ゆるふわおっとり系ぽややん美少女奴隷カタリナ

 金蛇の花園。美少女奴隷を囲うだけ囲い、売りに出している気配がまったく見えないため、信じられないほどの強欲と嫉妬心に塗れた醜悪な男だと巷に噂されることもある豪商、スネイル・トレイターが帝都の外れに構えた彼の城。


「ふっ……。はっ……」


 本邸から正門へと続く石畳の隣に造られた広い庭で、金蛇の花園の主人、スネイルが木剣を振るっていた。


 帝国随一の規模を誇るトレイター商会の長であるが、スネイルは騎士や冒険者でもなく、ただの商人に過ぎない。しかし、忙しい業務の合間を縫ってでもこうして木剣を振るうのは、彼の大事なルーティンのひとつとなっていた。


 スネイル・トレイター。彼の夢、そして胸の内から消すことのできない性癖はただひとつ。いやがる美少女奴隷を手籠めにしたい。その一点。


「美少女奴隷にいやがられたいのであれば……悪臭を漂わせるなり、見た目を醜悪にするなり……様々なアプローチ方法があるでしょう……」


 袈裟斬り、返し、そして突き。体に染みついた型どおりの美しい動きを繰り返しながら、スネイルは誰に言うでもなく呟く。


「しかし、それはこの私、スネイル・トレイターのプライドが許さない……。いやがる美少女奴隷を手籠めにする私は、完璧な状態でなければならない……!」


 スネイル・トレイターはプライドの高い男だった。


 自らが認めた美少女奴隷を組み伏せ己が物とするならば、己もまた最高の状態でなければならない。そうでなくてはその資格がないと、心の底から信じ切っていた。


 脂ぎった顔を美少女奴隷の珠の肌に擦り付ける? 


 己の不摂生を声高に主張するように膨れた腹を美少女奴隷の尻に打ち付ける? 


 あらゆる部位から魔の森が如く鬱蒼とした体毛を生やして美少女奴隷に密着する?


 否。否。断じて否。そんなことは許されない。そんな醜悪な姿で美少女奴隷に迫るなど許されない。おぞけが走る。帝国一の商人、スネイル・トレイターがそんな惨めな姿を晒していいわけがない!


 ゆえにスネイルは己を律すること、そして己を磨くことに余念がなかった。誰にも恥じぬ完璧な男であってこそ、自らが心から欲しいと欲した美少女奴隷を手籠めにする資格を持つのだ。なお、このプライドとその難儀な性癖が完全に矛盾の塊であることは、美少女奴隷たちにとっては周知の事実である。


「さて、もう一セットやりましょうか……」


 少し余計なところに思考が飛んでしまいましたね。苦笑しながら木剣を握り直し、スネイルは完璧な己を実現するためのルーティンを再開した。




「お~、今日も精が出ますね~、スネイル様~」


「むっ?」


 まだ足りない。まだまだ足りない。自身を追い込むことにかけて余念のないスネイルが百セット目の剣舞に入ろうとしていた時、彼に声をかける少女がいた。本邸から正門へ向かって歩いてきた、ゆるふわおっとり系ぽややん美少女奴隷カタリナである。


「カタリナではありませんか。おはようございます」


「はい~。おはようございます~、スネイル様~」


 栗色の髪の毛をおさげに纏め、どんなタイミングであろうとのんびりとした雰囲気を崩すことのないカタリナは、嵐のような灼髪美少女奴隷ロサや黒髪眩しい美少女奴隷クロユキとはまた違った魅力を持つ、スネイルの大事な美少女奴隷のひとりである。


 当然スネイルも手籠めにしようと思ったことはあったが、「スネイル様でしたら喜んで~」とぽやぽや笑みを浮かべながら寝台に大の字になる彼女の姿を見、一瞬で萎えてしまった過去がある。そこはべつに、喜ばないでほしかった……!


「……これからどこかへ出かけるのですか?」


 まあ、そんな過去は良いのである。カタリナがバスケットを片手に持っている様子に気付き、スネイルはそう尋ねた。


 いやがるカタリナを手籠めにする意志が折れてしまったとしても、彼女は金蛇の花園に住まう大事な家族の一員である。コミュニケーションは大事だ。


「えへへ~。そうなんです~」


「ほう、ちなみにどちらへ向かうかお聞きしても?」


「恋人とデートなんですよ~」


 ふわふわ、ぽやぽや。ぱあっ、と顔を輝かせながら、しかし少し恥ずかしそうにはにかむカタリナのそんな顔を見て、スネイルは眉を上げた。


 恋人。恋人か。


 スネイルは金蛇の花園に住まう美少女奴隷たちにはある程度自由な裁量を与えている。無論、彼氏彼女を作ることだって何も禁止していない。自由恋愛を禁止することに意味を見出せないからだ。


 抑圧が美しさを生むこともあるが、自由な感情の揺らめきこそが美少女奴隷を輝かせる一番のスパイスなのだと考えていた。


 だが、だがしかし。カタリナに、あのカタリナに彼氏ですか……、とスネイルは少し胸中に複雑な感情を抱く。


 信徒のいかなる罪も微笑みとともに赦す女神プレシスが実在するのならば、きっとカタリナのような大らかさと包容力に溢れた美少女なのであろう。口にしないまでも、そんな下らないことを考えてしまうこともあったスネイルである。


 果たしてこの胸中に去来する感情は――。



(――――し、心配だ。カタリナ、悪い男に騙されていませんよね?)



 純粋に心配であった。めちゃくちゃ心配だった。だってカタリナですよ? 


「大病にかかった両親への薬代が足りない」と貧民街のモヒカンに訴えられた際、銀貨五枚を惜しげもなく渡してしまうほどに純粋な少女なのだ。(冒険者であるレティとアレッタの調査によりこれは騙りであることが判明したため、二人の手によってモヒカンは半殺しにされた)


 悪い男に騙されてはいないか、奴隷という身分にかこつけて食い物にされていないか、スネイルは気が気でなかった。なお、ドブみたいな性癖の男の美少女奴隷として日々を健やかに暮らしていることはスルーするものとする。


「あっ、いけない~。約束に遅れてしまうので、もう行きますね~」


「え、ええ、楽しんできなさいカタリナ」


「はい~。ありがとうございます~!」


 正門を出るまで主人であるスネイルを見ながらぶんぶんと手を振り、ぺこぺことこちらに頭を下げてくるカタリナを見送り、スネイルは木剣を手慰みにその手の中で回転させた。


「恋人……カタリナに恋人ですかあ……そうですかあ……」


 うわごとのように呟く。


「スネイル様、カタリナ先輩に恋人ができてるの、そんなにショックなんですか?」


「むっ!? 誰です……ってリズベットですか」


 そんなスネイルの隣に現れたのは、麦わら帽子をかぶり、袖をまくった農夫スタイルで鍬を片手に本邸から歩いてきた新米美少女奴隷リズベットだ。庭の片隅に彼女が手入れしている農地があるため、その世話のためにやって来たらしかった。


 金蛇の花園にやって来てからふた月ほどが経過し、もうそろそろ主人のスネイルにも若干の遠慮が薄れてきた美少女奴隷である。もはや新米ではないのかもしれない。


「カタリナに恋人ができているのは……ショックというか、むしろ心配でしょうか」


「あ、そうなんですね。わたしてっきり喜んでるのかと」


「喜び? いやまあ、喜ばしいことだとは思いますが、なぜ?」


「え? だって、そりゃ……いまの状態のカタリナ先輩だったら、スネイル様のひどい性癖が満足できそうですし……」


 顎に手をやりながら、リズベットがさも何でもないことのように言った。


 いやがる美少女奴隷を手籠めにしたい。想い合う恋人がいるカタリナを褥の場に呼べば、確かにその欲望は満足できそうである。


 だが、だがしかし、それはいくらなんでも。


「……さすがは《無垢なる邪悪イノセントイビル》と言うべきでしょうかね、リズベット」


 そこには思い至らなかったので、さすがのスネイルも少し引いた。いやあ、この子の思考、ちょっと怖いですねえ。ついこの間まで田舎の純朴美少女だったのにどうしてこうなった。


「スネイル様の耳にまでその不名誉なあだ名届いてるんですか!? ていうか、わたし、カタリナ先輩を手籠めにしたらどうですとは言ってませんよ!? むしろ止めますけど! なにがなんでも! ねえ聞いてますスネイル様!?」


 慌てるリズベットが言い繕うが、後の祭り。


 こうしてスネイルとリズベットの心の距離はまた少し離れてしまうのであった――。

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