新米美少女奴隷リズベットと購買部①

 金蛇の花園。奴隷商人スネイル・トレイター様が美少女奴隷たち――これ自分で言うのはさすがにどうかと思うな、やめよ――と住まう大邸宅。


 帝都郊外の広大な敷地に構えられた花園には、本邸の他にもルーシィ先輩が寝泊まりしている『魔女の館』や、クラリス先輩が日夜祈りを捧げる『聖堂』みたいな建物が建ち並ぶ。


「あ、ついたついた……広いよねえ、花園」


 そして今日、新米奴隷のわたしははじめて、この建物を訪れる。その名もローナ商店。通称『購買部』。


 魔女の館と同様の二階建ての建物は、我らが主人スネイル様が経営するトレイター商会で働く美少女奴隷のひとり――ローナ先輩が店主を務める、金蛇の花園唯一の商店だ。


 そもそもお金持ちの屋敷にすぎない金蛇の花園にお店が一軒構えられてるって時点で少し不思議な感じもするけど、まあ聖堂とか造られてる時点で今更だよね。


「おっ、リズベット。待っとったで〜!」


「……あっ、ローナ先輩。今日はよろしくお願いします!」


 わたしが外から購買部をしげしげ眺めていると、人の気配を察したのか、店主のローナ先輩が中から満面の笑みで顔を覗かせた。


 ブラウンのゆるく波打つ髪の毛をバンダナで束ねたローナ先輩は、さすがはスネイル様が見立てた奴隷だけあってやっぱり美少女だ。やや小柄で肉感的なタイプじゃないけど、愛嬌がある。


 それになにより顔の整い方が違う。改めて考えてみてもわたしだけ場違いじゃないのかなと思うほど、この花園に住んでいる奴隷たちのレベルは高い。


「……難しい顔してどないしたん?」


「あーいえ、なんでもないです……」


 おっといけない。思考が今日の主題と全然関係ないところに飛んでしまった。


 ローナ先輩にひとこと謝ってから、軽く自分の頬を叩く。よし、気合十分。別に落ち込むためにここにやって来たわけではない。今日わたしは、ローナ商店のお手伝い――有り体にいうとアルバイトのためにやってきたのだ。


 金蛇の花園に住まう奴隷たちは色々な手段でお金を稼ぐことが許されていて、ロサ先輩やアレッタ先輩のように冒険者稼業で稼ぐ人もいれば、カタリナ先輩やネメシア先輩みたいに針仕事とかで稼ぐ人もいる。


 その中にあってローナ先輩は、トレイター商会で商人の一人として働いているのだけれど、このように花園内に自分の店舗を構えているので、時折同僚の奴隷たちをアルバイトとして雇ってくれるのだ。


 針仕事はともかく冒険者はセンスが必要なので、同じ奴隷の先輩たちが相手になる購買部での仕事はまだ新米のわたしにとってはおあつらえ向きだろう。……って、ネメシア先輩がアルバイトを薦めてくれたんだけどね。いつもながらお世話になってます、先輩。


「今日一日、よろしくお願いします、ローナ先輩!」


「うんうん、元気が良くて何よりや。商売人は笑顔と元気が一番! それじゃ中にどーぞ!」


 ニッコリ人好きのする笑みを浮かべるローナ先輩は、帝国西方の訛りが混じった喋り方をする。初めて会った時は全く聞き馴染みがなくてびっくりしたけど、今はもう流石に慣れた。


「うわあ……!」


 ローナ先輩に招かれて足を踏み入れたローナ商店。その内部に目をやって、わたしは感嘆を漏らす。


「すごい……!」


 ローナ商店の顧客は金蛇の花園に住まう美少女奴隷たちがすべてだから、置かれている商品は化粧品や装身具など、女性向けのものが多い。


 美しい奴隷たちがより着飾るための武器がところ狭しと並んだ商店は、わたしにはとても眩しく見えた。


 だってわたしの故郷にこんなお店なかったもん。お化粧だってこっちにきて初めて経験したくらいだし。帝都と田舎の格差を感じる。


「あっはは、目ぇキラキラさせてかわええなぁリズベットは。ネメシアはんがヒイキにするのもわかるわぁ」


「えへへ、どうもです」


 ニヤニヤとちょっと意地悪い笑みを顔に貼りつけるローナ先輩。わたしがヒイキがどうかはわからないけど、ネメシア先輩にお世話になっているのは事実なので曖昧に頷いておいた。


「ま、商品は仕事が終わったらじっくり見せたるわ。手早く今日のお仕事の説明するからよう聞いときや?」


「は、はい、頑張ります!」



* * *



 ローナ先輩からわたしが任された仕事は、基本的には店頭に立ってお会計を行うというものだった。ローナ先輩は裏で品出しや仕入れに関する検討をしているので、その間の補助としてアルバイトが必要になるのだとか。


 ローナ商会では店内の商品販売だけでなく、奴隷たちが持ち込む商品の買取もしているらしいので、お金の出し入れは頻繁に発生するようだ。わたしの勉強にもなるし、ちょうどよさそう。


「いらっしゃいませ! ……うん、いい感じかも」


 店先に立って、お客様を笑顔で迎える練習。


 故郷にいた時は一生を貧乏農家のままで終えるものだと思っていたけれど、まさかこんな風にお店の店員見習いみたいなことをする日が来るとは。ちょっとワクワクしてきた。早く先輩たち来ないかな。


「こんにちは〜」


「あっ、カタリナ先輩! いらっしゃいませ!」


 そんなことを考えていると、今日はじめてのお客さんがローナ商店にやって来た。ゆるふわ~な雰囲気が魅力的な、年若奴隷たちのお姉ちゃんもしくはお母さん的存在のカタリナ先輩だ。


 彼氏のテオドルさんと仲睦まじく、他の奴隷たちにそのことをからかわれては幸せそうにへにゃりと笑ってみせている。わたしにはまだまだ早いと思うけど、恋人がいるって素敵だよね。


「リズベットちゃん、ローナちゃんのお手伝いしてるのね~。えらいえらい~」


 いつものように幸せそうに笑ったカタリナ先輩がわたしの頭を撫でてくれた。わたしは先輩のされるがままになりつつ、先ほどローナ先輩から教わった商人の定型句を口に出す。


「先輩、ローナ商店へようこそ! ゆっくり見ていってくださいね!」


「うん、そうするね~。でも~、その前にこれいいかな~」


 ニコニコと笑いながらカタリナ先輩が差しだしてきたのは、手持ちのバスケットとその中にいっぱい入れられたクッキーの山だった。カタリナ先輩はお菓子作りが得意で、よく花園の厨房でいろいろなお菓子を作ってくれる。


「……あっ、もしかして買取ですか?」


「お願いできる~?」


「もちろんです!」


 そして、みんなに配って余ったお菓子をこうやって購買部に売りに来るのも同じくカタリナ先輩の趣味だという。ここで買い取られた先輩のお菓子は店頭に並んで、小腹の空いた奴隷たちに買われていくのだ。


「ええと、バスケット一杯分のクッキーは、と……」


 わたしはカタリナ先輩からバスケットを受け取って、先ほどローナ先輩にもらった買取価格表と睨めっこを始めた。


「あ、あった」


 クッキーの表記は見つけたけれど、作る人によって買取価格が違うらしい。


 カタリナ先輩のクッキーは銅貨15枚の買取だが、ロサ先輩だと銅貨2枚だ。レティ先輩のクッキーに至っては「銅貨5枚を払ってもらって引き取り」とまで書かれている。いったいどんなシロモノなの。


「ま、まあいいか……。じゃあ、カタリナ先輩のクッキーは銅貨15枚ですね」


「ありがとう、リズベットちゃん~」


 腰元の革袋――これはぜーったい、失くさんといてな! と念を押された――から銅貨を取り出して、カタリナ先輩に渡す。これでクッキーの買取は完了だ。


「じゃあ私、テオくんにこれ買っていくね~」


 その後、カタリナ先輩は銅貨5枚で瓶入りの緑色の液体を購入していった。聞けば体力回復薬のポーションらしく、冒険者の彼氏さんにプレゼントしてあげるそうだ。想われてるなあ、彼氏さん。


「……よし、全然やれるね、わたし」


 初めてのアルバイトだけど、この調子でいけば何とかなりそう!

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