美少女錬金術師奴隷ルーシィ

 いま帝国でもっとも勢いのある大商人トレイター商会。その躍進を支えるのは私設竜騎兵団『金蛇の翼』ではあったが、商会の強みはそれだけには留まらない。


「ルーシィ、いますか?」


 奴隷商人スネイル・トレイターが美少女奴隷をひとところに集め、夜な夜な狂宴を繰り広げていると帝都のあちらこちらで噂されるお屋敷、金蛇の花園。その広大な敷地の中には、本邸以外にも礼拝堂や教練場なども存在している。そのうち、『魔女の館』と名付けられた離れを訪れたスネイルは、扉をノックしてひとりの奴隷の名を呼んだ。


 ノックののちしばし待つと、内部でどったんばったんガッシャンと物が落ちたり誰かが転んだり「ぎゃあ!」という悲鳴など様々な音が聞こえてくる。やがて内部の騒音が落ち着くと、扉が少し開かれその隙間からひとりの少女が顔を覗かせた。


「……やあスネイル様、おはよう」


 まだ帝国臣民には馴染みの薄い『メガネ』なるガラス製のレンズを二つ並べた謎の装身具を顔にかけているルーシィ。もさもさの黒髪を好き放題に伸ばし、顔にはそばかすを少し残した若干垢抜けない少女である。


 だが、彼女は美少女奴隷について他の追随を許すことのない奴隷商人『金蛇』スネイル・トレイターの目にかかった少女。間違いなく磨けば光る、約束された美少女であった。


「おはようございます、ルーシィ。入ってもよろしいですか?」


「あまり良くはないね」


 扉の奥に閉じこもったままのルーシィに問うたスネイルであったが、相手の反応は芳しくない。何故です、と片眉を上げるスネイルに彼女は答えた。


「ちょっと部屋が散らかっているからね……。殿方を招くに適した状態ではないのだよ」


 フッとどこか遠い目をして笑うルーシィ。他の奴隷と違い、彼女はスネイル相手でも独特の口調で接する。


「君の部屋が汚いからっていまさら引く私ではありませんよ」


 言って、スネイルは扉に両手をかける。スネイルが離れへ強行突入する構えなのを見、中にいるルーシィはひどく慌てた。


「ちょ、ちょっと待ったスネイル様! それは良くないんじゃないかな! レディの部屋に無理やり立ち入るなんて!」


「フフフ……いやがられると俄然燃えてきますね」


「あっ、そうか。……いいともスネイル様、好きに見ていくと良い」

 

「では遠慮なく」


「ああっ」


 スネイルの難儀な性癖を逆手に取ろうとするルーシィであったが、頭脳プレイの前にあえなく撃沈。「こんな単純な手に引っかかるなんて」とブツブツ呟くルーシィを横目に、スネイルは遠慮なく離れに立ち入った。


 そこは『魔女の館』の名に恥じない雑然とした部屋だった。それこそ物語の魔女が使うような大鍋が置かれていて、ネズミの死骸やトカゲの尻尾が床に散らばる。壁中に並べられた本棚にはあらゆるジャンルの書物が乱雑に置かれ、入りきらないものは床の上にうず高い塔をいくつも建てていた。大机には様々な実験器具が置かれ、ガラス製の容器に入れられた色とりどりの液体が煙を出したり泡を立てたりしている。


 一言でいえば、きたない。


「……これはまた、随分と散らかしましたねルーシィ」


「言っただろう……殿方を招くような状態じゃないって」


 ルーシィは竜騎兵のリーチェと同様、自身の得意分野を活かしてトレイター商会に貢献している美少女奴隷のひとりである。彼女はトレイター商会お抱えの錬金術師であり、トレイター商会は彼女の『実験』によって生まれた数多くの独創的な商品を独占供給していた。


「……それでスネイル様、この錬金術師ルーシィの部屋になんのご用だい?」


「今月の新商品について相談でも、と思いましてね。何か良いものは出来上がりましたか?」


「フゥむ……」


 スネイルに問われ、ルーシィは腕を組んで考え込んでみながら辺りを歩き回った。しばしの逡巡を経て、彼女は床に転がるガラクタ――にしかスネイルには見えなかった――のいくつかを小脇に抱え、得意げな面持ちでスネイルの目前に戻ってくる。


「……ここらへんが、個人的に悪くないシロモノと思っているよ。スネイル様の意見を聞こうか」


「はあ」


 ルーシィが持ってきた品物のうち、スネイルは断続的に振動する小さい卵型の道具を手に取った。ブブブブブと一定の周期で震えるこれは果たして。


「ルーシィ、これはなんです?」


「うん。これは魔力を流し込むことで振動させることができるマジックアイテム――その名もコカトリスエッグ2号だよ」


「何に使うんですか?」


「フフフ、レディにそれを言わせるのかいスネイル様。さすが良い趣味をしている」


 ルーシィはかなり下衆な笑みを浮かべた。


「まあつまり、ナニに使うわけだよスネイル様。これがあれば男性は本番の前に体力を消費することもないし、女性も相手のスキル問わず一定レベルの快感を」


「却下」


「ああっ!」


 スネイルはルーシィの腕から奪い取ったコカトリスエッグ2号を投げ捨てた。ルーシィが悲しそうな声をあげたが、スネイルが期待する方向性の新商品ではない。気を取り直して次だ。


「……じゃあこれなんてどうだい」


 続けてルーシィが差し出してきたのは、水棲の魔物であるイビルイールを模したつくりの、木彫りの魚であった。スラっとしたシルエットのイビルイールそのもので、ご丁寧に目までついている。


「これは?」


「私は『リヴァイアサン3号』と呼んでいるよ。先ほど同様魔力を込めることによってこうして頭部がうねうね動く。どうだい、可愛いだろう? しかも防毒防水の術式付与済み。どこに入れても安心安全だよ」


 食い気味に説明するルーシィが軽く魔力を流し込むと、彼女の言う通りリヴァイアサン3号の頭部がのたうち回った。その様子を無言で見つめ、スネイルは重たく口を開く。


「ルーシィ、まさかとは思いますが……」


「……多分スネイル様が思う通りだね、うん。この子の主なターゲット層は未亡人だ。これでひとりの夜も寂しくないね」


「はい却下」


「ああー! リヴァイアサン3号ー!」


 ルーシィの目の前でリヴァイアサン3号――有り体に言うと張型――を真っ二つに折ると、彼女は悲嘆に暮れて膝を落とした。どうやらお気に入りだったらしい。だがこれもスネイルの求める方向性の新商品ではない。次だ。


「スネイル様ちょっとわがままじゃないか!? じゃあ次はこれだ! リヴァイアサン4号!」


 尻尾と尻尾が繋がり、頭部が一直線状にそれぞれを向く木製イビルイールを差し出してくるルーシィ。ご丁寧に双頭がうねうね動く様を見てスネイルは青筋を立てた。


「さっきのリヴァイアサン3号と同じじゃないですか……!」


「いーや、ターゲット層が違うね! これは百合色の夜に新しい刺激が欲しい女性同士向けなんだよ。わかるかね、スネイル様!」


「どちらにせよ淫具ではないですか!」


 ルーシィの腕から奪い取ったリヴァイアサン4号を放り投げるスネイル。ルーシィは床に落ちたリヴァイアサン4号がバラバラになる様を見届け、力なく笑った。


「フフ……あれが無理なら今の私にはもう何もないよスネイル様……」


「いや諦めないでくださいよルーシィ……ほらトレイター商会のために頑張って」


「じゃああれで手打ちにしてよー! 絶対需要あるから! 信じてスネイル様! 新しい販路を開こうよ!」


 叫んで、涙と鼻水を垂らしながらスネイルの胸元に縋りつくルーシィ。そこには、自身の発明品を「淫具だからダメ」の一言でゴミ扱いされてしまった悲しき錬金術師の姿があった。たまにはリビドー溢れる商品を世に出したいんだよお!


「……んん、まあ、市場の反応を見ずに斬り捨てた私も悪いのは悪いのですが」


「だろう!?」


「……わかりました、わかりましたよ。今月はあれで行ってみましょうか」


 奴隷商人スネイル・トレイター。いやがる美少女を手籠めにしたいと言いながら、自身の奴隷の涙にめっぽう弱い男であった。


 かくして、コカトリスエッグ2号とリヴァイアサン3,4号が新たにトレイター商会の商品として世に放たれ、そして大いに人気を博したのだが――。


 それはまた、別のお話。




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