金蛇の花園殺人(未遂)事件②

「スネイル様を気絶させた犯人は――この中にいる!」


 美少女錬金術師奴隷ルーシィ――もとい、美少女名探偵奴隷ルーシィが迷いなく言い放った一言は、騒然としていた食堂に一時の静寂をもたらした。


 スネイルの美少女奴隷たちはみな、ルーシィが述べた言葉を脳内で反芻し、その意味を理解するのに時間を要しているのだ。


 何故ならば、彼女の口から放たれたその言葉の意味はすなわち――、


「――待ってよルーシィ姉。じゃあなに、つまりあたしたちの中に、スネイル様を昏倒させるような不届き者がいるって言いたいの!? 本気!?」


 真っ先に我を取り戻したロサが、ルーシィに向けて犬歯を剝き出しにするような勢いで吠えた。


 灼髪のツインテ美少女奴隷ロサ。誰よりも自分自身への自信にあふれ、同僚のクロユキやリーチェらと諍いを絶やさず、気に入らないことがあればすぐに火炎魔術をぶっぱする『放火魔』ではあったが、同じスネイルの美少女奴隷たちへの仲間意識も人一倍強い少女である。


 そんな彼女にとって、ルーシィの口から放たれた『主人の昏倒は身内の犯行によるものである』宣言は決して看過できるものではなかったのだ。


「キミの気持ちもわからないではないよ、ロサ。キミは誰よりも私たち奴隷仲間のことを愛し、そして信じているだろうからねえ」


 そして、ルーシィもまた、そんな年下の美少女奴隷が胸に秘める、仲間らへの確かな信頼を疑ってはいなかった。


「だったら」


「だがねえ、ロサ。私は気づいてしまったんだよ。なぜスネイル様が昏倒したのか。なぜスネイル様の剛直が痛いほどに天を衝いているのか。どうしてそれが可能なのかを、ね。そして一度答えに辿り着いてしまえば……全てを解き明かすまでは止まれない。それが探偵というものだろう?」


「ルーシィ姉は探偵じゃないわよね」


「……あの、ネメシア先輩、剛直って何ですか?」


「……そこでテント張ってるアレのことよ。怒張とか陰茎とも言うわね」


「……おー、さすがネメシア先輩」


 ロサと向かい合う自身の傍らでリズベットとネメシアがひどく緊張感のないやり取りを交わしていたが、ルーシィはあえて無視した。


「待ってルーシィ姉。じゃあ教えてよ、ルーシィ姉が辿り着いた真実ってやつを」


「ロサ……無理をするものではないですよ」


「心配しないで、ラク姉。あたし、何が真実でも……きっとクロユキが犯人だったとしても、大丈夫だから……」


「勝手に人を下手人にしないでくれませんか?」


「その意気やよし。では私が辿り着いた真実を語らせてもらおうじゃないか。よく聞いてくれたまえ、皆」


「私が下手人かのような物言いのまま進むのですか? ちょっと?」


 食堂にいる美少女奴隷たち全員の視線を一身に浴びながら、ルーシィは真実の扉を――ある種、地獄の窯の蓋を――開く。


「スネイル様が昏倒した理由、それは媚薬と精力剤の効力によるものだ」


「媚薬? 精力剤~……?」


 おっとり系ぽややん美少女奴隷のカタリナがふわふわ~っと首を傾げる。なるほど、カタリナがよほどの演技派ではない限り、彼女は白だろう、とルーシィは当たりをつけた。


「媚薬と精力剤……キミたちもだいぶ耳に馴染みがあるんじゃないかい? ねえクラリス」


「えっ!? ええ、まあ……ルーシィさんが精製された媚薬たちがローナ商店の目玉商品であることは、我々なら誰でも知っていることですね……」


 急に話題の矛先を向けられた美少女シスター奴隷クラリスが、少し慌てたように口を開いた。彼女の述べるとおり、ルーシィ謹製の媚薬と精力剤は金蛇の花園購買部――ローナ商店の目玉商品のひとつである。


「しかしルーシィ、媚薬と精力剤がどうしてこの件と関連するんです? もちろん、スネイル様のスネイル様が痛いほど張りつめていることの理由としては成り立ちますが」


「うむ、ラクシャの疑問ももっとも。端的に述べよう。媚薬と精力剤は一定の量を超えて摂取すると身体機能に多大な負担をかけるんだよ。混ぜ合わせたりなんてしたらさらに倍率ドンだ。それこそ気絶してしまうくらいの負担がかかるのは間違いないだろうね」


「そうだったのですか……」


 ルーシィの種明かしに、ラクシャは得心がいったような呟きを漏らした。


「……さて、スネイル様が気絶した理由は媚薬と精力剤によるもので、これらはローナ商店で容易に手に入る。我々の中に犯人がいるという私の推理は間違っていないと思うけれど、どうかなロサ?」


「そうね……筋道立っていることは疑いないわ……。くっ……早く罪を認めなさい、クロユキ……!」


「なにがなんでも人を下手人に仕立て上げようとしますねこの乳袋は……」


「というか、どうもそれだけ罪を人に擦り付けたがるのは、ご自身にやましいところがあるからなのではないですか? ロサ、女神プレシス様はすべてをご覧になられていますよ……」


「はっ、はぁぁ!? や、やめてよねクラリス姉! あ、あたしはなんにもやましいことなんてぜーんぜんこれっぽっちもないんだからねっ!?」 


 クロユキからジトっとした視線を向けられたロサは焦ったように顔の前でぶんぶんと手を振ったが、その必死な態度がより一層己の怪しさを補強していた。


 食堂に落ちる沈黙。そして疑念。先ほどまで必死に仲間の無罪を信じ語っていたロサ。それは、実はすべて己がための演技であったのではないか……。そう思わせてしまうほどの必死さである。皆の視線が少しずつ冷たさを孕んでいく気がして、ロサは思わず身震いした。


「……ロサ。無罪を証明する方法がある」


「レティ姉!」


 今までずっと黙りこくっていた『元』美少女奴隷レティの言葉に、ロサが救いを見つけたように破顔する。現役Sランク冒険者にして、金蛇の花園の美少女奴隷たち全員にとっての姉的存在である彼女ならば、きっとあたしの味方をしてくれる――。


「……服を脱いで、何も持っていないことを示せばいい。そうすれば、ロサが媚薬を盛ったなんて疑惑はすぐに晴れる。……それとも、できない?」


 しかして、現実は非情であった。


 尊敬する《氷姫》レティの人形じみた氷の瞳に射抜かれ、ロサは己に逃げ場などないことを悟る。


「あ、あぅ……」


「……ロサ」


「うっ、ううぅ……あたしが、あたしがやりました……」


 スカートのポケットから空になった媚薬のビンを取り出して、ロサは項垂れながらぺたりと床にその大きい尻をついた。


「こっ、こんなことに……こんなことになるとは思わなかったのよ……! ただ、お昼に媚薬を盛って、興奮状態のスネイル様をデートに誘おうと思っただけなの……!」


「……ロサ」


「レティ姉……あたし……!」


「いくらかわいい妹分でも、それは許されない。有罪」


「うわぁぁぁぁん!!!!」


「やれやれ、ですね……」


 己の犯行を自供したロサがレティに縋りつく様子を見て、ラクシャが安心したようにため息を漏らした。これにて一件落着、のような空気が食堂内に流れるものの、当然収まりがつかない美少女奴隷もいるもので……、


「やはり下手人はあなたではないですか! よくもこの女は! 今日という今日こそ……!」


 先ほどから執拗にロサから犯人扱いされていたクロユキである。


 いつの間にやら自身の得物であるナギナタを取り出して、目を見開きながらロサに飛び掛からんとする勢いだ。


「お、落ち着いてくださいクロユキ先輩!」


 このままでは食堂に血が流れてしまう――! 新米美少女奴隷のリズベットは、興奮状態のクロユキを止めるべく、その背後から彼女に抱き着くように抑え込もうとした。


「……ん? なんだろ?」


 クロユキの薄い体に巻き付くような形になったリズベットの腕に、なんだか硬いものが当たる感触がある。


 クロユキ先輩のお胸……はさすがにもう少し柔らかいよね、なんてとんでもなく失礼なことを考える《無垢なる邪悪》リズベットは、己の好奇心に従いその感触の元に手を伸ばす。


「――ひゃっ!? り、リズベット殿、どこに手を突っ込まれているのですか!?」


「えっと……クロユキ先輩の襟元ですかね?」


「いやあの、そういうことではなく……ひゃん!?」


「あ。あった……よいしょっと」


 リズベットの右手が、先ほどの感触の出どころへとたどり着く。まったくの遠慮なく、迷いなく、ノータイムでクロユキの襟元から引き抜かれたリズベットの手元のモノに、食堂の美少女奴隷たち皆の視線が集中した。



「……。……クロユキ先輩、あの、これ」



 ガラス瓶だ。中身はなく、形状はロサが力なく握るそれと酷似している――。


「…………」


「あの……これ、媚薬ですよね?」


 尋ねるリズベットに何も答えず、クロユキは彼女を自分から静かに引きはがす。


 そののち、優雅さすら感じる流れるような所作で床に正座し、項垂れるように頭を垂れた。それはまるで、斬首台で己の首を差し出す罪人を幻視させるかのような動きであった。


「…………」


「クロユキ先輩……?」


「……最近、お館様とともに過ごす時間が少なく……! 魔が、魔が差したのです……! よもや、このような事態になるなど、私は……!」


「やっぱりアンタもこっち側だったってわけね……クロユキ……!」


「貴女と一緒にされるのは甚だ心外です……心外ですが……否定できない……!」


 血涙を流すクロユキと、同類を見つけて下卑た笑みを浮かべるロサ。アホ二人を前に、ルーシィとラクシャはそろってこめかみを抑えた。いつもいがみ合っている二人だが、なんで主人に媚薬を盛るタイミングは一緒なのか……。


「……かわいい後輩たちの凶行に驚きを禁じ得ない」


「大丈夫ですよ、二人とも。女神プレシス様は如何に深く果ての無い罪でも必ずお赦しくださいます」


「女神さまのお赦しよりスネイル様の赦しをもらう方が大事だと思うわよ」


「まあ、それはそうですね……」


 レティ、ネメシア、クラリスの声音に呆れを感じ、ロサとクロユキはそろって身を竦めた。確かに、己の欲望のため、主人の食事に媚薬を盛って、その果てに彼を昏倒させてしまったのは事実。何も否定できないからこそ、二人は黙って先輩美少女奴隷の軽蔑を受け入れるほかないのだ。


「……あれ? ルーシィ先輩、スネイル様が倒れちゃったのって媚薬と精力剤をいっぱい摂ったからなんですよね?」


「うん? ああ、そうだともリズベット。それがどうかしたかね?」


「おかしくないですか? ロサ先輩とクロユキ先輩が盛ったのって媚薬であって、精力剤ではないですよね?」


「あ」


 リズベットの口から放たれた純粋な疑問に、食堂は再び震撼した。スネイルを昏倒させた犯人はまだ、この中にいるのだ!



「――いや容疑者が身内の中に多すぎじゃありません!?」



 ラクシャの悲痛な叫びは、無情にも食堂のざわめきの中に消えていった。


 こうして再び、美少女奴隷たちの犯人探しが始まるのだが……その間、彼女らの敬愛すべき主人、スネイル・トレイターは一物をおっ勃てたまま放置されていたという。


 金蛇の花園殺人(未遂)事件――これにて閉幕。

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