東方の美少女奴隷クロユキ
「うちの奴隷は……私を殺す気なんですか……?」
トレイター邸の廊下をボロ雑巾のような男が足を引きずりながら歩いていた。年季のいったダンジョンでよく存在が確認される、冒険者の死体が魔物と化した存在――リビングデッドと言われても否定はできないくらいにボロボロの様相だった。
契約的にも年齢的にも『元』美少女奴隷であるレティとの夜を過ごしたのち朝風呂を決めようと思っていたのに、訪れた浴室で奴隷商人スネイルはもう一人の美少女奴隷である灼髪ツインテ美少女奴隷ロサの餌食になってしまったのである。
執拗に首筋を攻められ、それと同時にもろもろを絞られた。体力、気力、精魂、その他以下略。スネイルの足腰は生まれたての小鹿よりひどい状態だ。
「朝食を……食事を取って少し休まねば……」
フラフラと左右に揺れながら廊下を進むボロ布、もといスネイル。失った体力を回復する術はとにもかくにも食事を取ってゆっくり休むことであると考えたスネイルは、その足をトレイター邸の食堂へと向けた。
十数人の美少女奴隷が暮らすトレイター邸は、その華やかさから帝都の民たちに羨望と一種の侮蔑を込めて『金蛇の花園』と呼ばれている。
その金蛇の花園に使用人はいない。この屋敷で暮らしているのは主人のスネイルを除けば彼の奴隷たちのみであり、庭師やコック、メイドなど一般的な使用人としての任は、すべて美少女奴隷たちが持ち回りで担っていた。
「……おや、今日の調理当番はクロユキですか」
「お館様、お待ちしておりました。遅いお目覚めですね」
食堂に辿り着いたスネイルを静かな笑顔で迎える美少女奴隷クロユキ。カッポウギなる東方の衣装に身を包み、こちらを迎えてくれる姿は今のスネイルにとって癒しそのものだった。
長く艶のある黒髪を馬の尾の様にまとめているクロユキは、帝国ではない東方の国の生まれだという。東方の国では長い戦乱が続いているようで、彼女はそのどさくさで人売りに捕まってしまったらしい。
「お館様が最後ですよ」
若干たれ目がちなクロユキの目元には泣きぼくろがあって、笑みと同時に細められる瞳とこのカッポウギスタイルが合わさると、なんとも言えぬ趣があった。料理の腕も確かであるし、彼女を金蛇の花園に迎えたのは正解だったと言えよう。
なお、例に漏れずスネイルはいやがるクロユキを手籠めにしたかったので彼女と奴隷契約を結んだ晩に寝室に呼び出したのだが、「武家の女たるもの、子を成すことこそが至上の誉れにございますれば」などとスネイルにはよくわからない口上を述べ立てていやがるどころか喜んでいる様子だったのであきらめた経緯がある。
「早くお食べになってくださいね」
クロユキに言われるがままに食堂のイスに座るスネイル。テーブルには二人分の食事が置いてあった。
「私が最後ですか……。わざわざ待ってもらって悪いですね」
「まさか。家長が箸をつけるのを待たずして何が妻ですか」
「ん?」
「はい?」
なんだかよくわからない単語が聞こえたがまあいいだろう。疲れているスネイルはなんかもう美少女奴隷の言葉にいちいち気を払うのも面倒くさかった。
それよりもクロユキの拵えてくれた朝食である。帝国では朝食といえばパンが主体だが、クロユキが調理担当の際は東方のコメが主体になる。
テーブルに並ぶコメ、ミソスープ、イーストピクルス、焼き魚……すべてクロユキたっての希望で東方から取り寄せた食材だ。これがまた美味い。
「クロユキの料理はいつ見ても美味しそうでよいですね」
「ありがとうございます、お館様。ですが私などまだまだです」
称賛すると恥ずかしそうに瞳を閉じて謙遜するクロユキ。奥ゆかしい。
レティやロサなどの様に、嵐のような勢いで迫りくる美少女奴隷たちと言葉を交わすのも悪くはないのだが、静かで緩やかな涼風のようなクロユキと過ごす時間はこれまたかけがえがないものと言えよう。特に今のスネイルにとっては。
「ところでお館様、つかぬ事をお聞きしますが」
「なんですか?」
「なぜこんなにも朝食の時間に遅れになられたのです?」
クロユキはスネイルが食堂にやってくるまで自分の食事に手を付けてすらいない。自分の食事が遅れたのですから、そりゃ問い詰めたくもなるでしょうね、とスネイルはひとりで納得した。
「発端から話すと昨晩まで遡りますが、レティがやってきましてね」
「あのとしm……レティ殿が?」
「とし?」
「なんでもありませんよ、お館様」
クロユキの発した言葉とは全く関係ないが、クロユキは齢19、レティは齢2Xである。年の離れた姉妹くらいの年齢差はあるふたりだ。全然クロユキの言葉とは関係ないけど。
「まあそれでちょっとレティといろいろありまして」
「いろいろ……?」
「まあいろいろです。それで朝起きた後にひと風呂浴びようと思って浴室に向かったらロサがいまして……」
「あの乳袋……ロサ殿がですか?」
「いま乳袋って言いませんでした?」
ロサは道を歩けば男の大半が視線を奪われそうなほどに圧倒的な胸部を有している。対するクロユキはといえば、かなり慎ましやかである。
何か思うところがあるのだろうか。あるのかもしれない。思い返せば、クロユキとロサって結構顔合わせるたびに喧嘩してたような気がする。原因はこれか。
「……ちょっと待ってください、お館様、ついさっきまでロサ殿とともにおられたのですか? 浴室で?」
あ、ちょっとヤバいかもですね。スネイルは本能で会話の匂いがきな臭くなりつつあることに気付いた。たれ目がちで穏やかなクロユキの目じりが徐々に吊り上がっているように見える。気のせいだろうか。気のせいであってほしい。
「この匂い、まさかロサ殿の香りか……くっ、誰か女狐の匂いを漂わせているとは思っていましたが……!」
すんすん、と鼻を鳴らして何らかの匂いを嗅いでいたクロユキが弾かれた様に顔を上げ、苦々しげにつぶやいた。え、なに、私からロサの匂いするんですか? コワ~。
「お館様。ちょっとロサ殿に用事が出来ましたので……」
「え、あ、ああ、はい」
有無を言わせない表情で立ち上がるクロユキを、スネイルは止めることが出来なかった。
「人の夫を誑かす女狐はこの手で誅してまいります。逢瀬はそののちに」
「ちゅー? はあ……お気をつけて」
クロユキは時折、東方の言葉なのか難しい言い回しをする。
肩をいからせて食堂を後にしたクロユキの背中を見送ったスネイルは、ようやくひとりでゆっくりと心と体を休める短い休憩時間を得て、ひっそりとため息を吐いた。
「……疲れますね、奴隷と生活するのって」
本末転倒なことを口走るスネイル。それほどまでに疲れているのだった。
なお、その数分後、トレイター邸内ではナギナタを振り回す女武者と火属性の魔術を乱射する放火魔が目撃されたという――。
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