美少女ツインテ奴隷ロサ

「えらい目に……あいましたね……」


 息も絶え絶え、奴隷商人スネイルは這うようにトレイター邸の廊下を歩いていた。


 心なしかいつもの色つやと波打ちを失った髪。何もかもを搾り取られたかのようにげっそりとこけた頬。首筋を中心とした体のあちこちには虫刺されのような生々しい痕がいくつも残されている様は、昨晩のレティの激しさを言外に語っている。


 さすがは現役冒険者と言うべきか、昨晩のレティはほとんどノンストップだった。なにせスネイルは途中で意識を喪失したくらいだ。朝日を浴びて目を覚ましたとき、レティは寝室から忽然と姿を消していた。


「当分レティには会いたくないですね」


 胸も腰も、体のありとあらゆる部分が痛かった。あの仏頂面の雪の精霊の顔は当分見たくない。昨晩あれだけリズベットに対して滾っていたミニスネイルくんも元気をなくして、半分死に体だ。


「まずは風呂でお湯を浴びて、それから遅めの朝食に移りましょうか……」


 いわゆる賢者の時間に突入しかけているスネイルは、ひどく重たい足と腰を引き摺るようにして浴室を目指す。


 奴隷商人スネイル・トレイターの人生の目標は、『いやがる美少女奴隷を手篭めにすること』である。


 スネイルが手元におく奴隷のほとんどは美少女であり、彼は帝都郊外の広いトレイター邸で十数人の美少女奴隷と同居していた。


 しかし、彼はいやがる美少女奴隷を手篭めにできたことは一度もない。直前で失敗に終わるか、あるいは寝室に招いた美少女奴隷が準備万端でスネイルを受け入れる気満々だったりで彼の理想から乖離しているため興が削がれてしまうこと十数回。


 最悪なケースに至っては昨晩のように奴隷の方から無理やり寝技に持ち込まれることすらあった。


「私の方が主人なんですがね……」


 なぜか奴隷より立場が弱いところがあるスネイル。しかし彼は、己が身に奴隷が牙を向こうと決して怒ることはない。わかっているのだ。ヤっていいのはヤられる覚悟があるやつだけなのだ、と。


「はあ……着きましたか」


 浴室の脱衣所前にたどり着いた彼は、東方出身の奴隷の進言で拵えた特製の引き戸をスライドさせた。


 遠く離れた故郷を懐かしむ彼女を慮り、取り入れたのである。こういうところがスネイルの良さであり、自身の奴隷につけいられる隙でもあるのだがそれはさておき。


「っ、ちょっ!」


 脱衣所に立ち入ったスネイルの視界に飛び込んできたのは肌色だった。先客が朝風呂を決めていたらしい。なお補足だが、トレイター邸の風呂は混浴である。


「スネイル様! ノックくらいしてよ!」


 脱衣所に立っていたのは、灼髪ツインテールが目を引く美少女奴隷だ。白い肌を羞恥の朱に染め、主人であるスネイルをキッと睨むその目つきは鋭い。つり目がちな美人なので睨みつけるとその迫力も倍だ。


「ああ……ロサですか」


 しかしスネイルも慣れたもの。美少女奴隷十数人と同居していればこんなラッキースケベハプニングなど日常茶飯事である。


 興味なさげにロサと呼んだ灼髪の少女を一瞥し、スネイルは自らのバスローブに手をかけた。


「んなっ! こんなところで脱ぐ気!?」


「脱衣所で脱いで何が悪いんですかね……」


「まさか朝に一発あたしでにゃんにゃんしようってーの!? くっ……あたしは負けないんだから!」


 背は若干低めだが、一般的な女性よりよっぽど豊かな胸を掻き抱くようにして、ロサは頬を赤く染めながら吠えた。スネイルは彼女に視線を向けながらめんどくさそうに眉を顰める。


「あーもうちょっと声のトーン抑えてもらえますか? 全然そんな気分じゃないんですよね私」


「は? このロサちゃんを前に興奮しないわけ? 正気?」


 先ほどまでの恥ずかしげな態度はどこへやら。すべてをおっ広げるように腰に手を当てたロサが、浴室に向かうスネイルを通せんぼするように立ち塞がる。


 灼髪ツインテール美少女奴隷、ロサ。自らの美貌に絶対の自信を持つめんどくさい奴隷だった。


「……私は静かにお風呂に浸かりたいのですよロサ」


「なんでよ。スネイル様朝風呂の習慣あったっけ?」


「ないですけども。昨晩レティが来たんですよ」


「えっ。レティ姉が!」


 レティはスネイルの奴隷たちの中にあって、最古参に位置する美少女奴隷である。ロサをはじめとした年若い奴隷たちは彼女をレティ姉と呼び慕っていた。


「ええ。そのレティに襲われてしまいましてね。それで風呂に入りたいのですが」


「は?」


「え?」


「スネイル様今なんてった?」


 あれ、おかしいですね。なんでいまロサの周囲の空気が冷えたんですかね。とスネイルは疑問に思った。ロサの視線がなんだか剣呑なものになっているような。


「……あの、ロサ?」


「もしかしてその首筋のアザ、虫刺されじゃないわけ?」


「え? ああ……そうなんですかね」


「なんで自分でわかってないのよ」


 昨晩小鳥と化したレティにひたすら啄まれた痕なのだが、なにぶん意識を飛ばしていたスネイルには知る由もなかった。


「なんでと言われましても。というかそれよりそろそろいいですか? どいてもらえます?」


「いやよ。あたしも一緒に入るわ」


「なんでですか!!」


 スネイルは叫んだ。今はもう、ただひとりでゆっくり湯船に浸かりたいのに。


 別にレティだからロサだからとかではなく、たとえこの場にいるのがリズベットだったとしても、今のスネイルであれば彼女たち奴隷とともに入浴することはキッパリ断っていただろう。


「なんでって……上書きするためよ」


「上書き……?」


「レティ姉より大きいわよ?」


「いやだから何がです?」


「チッ……いいから来なさい!」


 疲れ果てたが故に浴室を訪れたスネイル。だが、なぜか痺れを切らしたロサに首根っこを掴まれズルズルと引きずられていくのであった。


 その少しのち、トレイター邸の浴室からは、とあるアラサー男の悲鳴が響いたという。

 

 

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