奴隷商人スネイルと奴隷商人ミネルバ①
「おはよー、スネイル様宛の手紙来てるぜー」
奴隷商人スネイル・トレイターが己の美少女奴隷を囲う官能の檻、金蛇の花園。朝食の時間帯、皆が食堂に集まり食事を楽しんでいる中、封筒を片手に現れたのは美少女竜騎兵奴隷のリーチェだ。
トレイター商会の
「おやリーチェ、面倒をかけましたね。ありがとうございます」
「なーに、これがオレの仕事だからな」
彼女の姿を捉えて片眉を上げたスネイルが礼を述べると、リーチェは鼻を掻きながら嬉しそうに笑った。彼女にとって至上の喜びは己の働きを主人のスネイルに認められることなのだ。
「家を爆破するしか能がないどっかの赤毛とは違うのさ」
ついでに言うと他の美少女奴隷より優れていることをアピールできればなおよし。
「髪の毛燃やすわよトカゲ女」
「誰がトカゲ女だ! 竜騎兵と呼べ竜騎兵と!」
「はー? 羽のついたトカゲに跨ってるだけじゃないの」
「テメェ、この世でもっともカッケー生き物を羽のついたトカゲ呼ばわりするなんて許せねえ!」
いつもの如く取っ組み合いの喧嘩を始めた仲良しの二人を置いておいて、スネイルはリーチェから受け取った手紙をしげしげと眺めた。
小ぶりの封筒は貴族の紋章が刻まれた封蝋で綴じられている。その紋章をひと目見て、スネイルは顔をしかめた。
「うわ……ミネルバからですか……」
「スネイル様、ミネルバ……ってどなたですか?」
そんなスネイルの様子を見、彼のそばで朝食を摂っていた新米美少女奴隷――誠に遺憾ながら一部では無垢なる邪悪と呼ばれつつある――リズベットが尋ねた。
名前からして女性だし、もしかしてスネイル様のイイ人とかだったり? なんてワクワク全開の顔色と声音で興味津々の様子だ。
しかし、当のスネイルはため息をつきながらイヤイヤと首を振る。
「ミネルバ・ビトレイヤ。簡単にいうと私の同業者ですよ」
「ってことは、商人仲間ですか?」
「商人仲間? フフ……彼女を仲間などと思ったことはありませんね」
「あ、そうですか……。すみません」
どこか遠い目で語るスネイルを見て、リズベットはミネルバなる商人の話題は自分のご主人様にとって地雷の話題であることを悟った。こんな小さな失敗を積み重ね、無垢なる美少女奴隷たちは処世術を身につけてゆくのだ。
「失礼、リズベット。君に当たることではありませんでしたね。まあともかく、彼女の館に招かれました」
そこまで話して、スネイルは封筒から取り出した手紙を摘んでひらひらと振った。異性から自邸へのお招きを受けたといえ、喜しいどころか心底面倒くさそうな表情を見せている主人の姿に、これはよほど苦手意識があるんだな……と思うリズベットであった。
「彼女は自分の奴隷を他人に見せびらかすのが好きですからね。今回もそういう目的のそれでしょう」
「へえ……。奴隷商人ってそういうものなんですか?」
「そういうものです。私だって機会があるなら君を自慢したいくらいですからね」
「あ、ありがとうございます……」
伊達にいやがるリズベットを手篭めにしたがっていたわけではない。スネイルがこともなげに言い放ったセリフに、リズベットは嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分を覚えた。少なくとも悪い気はまったくしないけど。
「ふむ……君もミネルバの館に行きますか、リズベット?」
「えっ」
それってもしかしてミネルバって人が奴隷を自慢するから自分もわたしを自慢しようとしてます? とは言えない。流石にそこまで思い上がってはいないけれど……いやしかしもしかするとそういう線もあるか?
「ふーん、アンタいつのまにか随分とスネイル様に気に入られたわねえリズベットぉ……」
「へーえ、そうだったのか。『わたし右も左もわからないです〜』みたいな顔して意外と、なのかよリズベットぉ……」
そんな話をスネイルとしていたら、取っ組み合いの喧嘩を終えた先輩二人から冷たい視線が飛んでくる。絶対何かを勘違いしている二人の目の前でリズベットはぶんぶんと両手を振った。
「い、いや先輩がた何を仰ってるんですか……? わたしはスネイル様とどうこうなりたいとか一切まったく全然これっぽっちもありませんよ?」
「バッサリ切り捨てたな」
「奴隷にあるまじき発言ね」
やはりネメシアに身も心も奪われてしまったのですね……。ロサとリーチェに詰め寄られながらあたふたしているリズベットの姿に一抹の寂しさを覚えながら、スネイルは心中で落涙した。いやがるリズベットを手篭めにしたかったなあ。したかったですねえ……。
「……それはそうとミネルバからの招待は……」
そういえば、とその手に握っていたミネルバからの招待状を思い出す。
ミネルバ・ビトレイヤ……リレントレス帝国第二の大商人、ローズ商会の元締め。彼女はリレントレス帝国第一の大商人たるトレイター商会を強くライバル視している、スネイルの商売敵だ。
そんな女からの招待を素直に受け入れ、その邸宅である『薔薇御殿』へとノコノコ足を踏み入れる必要もないだろう。
「大変ありがたいお申し出なれど当方多忙につきまたの機会に、とでもしておけばいいですか」
ミネルバからのお誘いは適当にお断りする文章をしたため、スネイルは上品にあくびをかました。ミネルバをまともに相手にするほど面倒なことはないし、私はそこまで暇ではないのです。
* * *
「うーん……肌色……?」
目を覚ました時、スネイルの視界に飛び込んできたのは一面の肌色だった。だが、白く透き通るような透明感あるものではなく、妙に艶があって少し日に焼けたような肌色だったが。
「なんです……私は寝ていたのですか……?」
少し痛む頭を押さえながら身体を起こし、スネイルは覚醒しつつあるものの少しぼんやりとした意識のなかで現在の状況に思いを巡らせた。
どうも花園のベッドで目を覚ましたわけではないらしい。自身が特注で作らせた高級ベッドとはまったく違った肌触りと硬さを全身に感じ、スネイルは首を捻った。いったい私はどこで目を覚ましたのですかね。
「というかそもそも、このベッド妙に生暖かくありませんか?」
ふと、自身が横たわっているベッドに視線を落とす。
「オス! トレイター様、オス!」
ベッドと目が合った。
「ヒェ……」
スネイルは思わずのけぞり、ベッドのシーツを強く握った。だがそのシーツに絹のような滑らかさはなく、妙に猛々しい感触がなんかすごい生理的嫌悪感を引き起こす。
「オス! トレイター様、そこはいけません! オっ……オス……!」
目が合ったベッドとは別の声が耳に届き、スネイルは混乱する頭でシーツを握った自身の右手に目を向けた。
黒いブーメランパンツに包まれた棒状のなにかをなんかすごいいい具合に握ってしまっている。
「オ、オス……我々はベッドに過ぎませんが、こ、これは生殺しですトレイター様……オッ、オッス……!」
熱い吐息を漏らしながら絶え絶えにそんな言を吐き散らかすベッド……いやベッドではない。これはベッドなどという生やさしい存在ではない。
「なっ、なっ、なっんっ、でっ、私は半裸の男の上で寝ているのですか!!!!???」
「つ、強く握ってはいけませんトレイター様ッッッッ! お、オオオ……ス……!」
事ここにいたり、スネイルはようやく自らが置かれている状況を完全に把握した。自分がベッドだと思っていたものは黒いブーメランパンツのみを身に纏った筋骨隆々の半裸の男たち(仰向け)で、スネイルはついさっきまでこの男たちの上で惰眠を貪っていたのだ!
「オェ……」
現実を受け止めきれず、スネイルは吐いた。
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