2「杉本ざまぁ(笑)」

「なにがあったかは知らんけど手も口も出してないからな、お前は悪くない」


「えーと、君は?」


 僕を中学でイジメていた杉本を追い払ったのを言っているのだろう。でもこうして話し掛けてくれたのはありがたい。今は1人でも多くまともな人間関係を構築したいと思っていた。


「お互いはじめましてだな。俺は北原慎吾、ヨロシク」


「僕は要歩夢。よろしく慎吾くん」


「慎吾でいい」


「わかった」


「それにしても身長たけーよな。歩夢はスポーツかなんかやってるのか?」


「ううん、特にやってない。ある日突然伸びたんだ」


 慎吾は話上手で聞き上手、加えて人に好かれる笑い方をする。僕が何度か言葉に詰まっても上手くフォローしてくれたおかげで会話は盛り上がった。


「あっははっ、普通猫とじゃれてて抉るくらい引っ搔かれる?」


「うるせっ!なんでかわいい女子に手当してもらった自慢話して別のことで笑うんだよ!?」


 僕は慎吾と話していたが断片的に周りの会話も入ってくる。だれもが意図的にスキルについての会話を避けていることに気が付いた。


「慎吾。僕、外れスキル持ちなんだ」


「そっか。俺も全然戦うに向いてないぞ」


「周りの人たちもそうだって思うとさ、中学とは違うんだなって思ってさ」


「……そっか」


 慎吾はいい奴だ。なんとなく中学で僕がどんな扱いをされていたか察してくれた。


「歩夢は将来なにをやりたいんだ?」


「医療関係かな?医者は難しいかもしれないけどダメなら看護師を目指したいな」


「なるほどなー授業でも応急処置を習うし、そこに興味を持ったかー」


 慎吾と会話をしていると先生が入ってきた。時計を見たら結構時間が経っていることに驚く。


「お前らー同じ中学同士で話し込んでないだろうなー?」


「はーい、大丈夫でーす」


「やっぱりこういうのは女子の方が強いなー」


 わははっと先生は笑った。明るくて楽しい先生なのかもしれない。


「3組を担任することになった佐藤だ、俺に拳骨をさせるなよ」


「「はーい」」


「よーし、じゃあ自己紹介から始めるかー。じゃあ席順に伊藤から」


「は、はいっ」


 自己紹介は無難に進んだ。一部笑いを取る生徒もいたが先生が上手くツッコミを入れて教室は盛り上がった。

 先生は多分40前後、人生経験が豊富そうに見える。時間を気にしつつ盛り上げられるのはそのおかげだろう。


「次、要」


「要歩夢です。将来は医療っ……関係に進みたいと思っています」


「要君、身長何センチですか?」


 突然女の子が質問をしたけど、先生は止めなかった。


「大体175センチです」


「運動とかしてたんですか?」


「中学の間は積極的に運動をしてきませんでしたが高校ではほどほどに身体を鍛えたいと思っています」


「はい、ありがとな。次、工藤いこうか」


 手を叩いて先生は僕の番を打ち切った。1回噛んだが僕は無事に自己紹介をすることができた。股間の辺りも机で隠したし、ほぼ完璧だ。


「次、杉本」


「はい。杉本孝、波浜中学出身、スキルは槍使いです」


 杉本は自慢気な顔をしていた。対照的に皆それを好意的に受け取らなかった。特に女子の一部は杉本に明らかに嫌そうな顔を向けていた。

 杉本以外スキルのことは誰も口にしていない。わざわざこの学校で普通科を選ぶ生徒にはそれぞれ理由がある。スキルのことについて口にするのは人によっては心の傷や体の傷に触れることだ。入学時に言われてるはずなのにそれを杉本はわざと破った。

 ふてぶてしく杉本は笑っていた。そんな杉本に先生が問いかける。


「杉本はなんで普通科を選んだんだ?」


「なんでってそんなのは自由でしょ?」


「そうだな、自由だな。でもお前はハンター志望じゃないんだろ?うちの学校はハンター科にならいつでも転向できるぞ?」


 杉本の奴、プルプルしてる(笑)

 お前は有用スキル自慢でマウント取りたかったんだろ?でも残念!ハンターなんて危険な仕事はしたくないただのチキンってことにみんな気づいてるぞ!

 教室中からクスクスと声が漏れた。


「……」


「はいはい、静かに!もしこの中にハンター科に行こうか迷ってるやつがいるならすぐに転向願いを出せ。そうじゃないなら普通科の生徒らしい振る舞いをすること。今度からスキル自慢でトラブルが起きたら全員に拳骨が飛ぶからな?覚えとけよ!」


「「…………」」


 教室全体が静まり返ってしまった。確かに必要なことだったかもしれないけど、さっきまでの和気あいあいとした盛り上がりはなりを潜めてしまった。

 まったく杉本め、反省しとけ!でもざまぁ(笑)


「おーい、秋田」


「慎吾、無駄にうるさい」


 自己紹介も終わり、先生はもう帰っていいと教室を出て行った。慎吾は秋田という女子に声を掛けた。


「歩夢、秋田は同中だったんだ」


「秋田さんよろしく、要歩夢です」


「こちらこそよろしく。秋田愛美だよ」


「俺は北原慎吾だ」


「知ってるてーの。歩夢くん、慎吾のことは雑に扱っていいからね」


「なんだとーてめー」


「あはは……」


 軽く秋田さんと挨拶を交わし、僕は帰宅した。



     *     *     *     *



 杉本はハンター科の同じ中学だった仲間に今日の出来事を話していた。ただ杉本は自尊心のため、いくつか自分の都合のいいようにそれを伝えた。更に杉本は普通科のやつらはハンター科の人間を肉体労働者とバカにしているとも脚色した。


「くそっ、あいつら僕に恥をかかせやがって」


「話は分かったんだが、あの歩夢が背が伸びて傲慢になったなんて信じられないな」


「いやホントだ。僕のクラスにきて見に来ればいい、信じられないくらいデカくなっているぞ」


「そうか、もしかしたら背が伸びて調子に乗ってるのかもな」


 人間は嘘の中に真実を混ぜると騙されやすくなる。


「なあ隆司、あのときみたいに歩夢の野郎をボコボコにしてやらないか?」


「いや、それはまずい」


「なんでだ?」


「バカ!中学の頃とは違うんだぞ、なあ宏典?」


「そうだな。あのときみたいに口と目を塞いで体を縛るなんてマネをしたら同じ中学の俺たちが真っ先に疑われる。ついでにあの時の犯人が俺たちってこともな」


「じゃあなにもしないでやられたままでいろってのかよ!?」


「……ダンジョン」


「えっ?」


「そうだなダンジョン内でバレないようにやればいい。モンスターをけしかけるなんてどうだ?」


「いいなそれ」


「でもなー死ぬかもしないぞー」


 杉本を除いた全員がニタニタと笑っている。


「まあ、ダンジョンの中なら死ぬこともあるよな」


「そんな覚悟もない甘ちゃんはこの学校にはいないだろ?」


「……」


 杉本はビビってしまった。でも他のメンバーは杉本が小心者なことくらい知っていた。それでも自分たちのグループに杉本を入れているのは火種を持ってきてくれるから。楽しいおもちゃ、それが杉本の存在意義だった。

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