人気ギルド受付嬢ラクシャ

「冒険者ギルドへようこそ。……あら、フレドさん。おはようございます♪」


 大陸でもっとも大きいリレントレス帝国。その中心である帝都に居を構える冒険者ギルド本部は、この帝都の中では王城に次いで格式高い建物だろう。


 ギルド職員として二年、三年近い時を過ごしている私でも、立ち入ったことのない部屋が存在する程度に広大なギルド本部の一階フロアは、今日も今日とて冒険者たちでごった返していた。


「はい、フレドさんをご指名の任務がありますよ。オークの群れが廃村に住み着いたそうでして」


 そんな冒険者ギルド本部一階の、依頼クエスト受付カウンター。冒険者たちに彼らの実力に応じた依頼を回し、依頼の達成証明と引き換えに報酬を渡す、冒険者ギルドの最重要部署。


「ご武運を。無事の依頼達成お待ちしておりますね♪」


 かつて≪飆盾≫だなんてカッコいいんだかダサいんだかわからない二つ名で呼ばれていた元冒険者の私、ラクシャ・トレイターの現在の主戦場はここだった。


(はあ……疲れる……)


 まだ年若いが剣の実力には目を瞠るものがある、冒険者ギルド期待のホープ。


 私が手ずから渡した依頼指令書を持って足取り軽く出口へと向かう彼の背中を見送りながら、静かにため息を零す。疲れた。ホント疲れる。


「ら、ラクシャちゃん、次は俺の番だね!」


「……はい、冒険者ギルドへようこそ、ボーマンさん♪」


 休む暇もなく、私の視界に身体を滑りこませてくる禿頭の冒険者。少しでも早く私とコミュニケーションを取りたい。そんなオーラが全身から噴き出ているようだ。


 ボーマンに適した依頼を探しながら、私は横一列の依頼受付カウンターで同じく仕事に邁進する同僚たちに視線を滑らせた。彼女たちも私と同様にたくさんの冒険者たちを受け付け捌いている。


 受付嬢と言葉を交わす冒険者の後ろに、順番待ちの待機列があった。同僚たちのカウンターには平均して五、六人くらいの冒険者が並んでいるようだ。


 私はボーマンの後ろ、自分の待機列に視線を戻す。


(……二十人はいるかな)


 自分で言うのは少し傲慢だが、私は帝都冒険者ギルド本部でもっとも人気が高いギルド受付嬢である。先のフレドやボーマンをはじめ、あえて私がいるカウンターを選んで列をなす冒険者たちは多い。


 なんなら私の噂を聞きつけて帝都の外からやってくる冒険者もいるくらいだ。私の何がそんなに冒険者の皆を引き付けるというのだ。顔か?


(私がいないと冒険者の出足が鈍るからってギルド長はあんまり休みくれないし……)


 なまじ冒険者の呼び込みに多大な影響を与えることを示してしまったので、私はあまり休みをもらえていない。加えて私目当てで長蛇の列を作る冒険者たち全員に、受付嬢として笑顔で完璧な応対を求められるわけで。


 もう本当に疲れる。とにかく疲れる。冒険者時代……遡っては奴隷時代の方がよっぽど楽しい生活をしていたと思う。


(レティはいいなあ……)


 ここにはいない元相棒、≪氷姫≫のレティを思う。私と違っていまだに冒険者を続けているレティは、日々好き勝手に過ごしては、かつての主人スネイル様にちょっかいをかけたりしていると後輩の奴隷たちに聞いた。


 まったく、羨ましい。冒険者稼業は安定しないからって、自立するためにギルド受付嬢に就職する道を選んだ自分の選択がいまさら誤っていたような気がしてならない。


「……はい、それではボーマンさん、依頼達成目指してファイトですよ♪」


 レティへの羨望の気持ちと自分の選択への後悔を抱えながら、それでも私は完璧に仕事をこなす。


 禿頭のボーマンに依頼指令書を渡し、次の冒険者を受け付けようと作り笑いを顔に張り付けた私。その時、私の耳にどよめく冒険者たちの声が届いた。


「お、おい、あれって」


「ああ、俺、生で見るのは初めてだぜ……」


 冒険者たちが、ギルド本部の出口に視線を固定しては何事かを囁いている。何があったの、と同僚に目配せするも、彼女らもわからぬようで肩を竦めてみせるだけ。


 この様子だと竜殺しをはじめとする高位冒険者でも現れたのだろうか。冒険者ってのはミーハーな生き物で、有名どころが現れると結構浮足立つクセがあるから。


「おい、腕なんで組んでるぞ……」


「なんなんだよあの隣のやつ……羨ましい……」


 腕なんか組んでる? なんだろう、カップル冒険者かな?


 恋人同士の冒険者がそのラブラブオーラを表に出しながら、見せつけるようにギルドへやってくることはたまにある。


 たいてい独り身の冒険者が人を殺せそうな視線で彼らを睨みつけるのだが、互いしか目に入っていないカップルは全く気にすることなく衆人環境の中イチャイチャし始めるのだ。そういう輩を見かけたら「爆発しやがれ」と吐き捨てるのが冒険者たちの鉄板スラングだった。


 もしやってきたのがアベック冒険者ならば、仕事が忙しすぎて男ひでりの私には眩しすぎる存在だ。末永く爆発していてほしい。


(癒しが欲しいなあ……)


 視線を落とし、ため息をつく。


「ラクシャ」


 私を呼ぶ声。と、そうだ。思考が別のところに飛んでいたけど、仕事中なんだった。私は笑顔を顔に張り付け、次の冒険者に対応するため顔を上げた。


「はい、冒険者ギルドへようこ、そ……」


「……本当に疲れているようですね、ラクシャ」


 視界に映る人物を前に、私はしばし固まってしまった。


 のたうつような金の髪と、一本の弦のように細く結ばれた糸目。


 長らくお会いしていなかった私の元主人――スネイル・トレイターが私の目の前に立っている。


「す、スネイル様? どうしてここに!?」


「私の差し金。ラクシャが疲れてるから、スネイル様の顔を見せてあげようと思った」


 言って、スネイル様と並び立つように現れる元相棒のレティ。伝説級の冒険者であるレティの登場で、さきほどまでギルドは浮足立っていたのか。


「お、おい、スネイルって言ったか……」


「ああ……金蛇だ……」


「美少女だけを囲って夜な夜な犯しまわる最低最悪の変態奴隷商人……スネイル・トレイター……!」


「そんな、レティ様も蛇の毒牙にかかっているの……!?」


 連れだち並ぶスネイル様とレティを見て、冒険者たちが各々感想を漏らす。だいぶ好き勝手に言われているからか、スネイル様がちょっと傷ついた顔をしているのが面白かった。


「そ、それよりスネイル様、いったいどうされたんですか? なぜギルドに」


「……ラクシャが日々疲れ果てていると聞きましてね。差し入れに来ましたよ」


「そ、そんな、差し入れだなんて!」


 恐れ多い。確かにスネイル様は私の元主人。とはいえ、すでに自分を買い戻している私とスネイル様は傍から見れば何の関係もない他人だ。


 当然のことながら、スネイル様を慕う気持ちは全くなくしていないけれど、それでも差し入れだなんて……。


「遠慮することはありませんよ、いまでも私は君を家族だと思っていますから。家族が労いに来ただけです」


「す、スネイル様……!」


 スネイル様に家族と呼ばれただけで、胸の奥にじんわりとした暖かいものが広がる。ああ、懐かしい。金蛇の花園で暮らしていた頃を思い出して、ちょっと目頭が熱くなった。


「よかったねラクシャ」


「レティ……」


 久しぶりにスネイル様と言葉を交わすだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。私を思ってスネイル様を連れてきてくれたという相棒の友情に感謝しようと考えて――、




「――待ってレティあんたなんでスネイル様にそんなべったりなの?」




 レティがスネイル様とがっちり腕を組んでいることに、私はようやく気付いた。


「家族だから」


「家族だからとかそういうの関係なくない? それなら私も家族だっていまスネイル様が言ってくれたよね? なんで、さも自分がスネイル様の一番みたいな顔して腕組んでるの?」


「ラクシャは思い違いをしている。一番みたいではない。私が一番」


「あ?」


 私は、冒険者時代の血が騒ぎ始めていることに気が付いた。この親友に、己がいかに思い上がっているか知らしめてやる必要が出てきたのではないだろうか。


「仕事した方がいいよラクシャ」


「レティ、近い。近いんですけど」


 言いながら、さらにスネイル様にべたべたと密着するレティ。こ、この女、私が業務時間中なのを良いことにこれ見よがしにスネイル様にくっつきやがる! 


「あんた初めからそれが目的で――!」


 何を言っているかわからない、といった体で無表情ながらもとぼけて見せるレティを見て、私は必ずやこの女を痛い目にあわさねばならないと決意した。一度灸を据えてやらないといけない。


 まずは明日にでも休みをもらって、金蛇の花園に行こう。そして後輩たちと打倒レティの策を練るのだ。出る杭は打たねばならぬ。


 癒し……とは少し違うが、スネイル様とレティのおかげで、私はちょっとだけ日々の疲れを忘れることが出来た。


 なお、レティと私、スネイル様のやり取りを見ていた冒険者たちによって、『かの変態奴隷商人は≪氷姫≫とギルド受付嬢ラクシャを弄んでいる男の敵である』との噂が流されることになってしまうのだが……まあ、それは些細なことだ。


 見てなさいレティ、あんたの暴走を止めるのは元相棒であるこの私よ。

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