美少女竜騎兵奴隷リーチェ
奴隷商人スネイル・トレイターは奴隷商人と自ら銘打っているものの、彼が取り扱う商品は奴隷に限らない。食材、衣服、雑貨、武具、魔術道具、なんでもござれ。トレイター商会は、帝国が誇る大商人である。
帝都のみに留まらず、帝国の各地に支店を有するトレイター商会。自らの執務室で、それら支店から届けられる様々な書類に目を通していたスネイルは、疲れてきた目元をぐりぐりと指で押した。
「ふぅ……今月の売り上げも好調のようですね」
トレイター商会の強みは、帝国内に強固に張り巡らされた支店のネットワークが作り出す迅速な商品提供能力である。たとえ顧客が訪れた支店に商品在庫がなかろうと、他の支店に在庫があるならば、半日もあれば商品を提供可能だ。
その商品提供能力を力強く支えるのが、トレイター商会お抱えの竜騎兵集団『金蛇の翼』であった。魔物の一種である飛竜を手なずけ、彼らに跨り自由に空を駆ける竜騎兵は、徒歩や馬車の比ではない速度で帝国中を駆け回ることが出来る。
「ふむ……竜騎兵たちにボーナスでも出した方がいいですかね……」
「おっ、スネイル様、ボーナスくれるのかよ?」
「むっ?」
ぼそりと独り言を漏らしたスネイルは、部屋の中、その言葉に嬉しそうな声を漏らした人影を捉えて片眉を上げた。執務室の出入り口の傍に、ひとりの女性が壁にもたれかかるようにして立っている。
「リーチェ。いつの間に部屋に入ってきたのですか?」
リーチェと呼ばれた少女は、日に焼けて少し煤けたような灰の髪をショートカットに纏めていた。レティと同様に軽装の鎧を身に纏った彼女の、外に晒されている肌の色は褐色だ。溌溂とした印象を漂わせる彼女はもちろん、スネイルの美少女奴隷である。
「ついさっき。ノックもしたぜ? でもスネイル様、ずっと書類とにらめっこしてるから黙ってた」
「気づきませんでしたよ」
呆れたように肩をすくめるリーチェを前に、スネイルは苦笑いを零す。いくら自分の奴隷が相手とはいえ、執務室への訪問者に気付かないのは少し書類に集中しすぎだ。
書類をいったんデスクの端に寄せたスネイルは、改めてリーチェに視線を向けた。
口調こそ少し荒っぽいものの、目鼻立ちは非の打ち所がない美少女のそれであるリーチェ。引き締まった体躯は軽装鎧の上からでも見て取れる。胸はレティ以上ロサ未満。
総じて、スネイルとしては手籠めにしたい魅力にあふれている美少女奴隷であった。したかったですねえ。
「……それで、何用ですかリーチェ?」
「特に用はねえけど、たまにはオレも顔出しとかないと。スネイル様に忘れられたら困るだろ?」
ニヤリと口の端を吊りあげ、笑ってみせるリーチェ。彼女は奴隷の立場ながら『金蛇の翼』に所属している、トレイター商会お抱えの竜騎兵であった。日々様々な商品の配達で帝国の空を飛び回っているため、スネイルと顔を合わせる機会は相対的に少ない部類に入る。
なるほど、懸念は理解しました。スネイルはリーチェの言に頷いたが、それはあまりに無駄な心配ともいえた。
「リーチェ、それは要らぬ心配というものです。このスネイル・トレイターが、私の大切な奴隷たちを忘れることがあるわけないでしょう。家を出た奴隷たちのことだって覚えていますよ」
「大切な……アンタならそう言ってくれると思ってた。へへっ」
鼻を掻き、リーチェは満面の笑みを浮かべた。『金蛇の翼』の中にも隠れファンが多いリーチェの、実に眩しく可愛い笑顔だった。
「君のその顔が見られただけでも良かったですよリーチェ。良い笑顔です」
「ありがとよ、スネイル様。ところでさ、もうひとつ良いかな……」
「もうひとつ?」
問うと、リーチェはスネイルのデスクへ近づいてきた。そして、スネイルが書類を寄せて生まれたスペースにその安産型のお尻を乗せ、デスクに腰かける形をとる。
「リーチェ?」
チェアに座るスネイルは、畢竟リーチェから見下ろされるような形になった。翠緑の瞳がスネイルを見つめ、やがて彼女は少し硬めの声音で言った。
「……なあスネイル様。オレ、ほかの奴隷たちより役に立ってるよな?」
「え?」
「ロサとかクロユキとかネメシアより、役に立ってるよな?」
スネイルはその言葉を聞いて、少し押し黙った。なんと答えよう。
彼女たちは彼女たちであなたとは別種のいろいろな仕事をしてくれているわけですから、一概にそうとも言えないとは思うのですが……。とはちょっと言い出しづらい雰囲気だった。
「……トレイター商会の操業に係るという意味では……それはもう、大いに」
なのでスネイルはちょっと日和った答えを出した。年頃の美少女を相手にいろいろコミュニケーションを取るには、バランスが大事なのだ。0と1の二元論で語ってはいけない。ぼやかす。これ大事。
「へへっ、よかった! やっぱそうだよな、あいつらよりオレの方が役に立ってるよな」
あれれ、おかしいな。ちょっと答え方が悪かったですかね?
リーチェの中では自分の働きはロサやクロユキ達に比して大いに優っているということで結論が出てしまったらしい。いやまあ確かに『金蛇の翼』は商会にとってなくてはならない存在なので、仮にリーチェを失った場合は非常に手痛いのが事実ではあるが。
「あんな火出すしか能がない女とナギナタ振り回すしか能がない女よりアタシだよな。うんうん、さすがスネイル様、わかってるぜ」
「だれが火出すしか能がない女よ!!」
「ナギナタを振り回すしか能がない女……ふ、ふふっ」
「うわっ、ロサ、クロユキまで」
いつの間にか執務室にロサとクロユキのふたりが入って来ていて、スネイルは心底驚いた。リーチェの発言にロサは怒り心頭、クロユキは静かに怒りの炎を燃やしている様子。
この三人が揃ったら碌なことになりませんね、とスネイルは直感で理解した。
「なんだよ、お前ら来てたのか」
「あんたがスキップしながら執務室に入ってくのを見たから来てみたのよ。よくもまあこのロサちゃんをバカにしてくれたわね」
「あれは事実では?」
「クロユキあんたどっちの味方なのよ!」
ロサが吠えた。
「私はどちらの味方でもありません。お館様を誘導して望む答えを得て、自尊心を満たすことしかできない悲しい存在とも、その無駄に肥えた乳でお館様を誘惑することしかできない放火魔とも、なぜ好んで手を結ぶことがありましょうか」
「誰があんだって!?」
「誰が放火魔よ!!」
クロユキの燃料投下で、リーチェとロサがよりヒートアップする。
よし、逃げましょう。スネイルは大事な仕事の書類をかき集め、そろりそろりと忍び足で執務室を後にした。廊下を歩き少し離れても、リーチェたちの喧嘩の声が響いてくる。
「はぁ……どうしてこう、あの娘たちは顔を合わせれば喧嘩するのか……」
執務室を壊したらリーチェへのボーナスはなしですね。そんなことを考えながら、スネイルはなるべく早足で執務室から離れるべく廊下を急いだ。
あ、爆発音聞こえましたね。
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