新米美少女奴隷リズベット
わたし、リズベットはしがない田舎娘だ。いや、しがない田舎娘だった、が正しいだろうか。
わたしの故郷は帝国の片隅の、地図に載っているかも定かでないほどの田舎村。貧乏農家の八人兄弟の末っ子に生まれたわたしは、つい三日ほど前、奴隷競売の商品になった。
父親は口減らしのためだとか言ってたけど、そうだとして普通、人の親が自分の子供を人買いに売るだろうか。あの男は酒に心を囚われているろくでなしだから、たぶん酒を買う金欲しさにわたしを売ったに違いない。
父(もはやそう呼びたくもないが)を除く家族の誰と別れの挨拶をできるでもなく、夜半逃げるように生まれ故郷から連れ出されたわたし。
まさかこの自分が奴隷に身をやつすとは想像もしていなかった。怒りよりもあきらめや無力感の方が勝る。
生まれ村から連れてこられたのは帝都。ここで行われた奴隷競売で、わたしはひとりの男に落札された。
男の名は、奴隷商人スネイル・トレイター。
ウェーブがかった少し長めの金髪と、整った顔だけれど瞳の開きが薄いのが特徴の、少し気味の悪いひと。それでも、ぶくぶく太って脂ぎっているほかの奴隷商人に比べればよっぽどスマートでまともな見た目だったけど。
わたしの落札額は金貨40枚。これは、帝都の騎士の約十年ぶんの給金に相当するらしい。スネイル・トレイターはどうやらそれだけの価値をわたしみたいな田舎者に見出したみたいで……そればかりは、悪い気はしなかった。
「……リズベット、聞いていますか?」
「え? は、はい」
スネイルの声が耳に届いて、わたしは我に返る。
競売で競り落とされたわたしは、『金蛇の花園』と呼ばれるトレイターのお屋敷まで連れてこられていた。実家のボロ家と比べるのもおこがましいくらいに大きなお屋敷で、これから自分がここで暮らすのだと言われてもピンとこない。
「大丈夫ですか、リズベット」
奴隷の反応が鈍いことを訝しんだか、あるいは腹を立てたか。スネイルがジッとこちらを覗き込んでいる。
糸目が若干開かれこちらを見つめる様は、確かに蛇っぽい。とすればわたしはさながらカエルか。わたしは彼の問いにコクコクと頷くことしかできなかった。
「……今日から君は私の奴隷です。よろしく頼みますよ」
「は、はい」
「そして早速ですが、リズベット。今晩私の寝室に来るように。いいですね」
田舎生まれのわたしでもわかる。年若い奴隷を寝室に連れ込んで、主人がやることなんてひとつしかない。
金貨40枚ぶんはどだい無理なので、せいぜい金貨2、3枚ぶんくらいは満足させられるように気張らないといけないだろうか。わたし処女だけど。いや逆にそっちの方がいいのか。謎だ。
ところで『金蛇の花園』にはわたしの先輩奴隷が十数人も暮らしていて、その全員が美少女、美女であることにわたしは結構引いた。あのスネイルって男ヤバくない? 色魔か?
毎晩毎晩違う女を抱いてる経験豊富な男を満足させられるのだろうか。無理だったらリリースされそうだ。
「……どう思いますかネメシア先輩? 処女でもなんとかなります?」
「とりあえずリズベットあんた、結構図太いわね」
新米奴隷のわたしに、『金蛇の花園』のいろいろなところを案内してくれているのはネメシアという名の先輩。もれなく彼女も奴隷だ。
女のわたしから見ても魅力的な豊満な肉体で、今までいったい何人の男を溺れさせてきたのだろう。そんな下世話なことを考えてしまうほど、色気たっぷりの大人の女性、って感じ。
すごく話しやすい雰囲気なので、ついついスネイルからの呼び出しについて相談してしまった。あとネメシア先輩経験絶対豊富でしょ。なんかコツとかないですか?
「というかスネイル様の呼び出しを受けても結構乗り気じゃない」
「乗り気っていうか……自分に金貨40枚の価値があるって示されちゃったら応えないわけにもいかんかなーと」
「なるほどねえ。じゃあスネイル様の夢は今回も始まる前から破れたわけね」
そう言ってけらけらと笑うネメシア先輩。彼女の口から飛び出した『スネイル様の夢』という単語が気になって、わたしは続きを尋ねた。
「スネイル様の夢ってなんですか?」
「いやがる美少女奴隷を手籠めにすること」
「カスじゃないですか」
「カスよ」
思った以上に下らなく、そして最低の夢だった。いやがる美少女奴隷を手籠めにすることってそれ公言していい夢なのだろうか。そもそもネメシア先輩もカスって断じてるし。
「じゃあ結局自分が奴隷を食い散らかすために奴隷を集めてるわけなんですねあの人」
「端的に言うとそうよ」
最低じゃん。奴隷を解消の道具としか見てないゲスじゃん、スネイル・トレイター。
「まあ、一度も奴隷を手籠めに出来たことないんだけど」
「えぇ? なんでです?」
「直前で失敗したり、いやがらない娘を前に興がそがれたりで、いつも最後まで行かないの。あの人、いやがる美少女以外は手籠めにする気ないんだもん。あんたも乗り気みたいだし、たぶん手は出されないと思うわよ」
あ、そうなんだ。それはそれで、じゃあさっきまで思い悩んでいたわたしは何だったんだという気持ちにならないでもないのだけれど。
「でもスネイル様ってその難儀な性癖以外、奴隷の主人として特に欠点ないのよね。というかこんなに優良な主人、そうそう当たれないわよマジで」
「え~、そこまで言います?」
大げさに聞こえたネメシア先輩の物言いにわたしが返すと、彼女はふっと薄く笑ってどこか遠いところを見るような眼をした。その瞳が映していたのは己の過去か、あるいは別の何かか。詳細はとても聞けるような雰囲気じゃなかった。
「あの人が買った奴隷は基本的にこの広い屋敷で自由に暮らせる。三食自由、化粧もおしゃれも全部自由。なんだったら教育を受ける機会だってあるし、副業もできるわよ、冒険者とか」
わたしの田舎時代の暮らしよりよっぽど豪華な生活じゃないか、それは。
「いろいろこだわりがあるらしいのよね。奴隷は最良のコンディションで手籠めにしなければ意味がない、みたいな」
「そこだけ切り取ると最低ですけど……わりと奴隷の好きにさせてくれるっていうのはいいですね」
「外に恋人作るのも許されてるわよ」
「うそですよね?」
奴隷に自由恋愛を許す主人なんて聞いたことなかった。そもそも、奴隷は不必要に他者と接触させず、黙々と労務に使役するものじゃないのか。
奴隷商人スネイル・トレイター……聞けば聞くだけ訳が分からない。この変人に、ちょっと興味がわいてきたかもしれない。
「まあそういうわけでね。ここのみんな、実は奴隷になる前よりも幸せな暮らしをしてるの。ようこそ、楽しい奴隷生活へ」
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