5.変数少女Xと昨夜の不快な夜会

 色味の無い殺風景な一人部屋の病室は、あいも変わらず静かである。私にはここ以外の病院のこと何か分からないけど、静かなのが病院の特性なのだろう。正直、静かなのは嫌いじゃ無いんだけど、今日はその静かささえ不愉快に感じる。それは紛れも無く、彼女が昨日置いて行ったスマホのせいだった。



「こんばんは、ペケ。今日は部屋にいるのね。」

病室の入口に立っている少女は、恐らく初対面のはずである。それに、私に記憶が無いことを差し引いても、私のことをペケと呼ぶ人はこの病院に居ないはずである。

「違う呼び方が良かった?バツでもエックスでも、私は何でも良いけど?」

そう言いながら彼女が部屋に入ってきたのは、私がさも訝しげな顔で彼女のことを見ていたからかもしれない。

「面会時間は過ぎてるはずですけど、どうやって入って来たんですか?」

私がナースコールのボタンに手をかけるのを見ても、動じる素振りさえ見せ無い。

「面会なんて来たこと無いくせに面会時間は覚えてるのね。それに、私だって呼ばれて来てるんだから、そんなに邪険にされる覚えは無いんだけど?」

そう言う彼女の顔は、私がどんな風に反応するかを楽しんでいる様にしか見えない。そのことが何か、既に会話のアドバンテージを握られている様で、落ち着かない気持ちにさせる。

「私は誰か面会に来る何て聞いてません。誰に呼ばれたんですか?」

夜なのと彼女の訳知り顔に、自然と語気が強くなって来ていた。

「バツ美って記憶喪失何だって?でも、それって間違いよね。あなたは何が自分の記憶か解らなくなってるだけ、正確に言うと見分けられないってとこかしら?」

「バツミって私のことですか?そんな可笑しな呼び方する人、始めて見ました。」

彼女は、私のトゲのある態度が相当お気に入りな様である。それが、一層腹立たしいです。

「1つ実験しましょ、目を瞑ってこれのシャッターを押して見て頂戴。面白いモノが見れるから。」

どこに隠してあったのか、彼女の手には水色のカメラがあった。

「実験って何ですか?面白いモノって、こんなトコで写真撮っても何も面白くありません。」

「上手く行ったら、貴方が何処の誰か思い出せるかもしれない。上手く行かなくても大して問題無いでしょ。写真一枚撮る位。」

そう言って彼女は水色のカメラを差し出して来た。私は精一杯憮然とした態度でカメラを受け取った。

「一枚だけです。」

何でやる気になったのかは分からない。正直に言って自分の記憶のこと何て大して興味も無かった。それでも、断ると目の前の彼女に負けた様な気がして、意地になってしまったのかも知れない。そして、水色のカメラを構えて目を瞑ってシャッターを押す。その時自然と、何かボンヤリとした風景を思い描いていた。シャッターを押すとカメラから異音がして、目を開けると写真が出て来るところだった。

「色が出るまでちょっとかかるし、記念に貴方のことも撮ってあげる。」

彼女はカメラを受け取りながらそういうと、こっちの返答も聞かずにカメラを構えていた。

「ハイ、チーズ」

彼女がシャッターを押す時も、私は不機嫌そうな顔を隠さずに居た。

「それで、面白いモノって何ですか?」

「思ってたよりもせっかちね。ちょっと待って。はい、これ。」

そう言って彼女が渡して来た写真には、バッチリとポーズをキメた彼女が写っていた。

「面白いモノってコレですか?」

ちょっとでも期待したのが馬鹿だった。

「それはサービス。本当に面白いのはこっち。」

そういって彼女は、彼女が撮った私の写真を手渡して来た。その写真に私は写っていなかった。それどころか病室でもない、モノクロの風景写真だった。

「これって、どうして?」

何よりも驚きなのは写真の景色が、私が目を瞑った時に思い描いた風景だったこと。

「残留思念って言葉分かる?場所だったり物だったりに個人の思念、記憶や感情が残るってことだけど、それを読むことが出来るとこういう応用が出来る。」

説明している様な、煙に巻く様な話だった。

「先生なら、箱の中の猫が生きてるか死んでるかは箱の中を見た人に話を聞けば分かるって言うとこだけど。」

「ハコ?ネコ?」

「あなたにとってはそれはどうでも良い問題ね。あなたに必要な問題は、あなたに何で記憶が無いのか、かしらね。」

正直なところ、彼女の話は半分も頭に入らなかった。残ってたのは、私にはなんで記憶が無いのかと言う言葉だけだった。

「あなたの思念はほとんどモノクロばかりだった。多分、無意識的に色情報を消して容量を節約しようとしたんだろうけど、それで記憶の認識に齟齬が生まれたってことなんでしょうね。」

彼女は私というよりも、自分に語りかけている様だった。

「そうだ、コレが本当のプレゼント。私達の番号とかも入れて有るから。」

そう言って彼女はオレンジと白の袋をサイドテーブルに置いた。中にはスマホの箱が入っている。

「準備が出来たら連絡するから、ブロックしないでね。」

それだけ言って、彼女は病室を出て行ってしまった。



 テーブルの上のスマホを睨みつける。説明書はもう3回も読んだ。初期設定は大体終わってる見たいだし、アプリとかはよく分からないし、自分から連絡する様な相手も居ない。連絡先に何人か名前が入ってたけど、彼女は名前すら名乗らなかった。彼女の準備が何かは知らないけど、彼女からの連絡を待つ位しかないのが気に入らない。彼女が、私よりも私のことを知っている様で、落ち着かない気持ちだった。彼女が置いていったスマホが、私の好きな水色なのが余計に腹立たしい。

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