新米美少女奴隷リズベットと購買部③

「うーん……媚薬って目立つ位置に置いといたほうがいいのかな……」


 ルーシィ先輩が置いていった媚薬を戸棚に陳列しながら、わたしはない頭で必死に悩んでいた。


 ガラス瓶の形は同じだし、とりあえずポーションと並べて置いておけばいいような気もするけど、そもそも合法とは言えなさそうな代物を店内の目立つ位置に置いておいてもいいものなのだろうか。


「まあ、わたしが考えても詮無いことかあ」


 餅は餅屋。商店のことなら商人へ。ローナ商店の主はローナ先輩なわけだし、ローナ先輩に改めて尋ねることにしよう。そう思って、わたしはローナ先輩が裏方仕事をしているであろう店舗の裏へ足を向けた。


「……頼もう!」


 そんなタイミングで、わたしの耳に凛とした声が届く。ローナ商店に響くその声は、この金蛇の花園における誰よりも凛々しく気高いイメージを持つ美少女奴隷――クロユキ先輩のものだった。


 わたしはいったん媚薬のことは頭から置いて、商店の入口に姿を見せたクロユキ先輩に笑顔を向ける。


「いらっしゃいませ、クロユキ先輩!」


「ごきげんよう、リズベット殿。んんっ」


 艶やかな黒髪が眩しいクロユキ先輩には、いつもの泰然自若とした雰囲気がなかった。どこかそわそわと落ち着かない様子で視線を辺りにさまよわせている。


「……クロユキ先輩? 何か探しものですか?」


「えっ。あー、ええと、うむ……」


 思わず尋ねてしまったが、それに答えるクロユキ先輩の視線は定まることなく、ちらちらとポーションたちが置かれている棚を伺っていた。


 まさか、あのクロユキ先輩が媚薬の噂を聞きつけて我先にと買いに来たとか? いやいや、さすがにそれはありえない。クロユキ先輩はそんなものに手を出す人じゃないし。失礼すぎるよリズベット。反省反省。


「……クッ、ローナ殿であればまだしもリズベット殿が売子というのは……! しかし手をこまねいていればあの乳袋がすぐにでも来てしまう……!」


「あの、先輩? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


「あ、ああいや、なんでもないのです……なんでも……」


 深刻な顔で何をかぶつぶつと呟くクロユキ先輩が心配になったので改めて尋ねてみたけれど、先輩は全く問題ないですよ、みたいな仕草を取った。とても問題ないようには思えないんだけど……。


 わたしの心配そうな様子が目に映ったのだろうか。クロユキ先輩はこちらに少し視線を向けたのち、若干諦めたような空気を纏わせながらその口を開いた。


「あ、あー、時にリズベット殿。なにかこう、この商店に、そのー……希少な物は売っておられませんか?」


「希少なもの……珍しいものってことですか?」


「そう、そうです」


 我が意を得たりとばかりに頷くクロユキ先輩。その姿を見て、わたしは今こそ、今日この日に培った店員としてのスキルが試されているのだ、ということを悟った。


 なるほど、お客様の求める品物をお出ししておススメするのも良き店員への第一歩ですもんね、ローナ先輩! 


 ――せやで、リズベット!


 うん、脳内ローナ先輩もそう言ってる! とくれば、不肖リズベット、腕の見せ所だね!


「わかりました、クロユキ先輩。ちゃんと珍しい品物、仕入れていますよ!」


「おお、真ですか!」


「はい!」


 期待に満ち溢れた顔のクロユキ先輩をぜひとも満足させるべく、わたしは鷹揚に頷いてみせた。まだ一日だけのアルバイトとはいえ、この店舗に置かれた商品に関して一通り目は通している。きっとわたしが、クロユキ先輩を満足させるだけの希少な品物を提示してみせる――!


 決意を新たに、わたしは大股でお目当ての品物が並ぶ棚のもとへ向かい、とある商品を手に取った。すぐさまクロユキ先輩の元へ戻り、説明を開始する。


「ではまずはこれですクロユキ先輩! こちら帝国西方産の激甘ニンジン! なんでもこれは一年のうち十日ほどの間しか収穫できない非常に珍しい逸品ということでその甘さは並みのデザートを凌駕するとか! 皇族にもリピーターが多くその価値はまさにロイヤル級ってこんなの絶対美味しいじゃないですかだからわたしもぜひ食べてみたいと思ってるんですがわたしのお財布にはちょっと厳しくて」


「あ、申し訳ありませんリズベット殿。その……食べ物ではなくてですね」


「……失礼しました」


 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。ひとり盛り上がっていたわたし、恥ずかしすぎる……。

 いやいや、でもこんなことで落ち込んではいられない。敬愛する先輩のためにも是非とも素敵な品物を示してみせねば!


「じゃあ、続いてはこれです、クロユキ先輩!」


 クロユキ先輩の求める品物が食べ物でないのなら、きっと武具に違いない! なんたってクロユキ先輩はぶ……武家? の女って常日頃から言っているんだから。武家? が何のことかは知らないけれど、まあなんか騎士とかそういうのと同じだよねたぶん。うんきっとそうに違いない。


「これは帝国南方と国境を接する戦士の国で拵えられたという両手剣で、剣というにはなんか大きくて、えーと、無骨? で、大雑把で……ああ、えっと、なんだっけ……?」


「……ふふ。無理をなさらずともよいのですよ、リズベット殿」


「すみません……」


 このすっごい大きな剣、これを手にしたら戦闘力がめちゃめちゃ上がるとの触れ込みだったのでクロユキ先輩にオススメしようとしたのだけれど、肝心の説明につまってしまった。


 そしたら当の先輩に慈愛の笑みを浮かべられながら慰められる始末。うぅ、ダメな後輩でごめんなさい……。


「いいえ、リズベット殿の想いは確かに伝わりましたよ。素敵な商品を私に紹介しようとして下さっている」


「は、はい、それはもう!」


「……なればこそ、私も逃げるわけには参りませんね。貴女の真摯には私の真摯で応えてみせましょう、リズベット殿」


 そう言うと、クロユキ先輩の雰囲気がガラッと変わった。さっきまでの落ち着かなさそうな態度ではない。先輩の周囲の空気が、まるで刃物がごとき鋭さを纏ったかのようだ。


 キッと鋭くこちらを見据える視線は真剣そのもの。迂闊に踏み込めば怪我をしてしまうのではないかと錯覚するほどだ。


 すごい……これが武家(?)の女の真摯なんですね、クロユキ先輩。


「リズベット殿」


「はいっ」



「――不肖クロユキ、媚薬を所望いたす!!!」



 クロユキ先輩が鋭く言い放った、先輩御所望の商品。わたしの耳は確かにその名を捉えて、反射的にその口を開かせた。


「はい、媚薬ですね! 喜んでー!」


 ……言い終わってから気づいたけど。全然喜ばしくないわこれ。


 わたしの中のクロユキ先輩像がいま音を立てて崩れ落ちつつあるんですけど?

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