3.彩色少女玉虫イロハの比喩的な日常

 季節外れの海、なんだかこの景色を表すのにピッタリな気がする。夏の海よりも、秋の海が好きなのは私が人見知りだからだけど。とりあえず、検索したら知らない歌が見つかって嬉しくなった。そんなこと考えてたからかもしれない。スマホにサトリちゃんからメッセージが来た。


〈ちゃんとやってる?〉


〈やってるよー〉


 多分、私が初めて来た場所で、うわの空になってる事はお見通しなんだ。図星過ぎて、慌てて返信してしまった。ため息、じゃなくて深呼吸して、さとりちゃんから貰った写真を穴が開かない程度に眺める。多分ここと同じ海の写真、でもちょっとだけ構図が違う気がして、浜辺の散歩が必要かもしれない。


 1時間位歩いて、納得出来る場所を見つけた時は、サンダルで来れば良かったって後悔しちゃってた。だって、秋のくせに、夏見たいな気温なんだから。さっき買ったメロンソーダも温くなってるかも。でも、ここからが本番だから集中、集中。


 写真と同じ構図を睨みつけ、そこに写真を重ね合わせる。ほぼほぼ同じ景色だけど、写真の中には色がなかった。人気はないけど、一応周りに誰も居ないか確認して、写真にイメージを重ねる。多分、空は今よりちょっと薄い、なんだろ?スポーツドリンクが近いかな?そう思うと、写真の空が青みを帯びる。そしたら海はどんな色?一旦スポーツドリンクのラベルをイメージしてしまって、黒い海が真っ青になる。でも、海って案外鉛色だから、ゆっくりと青と黒と少し緑を混ぜて落ち着いた海をイメージする。そうやって少しづつ確実に色を塗って、カラー写真を作り上げる。よし、大丈夫、普通の景色がイメージ出来てる。後は、写真にない周りの景色もしっかり確認、遠くの自販機とか看板とか、はっきりした色は覚えて置かないと。そして、後、えーっと、そう、時間帯や季節で微妙に変わる色合いとか、何パターンかイメージして置かないと。そんな感じにテンパり出したとき、チエちゃんからメッセージが来た。


〈キンチョーしてる?〉


〈すごいしてる。明日がすごい不安〉


〈ガンバー。あと、明日どんな服着るの?〉


〈なんで?〉


〈目印無いと分かんないかもと思って。〉


〈普通の服だけど、何か変わったの持って来た方が良かった?〉


〈普通のって、何時ものってこと?〉


〈うん。〉


〈ならOK〉


悪気ないってわかるけど、私の私服ってそんな目立つのかな?それよりも、大事なこと聞いてなかったのを思い出した。


〈私、まだ名前聞いてないんだ、チエちゃん教えて〉


〈私も知らない、さとりに聞いて見る、ちょっと待ってね〉


 そうなんだ、なんか、明日名前も知らない子と会わないといけないって考えると、段々と緊張を実感して来た。そうやって考えながら改めて海を見ると、秋ってなんか寂しい。パパがよく聴いてるCDにそんな曲あった気がする。これは、なんだか悪い兆候かもしれない。心が現実逃避に向いて来てる。ただただぼーっと海を眺めてたのに、傾いて来た日が細く揺れる水面に反射するのが、一瞬、炎の様に思えた。まずい、燃える様な海、そう閃いた瞬間、海が明るいオレンジに変わる。慌てて、周りを見渡す。大丈夫、人は居ない。その時、遠くのコンビニの看板が目に入った。秋なのに新緑を思わせる緑、萌える緑、燃える緑。あっという間に緑がオレンジになる。心拍数が上がって来てるのがわかる。落ち着け、海がオレンジな訳ない、そう、炎だって青い炎もあるんだから。次の瞬間には、オレンジだったものは全て鮮やかな青になっていた。まだ青みがかった空と海の間が、曖昧に思えて来て、息が上がって来て、思わず固く目を閉じて下を向く。


 目を瞑ってると、自然と思い出してしまう。ぼーっと信号待ちをしてた時、何かの拍子で赤を青にしてしまって、目の前で交通事故が起きた。

 パニックで、色を目まぐるしく変えてしまって、周りにいる人が失神した。

 全部嫌で、全部黒くしてしまって、自分がどこにいるかも分からなくなって、動けなくなった。

 大丈夫、落ち着け、昔よりもコントロール出来る。そうやって自分を励ましても、やっぱりダメだ、自分は人の迷惑になってるんだ、そんな思いが消えない。いつから、自分はこうなってしまったんだろう。そしていつも、こうやって思い出してしまう。自分がこうなってしまった瞬間のことを。


 小学校の頃、秋の初め位の下校途中だった。確か台風の後で、晴れた日の夕暮れだった。あの日、橋の上で夕暮れを見た瞬間、思わず立ち止まってしまった。あの綺麗な夕暮れ、今まで見たことのない、この世のものと思えないほど綺麗な夕暮れを。その時ふと思ってしまった。“地獄の様な”夕暮れだと。確かに綺麗だったけど、言い知れない程怖くなったのを、鮮明に覚えている。


 スマホの音で目を開けると、周りは普通の色に戻っていた。スマホにサトリちゃんからメッセージが来ていた。メッセージは一文字だけ。

「バツ?」

 思わず声に出しちゃったけど、何だろう。とりあえず一文字だけ〈?〉と返信してみよう。


 あたりはもうすっかり夕暮れの景色に染まっている。それは、綺麗な夕暮れだった。あの日からずっと同じ、“地獄の様な”夕暮れだった。


PS.以下にて、ある特定の定数に於けるXの定義域を示します。ご参照下さい。


定数=登美川ステファニイ

https://kakuyomu.jp/works/16816700428057254989


定数=偽教授

https://kakuyomu.jp/works/16816700428200828401


定数=押田桧凪

https://kakuyomu.jp/works/16816700427792306754


定数=連野純也

https://kakuyomu.jp/works/16816700428412906814


定数=みたらし団子

https://kakuyomu.jp/works/16816700429134156223


※提示された前提条件は以下の通り

①名前は“玉虫イロハ”である。

②自分が見ている物の色を自由に認識出来る。例えば赤色を青色として見ることが出来る。

③半径10メートル以内で、自分が見ている色情報を共有出来る。イロハが真っ赤なポルシェを真っ青だと認識したとき、近くに居る人は赤いバラが青いバラに見える。

④色情報をリセットするには10秒間目を閉じる必要がある。

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