新米美少女奴隷リズベットと購買部②

「ありがとうございましたー!」

 

 去っていくお客様(先輩)の背に一礼。


 最初のお客様のカタリナ先輩が去ったあとも、ローナ商店にはちらほらと他の先輩が訪れていた。花園の敷地内にあるため便利なことも相まって、お菓子や装飾品などを買っていく先輩たちが多い。


「ふう……結構捌いたなー」


 数人の先輩方の対応を終えてひと息ついた頃。商店のドアにつけられた鈴がカラコロと鳴って、ローナ商店への新たな来客を知らせた。


「やあやあ、調子はどうかな。商品を卸しに来たよ」


「あ、ルーシィ先輩。いらっしゃいませ!」


 ローナ商店にやって来たのは、錬金術師――ってなに?――奴隷のルーシィ先輩だ。先輩はまるでおとぎ話に聞く魔女のようなローブを羽織った出で立ちで、片手に謎の液体が入ったガラス瓶を持っている。なんだろうあれ。


「おや、店番はリズベットだったのかい。ご苦労なことだね」


「いえいえ。先輩、なにかお探しですか?」


 目を細めてわたしを労ってくれるルーシィ先輩。わたしの口からもお客様への応対フレーズがだいぶスムーズに出るようになった。店員として着実にレベルアップしていることを感じる。


「ふむ。実験で作り上げた商品の買取を頼もうと思ってね」


「買取」


 ルーシィ先輩の言葉を反芻する。どうやら先輩は、商品を買うのではなく売るためにローナ商店を訪れたらしかった。

 

 ルーシィ先輩は魔女の館と呼ばれる離れにこもって、日夜なにがしかの実験を行っている。先輩が作り出すアイテムはトレイター商会の新商品として売り出されるらしくて、スネイル様も一目置いているのだとか。でも、商品をスネイル様のトレイター商会じゃなくてローナ商店に卸していいのかな?


 そんなことを考えていると、わたしの疑問に気づいたのか、ルーシィ先輩はにんまりと笑った。明らかに何らかの『裏』を感じさせるかなりあくどい笑みだ。


「性癖は終わってるくせに性格はわりかし潔癖のスネイル様……もとい大手の商店であるトレイター商会には売れないアブない品物というのも、中にはあるものなのだよリズベットくん」


「合法なんですか、それ……」


 スネイル様には売れない代物ってコトはけっこうまずいシロモノなんじゃ……。そう思って聞くと、ルーシィ先輩はさらに目を細めた。


「金蛇の花園内で消費される分には問題ないだろう」


「もうそれ絶対合法なやつじゃないですよね。スネイル様にバレたら大目玉喰らうような奴なんじゃないですか?」


「フフフ、まぁいいじゃあないか。買い取ってもらいたいのはこれだよ」


「流された……」


 わたしの懸念を意にも介さないルーシィ先輩が店先のカウンターに置いたのは、さっきからずっと先輩が片手に持っている謎の液体が入ったガラス瓶。


 ピンク色の液体がいかにも体に悪そうだけど……カタリナ先輩が彼氏さんのために買っていったポーションみたいな回復薬の類かな。いやでも絶対違法なシロモノだもんなあ。ロクでもない効能がありそう。


「いちおう聞きますけど、これ、回復薬ですか?」


「回復薬? あははっ、まさか。違うとも」


「違うんだ」


「これはねえリズベット」


 ルーシィ先輩は再び厭らしい笑みを浮かべて、ずいっとその顔をこちらに近づけてきた。


 髪はぼさぼさで一見身なりに無頓着に見えるルーシィ先輩だけど、肌はきれいだし「メガネ」の存在がぼやかしているものの、顔立ちもすごく整っている。スネイル様ってホントに美少女奴隷ばっかり集めてるな。この輪にわたしいていいのかな。わたしなんて結局のところは土に塗れてばかりで教養もなければ品もないただの田舎者なわけで……。


「なんだい、リズベット。心ここにあらずといった感じだねえ。せっかく説明するんだから聞いてくれたまえよ」


「……あ、すみません」


 謝る理由は特にないけど謝ってしまった。ルーシィ先輩、なんだかんだでこれが何なのか説明したいのかもしれない。


「えっと、じゃあお聞きしますけど、これなんなんですか?」


「うん、よくぞ聞いてくれた。これは媚薬だよ」


「媚薬……!?」


「おや、媚薬は知っているのかな?」


 ルーシィ先輩は眉を上げてわたしを見たあと、三度ニヤリと笑った。


「その……夜に使う感じの……えっちなアレってことですか!?」


「そう、えっちなアレだよ。飲めば興奮が止まらず往来だろうが人の目があろうが理性を脱ぎ捨てて己が獣欲にのみ正直になってしまう魔性の薬酒……まあ発情薬だ」


「は、はつじょう……!」


 予想していなかった商品の登場にわたしがアタフタしていると、ルーシィ先輩はくつくつと口元を押さえて笑った。


「いやあ、君はウブだねえリズベット。見ていて実に面白いよ」


「ていうか、え、そんなもの買取できるんですか……?」


「フゥむ……前はローナに買い取ってもらったハズだけどねえ」


「うそぉ……」


 言われて買取価格表を見ると、確かに媚薬もリストアップされている。買取価格はなんと金貨1枚。


 金貨1枚!? わたしって奴隷競売で金貨40枚だったんだけど、これが40個あったらわたし買えるの!?


「き、金貨1枚で買取になってますね……」


「まァ、それくらいの価値はあるからねえ。媚薬にはいろいろ使い出があるものなのだよリズベット君」


「効果あるんですか、これ?」


「心外だなァ。錬金術師ルーシィ印の正真正銘純度100%の媚薬だよ。これを飲めば興奮が抑えきれなくなって一晩中ケダモノに大変身間違いなしさ。君、自分で飲んでみるかい?」


「い、いいですいいです! いらないです!」


 わたしは首をブンブンと振って拒絶の意思を見せた。そんなあやしい物とても口に入れるわけにはいかない。


 というかローナ先輩は媚薬なんて仕入れていったいどうするつもりなんだろう。そもそも女性ばかりの花園で媚薬なんか持っていたって使う相手が……いや同性だからこそ使うの? あれ? んん?? わからなくなってきた。


 とはいえ、媚薬が買取価格表に記載されていて、ルーシィ先輩が品物を持ってきている以上、わたしに買取を拒む理由も権利もどこにもない。


「じゃ、じゃあ、媚薬……買取しますね」


「うん。多分すぐに売れるはずだよ。人気商品なんだ、これは」


「え」


 わたしから受け取った金貨を掌で弄びながら、ルーシィ先輩が得意げに零す。


 媚薬ってそんなすぐ売れるものなの? いやそもそも仮にすぐ売れたとしてこの金蛇の花園のどこで使うの。というかそんな頻繁に売りに来てるの先輩?


「君が敬愛する先輩たちの意外な一面が見られるかもしれないねえ」


「どういう意味ですか?」


「それは後のお楽しみというやつさ」


 わたしの脳裏にたくさんの疑問を残しつつ、ルーシィ先輩は鼻歌を歌いながら上機嫌でローナ商店を後にしていった。


 とりあえずこの媚薬……戸棚に陳列しておかないと、かな……?

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