『姉』と『妹』

 金蛇の花園。花園の住人達全員につけられた値段を合わせると、帝国内のちょっとした都市を一個買えてしまうのではないかと街の噂で謳われる、奴隷商人スネイル・トレイターが美少女奴隷たちを囲う帝都郊外の大きなお屋敷。


「カタリナ姉、詳細。詳細を早く」


「どこで見初められたの!? ねえねえねえねえ」


「大人しい顔してやることやってんじゃないのさ」


「ちょ、ちょっと待って~。みんなそんなぐいぐい来ないでってば~」


 そんな金蛇の花園の食堂で、カタリナと呼ばれた美少女奴隷が多数の美少女奴隷たちに囲まれ、黄色い歓声を浴びながら質問攻めにあっていた。口では「やめてよ~」と言いながらも、カタリナの顔はまんざらでもない。


 栗色の髪の毛をおさげにしたカタリナは、ぽややんとした雰囲気を纏う美少女奴隷だった。何かとのんびりしていてドジな部分もあるが、その大らかさには母性を感じさせられ、年若の美少女奴隷たちから姉あるいは母のように慕われている。一方、彼女の『姉』にあたる美少女奴隷たちから見ると、なかなかどうして危なっかしい、手のかかる『妹』ではあるのだが。


 さて、そんなカタリナがどうして食堂の話題の中心をかっさらっているのかと言えば。


「まさかカタリナ殿に恋人ができるとは……」


「まさかって何よまさかって。あんたカタリナ姉のこと舐めてんのド貧乳が」


「誰もそんなことは言っていませんが? 乳の代わりに耳を付け忘れましたか?」


「は?」


「あ?」


 カタリナを囲う美少女奴隷たちの輪の中に混じる、黒髪のオリエンタル奴隷クロユキと灼髪のツインテ奴隷ロサがいつものやり取りを交わす。そう、彼女らがまさに話題に出した通り、カタリナに職業冒険者の恋人ができたのだ。


 ふとしたことから発覚した衝撃の新事実、そしてハッピーなニュースに、金蛇の花園に住まう美少女奴隷たちは興味津々である。なんてったって、彼女たちはいかに奴隷とはいえ美少女奴隷である。うら若き美少女なのだ。色恋沙汰が気になるお年頃だ。恋に恋してしまうのも無理はない。


「イケメン!? イケメンなのカタリナ!?」


「彼氏にパーティ組んでるイケメン仲間いないの!? 筋肉モリモリの!」


「歳は!? 小さい!? ハァハァハァハァ……」


「じゅ、順番。順番に答えるから待って~」


 勢いがすさまじい美少女奴隷たち。主人である奴隷商人スネイル・トレイターの方針で彼女らは花園の外部に恋人を作ることも容認されているが、なんだかんだで新しく恋人を作った奴隷はカタリナが久しぶりなのだ。恋人は欲しけれど、その見つけ方がわからない。そんな奴隷たちの前に現れた一筋の光、それが今のカタリナだった。


「クロユキあんた外に恋人作ったら? 揉んでもらったら大きくなるらしいわよ?」


「武家の女には無用の長物。見苦しさを感じるまで大きくなってはナギナタが泣きます」


「プッ。負け惜しみね」


「ロサ殿は胸が大きすぎるからすっとろいのではないですか? ご自身をよく顧みられたほうがよろしい」


「は?」


「あ?」


 むろん、ロサやクロユキのように、外に恋人を作ることなど一片も考えていない奴隷もいるが。


「カタリナ先輩、彼氏ってどんな感じなんですか? わたしそういうの疎くて」


「えっとね~……彼の顔を見てるとなんだかぽかぽか~ってなって、胸の奥がきゅーん、ってなるような感じがするの~」


「きゃー! すごい! オトナねカタリナ!」


「大人の階段上っちゃってるんだ……!」


 ロサとクロユキが仲良く喧嘩している間にも、カタリナを囲んだ美少女奴隷井戸端会議はつつがなく進行する。まだまだ新米美少女奴隷のリズベットから受けた質問に対し、幸せそうな面持ちで答えたカタリナ。彼女ののろけに、周りの奴隷たちはより一層黄色い声を上げた。


「冒険者ランクはどれくらいの人なの?」


「うん、Bランクって言ってたよ~」


「有望株じゃん! サインもらっといたほうがいいかな!」


 さらに色めきだつ奴隷たち。冒険者はその実力と実績によって最高位のSランクから駆け出しのGランクまでに区分される。たいていの冒険者がCランクかDランクでその冒険者人生を終えて引退することを思えば、Bランクまでたどり着いたカタリナの彼氏は冒険者としてかなり将来有望な部類であると言えた。


 余談ではあるが、≪氷姫≫レティはSランク冒険者、≪飆盾≫ラクシャはAランク冒険者である。ぶい。


「名前は!?」


「え~……そこまで言うの恥ずかしいよ~」


「いいじゃんいいじゃん、いつもなんて呼んでるのか言ってみ! ほれほれ!」


「も~……。名前はテオドルだから、テオくん、って……」


「「「きゃー!」」」


 もはや黄色い爆音である。恥ずかしそうに、しかし幸せそうにはにかむカタリナを前にして、周囲の奴隷たちの熱狂は最高潮に近い。まだ見ぬBランク冒険者テオドルに思いを馳せ、彼氏のいない美少女奴隷たちは熱いため息を吐いた。いいなあカタリナ。




「若いっていいですよね~」


「それを私の前で言うのは喧嘩売ってると取ってもいいんですかネメシア? 高くで買いますよ?」


「いやそういうつもりじゃないんですよ。すいませんラクシャさん」


 そんな熱狂の渦から少し離れた食堂の席で、二人の美女が静かに言葉を交わしていた。


 紫色のウェーブがかったロングヘアと豊満な肉体を持つ大人の女性ネメシアと、元冒険者時代に鍛えたバランスの良い肉体を使って直属の上司と殴り合い休暇をもぎ取った金髪セミロングな大人の女性ラクシャ・トレイターである。


 ネメシアは24歳、ラクシャに至っては2X歳(検閲されました)。恋に恋するお年頃は過ぎてしまって、そろそろ身を固めるのも考えないといけないな~、なんて時期に差し掛かっているふたりだ。まあアテはないんですけど!


「カタリナの恋人、職業冒険者らしいですけど。どう思います?」


「恋人に冒険者はないですね」


 元冒険者のラクシャ、一刀両断である。


「良い女とみればすぐに目線奪われるし。常に女に飢えてる感じだし。いかに冒険者ランクが上がったって、生活が安定するとは限らないし。それに、いつ死ぬかもわからないし。私なら絶対ないです」


「いやあの……聞きたいのはテオドルって冒険者のことなんですけど……」


「え」


 自分がネメシアの質問を勘違いし、ちょっと熱っぽく語っていたことに気付くラクシャ。少し頬を赤く染め、こほんと一つ咳払いをしてからキリッとした顔で言った。


「ギルド職員として仕事で得た情報は外部に漏らせませんよ、ネメシア」


「そこをなんとか」


「む・り・で・す」


 さすがはプロ受付嬢、譲れぬラインはあるらしい。


「ラク姉のいじわる~」


 頬を膨らませたネメシアが食堂のテーブルに肘をついた。金蛇の花園に現住する奴隷たちの中では年上に位置するネメシアも、少女時代より世話になっていたラクシャの前ではかわいい『妹』である。ネメシアも『妹』のカタリナが心配なのね、とラクシャは微笑ましい気分になった。


「なんでそんなに気にするんですか、ネメシア?」


「だって。かわいい後輩が、万が一変な男に引っかかったら嫌じゃないですか」


「優しいですね、ネメシア。いい子に育ってお姉ちゃんは嬉しいですよ」


 慈愛の笑みを浮かべ、ラクシャがネメシアの頭を優しく撫でる。「もう子供じゃないんですから」と言いながらも、ネメシアはされるがままだ。ネメシアのすべやかな紫髪に指を通しながら、ラクシャは続ける。


「詳しくは言えませんが、冒険者テオドルはギルドが誇るホープのひとりです」


「……はい」


「冒険者はない、と言いましたけど。まあ、私がもう少し若かったら、テオドルに靡いていたかもしれませんね?」


 そう言って、いたずら気味に笑ってウインクしてみせるラクシャ。目を丸くして彼女を見たネメシアは、やがて安心したようにへにゃりと笑った。


「そっか……じゃ、カタリナは幸せになれそうですね。……よかった」


 いまだに喧噪の中心にいるかわいい『妹』に視線をやって、頼れる『姉』の手に髪を委ねる。


 今日はいい日だなと思いつつ、美女奴隷ネメシアはゆっくり瞼を閉じた。

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