓練系の勧誘を振り切った。

 慎吾の狙いはフィールドワーク部という部活だ。僕はぼっちになる勇気はなく慎吾のあとをついていくことにした。


「すいませーん。見学に来たのですが」


「じゃあこの辺に座ってて、16時になったら説明を始めるから」


 この学校の部活は大きく分けて4つ。戦闘訓練系、魔法訓練系、非戦闘訓練系、特殊系だ。入学時、希望を聞かれるので僕は非戦闘訓練系を選ぶしかなかった。特殊系は招待されないと入れないゼミみたいなものだと言われた。


「はーい。ちゅーもーく」


 少し緩い話し方の女の先輩は大きく通る声をしていた。


「あたしは普通科3年麦野紬、フィールドワーク部の部長をしています。知っている人もいると思うけどうちの部活はダンジョン災害などの避難誘導、救護活動訓練が目的です。実際にダンジョン災害があれば学生の身の安全が確保される範囲で支援を行います。ではなぜフィールドワークという名がついているか?それはそれ以外の言葉だと堅苦しい部の名前になってしまうからです」


「「わはははっ」」


「「……」」


 そこ、笑いどころだったの?先輩たちが笑う一方、僕たち新入生はシーンとしていた。


 「B級以上のダンジョンではダンジョン発生時周りの地形が変わり、一部のモンスターが外に出てくるという現象が確認されています。人間は運動場やアスファルトの上でないところで素早く逃げることができません。様々な地形でもまず自らの身の安全の確保、つまり安全な場所に逃げることができること。そのうえで周りの人間をその場所に誘導し助ける、それが基本的な考え方です」


「逃げるってのはちゃんと周りの状況がわかってないといけないよー。人を助けるのにその最中に襲われるのは問題外」


 事前に打ち合わせがしてあったようで別の先輩が横から補足を入れる。なんとなくこの部活のイメージがついてきた。


「様々なシチュエーションを想定して色々な場所でロールプレイ。それがこの部活の基本活動だよ。それと外傷をメインとした応急手当はしっかりと練習するよ」


「ところでポーターという職業があるのをみんなは知ってる?知ってる人は手を上げて~」


 パラパラと2割くらいの人が手を上げた。僕もその言葉を初めて知った。


「ポーターはいわゆる荷物運びのこと。非戦闘員のハンター、でもその評価をしたのもまた一流のハンターって話だよ。優秀なポーターはね、何人もの人の命を救うの。魔法はあっても回復魔法や魔法の薬は発見されていない、人を救うのはやっぱり人だってこと。他の学校にもこの部活のようなものがあってそこからポーターになる人もいるんだ」


「それに物資の多さは選択肢の多さに繋がる。それゆえ一流のハンターたちが優秀なポーターを求めているってこと」


 なるほどなー。周りもその言葉に興味を引かれているようだった。


「あたしはこの部に入って2年、運動はどちらかといえば苦手な方だった。訓練は最初大変だったけ辛い思い出はそこまでないかな。むしろみんなで山を歩いたり、先輩後輩と色々な話をした楽しい思い出ばっかりだね」


 先輩たちの楽しい思い出の話は続き、その話に誰もが引き込まれた。


「定員があるとはいえこんな多く、その場で仮入部してくれるとは思わなかったよ~」


 話が終わり、新入生たちの多くは仮入部を決めた。僕も慎吾がここが本命なのと特に他に気になる部活がなかったので一緒に仮入部することにした。

 麦野部長はマスコットキャラのようだ。さっきまで堂々とみんなの前に立っていた人物と思えないくらいフレンドリーで人が集まっていた。この部はとても雰囲気がよく、それだけでこの部活に入りたいと思わせるのに十分だった。このあとはそれぞれ先輩たちに質問をする流れになった。


「私たちダンジョンに入るのが不安なんですが先輩たちはどうだったんですか?」


 新入生の女子の1人が女性の先輩にそのように聞いた。周りの新入生たちまでその答えに注目する。


「そんなにたくさん集まると緊張するなぁ。あくまであたしの場合なんだけど、やっぱり初めて入るダンジョンは不安だった。知ってると思うけどダンジョンは別の次元に存在すると言われている。その入り口は虹色に輝き、周りの景色を歪ませる」


 ゴクリ、誰かの生唾を飲む音が聞こえる気がした。確かにそんな場所に足を踏み入れるのは勇気がいる。多くの人が生還している、だけどもしかしてそのまま亜空間に飲まれるかもしれない、入った途端にモンスターが待ち構えているのかもしれない、一度不安に思えば無限に出てくるだろう。


「……それでもやらなきゃいけないことだから。そう言い聞かせてなんとか勢いで足を踏み入れた」


「モ、モンスターはどうだったんですか?」


「あたしの初めて見たモンスターは大きい蝙蝠だったからそこまで怖くなかったかな。はじめは見てただけだけど倒した人の服についた血も倒したらきれいに消えてた。あっ、そういうもの?って思ってからはゴブリンとかも見るだけならそんな怖くなくなったかな?」


 それを聞いていた新入生たちは思い思いの感想をそれぞれ友達と言い合っていた。


「本当に煙みたいに消えるんだってね」


「学校で習ったけどこうして先輩の話を聞くとそこまで怖くないものかも?って感じるな」


 先輩たちへの質疑応答は続いた。やはり非戦闘系の部活に来る生徒は何かしらの理由があって戦いを避けている人が多いという。でもスキルや才能に関係なく非戦闘系の部活からでも進路をダンジョン関連に決めた人がたくさんいるという。なんでもやってみてから決めたほうがいい、それが先輩たちの共通の答えだそうだ。

 ここは女子が多く、楽しそうで健康的な部活だ。僕のマグナムも喜んでいるようでいい加減、金玉が張って痛くなってきた。今夜も先撃ちしておかないと朝ひどいことになりそうだ。

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