『元』美少女奴隷レティ
こんこん、と控えめに寝室の扉を叩く音。扉に耳をつけてその福音を聞いていたスネイルは満足そうに瞳を閉じて、木板の向こうに立つリズベットの姿に期待と股間を膨らませる。
「ご主人様……」
扉の向こうからくぐもった声。これから自分の身に降りかかる出来事に思いを馳せて、少しナイーブになっているであろう美少女奴隷の物憂げな声だ。そう呼ぶようになどとは教えてもいないのに、自らの意思でご主人様と呼んでくるリズベットのいじらしさにスネイルは喜色満面である。
スネイルは今すぐに扉を開け、透け透けネグリジェを身に纏ったえっちな清純派美少女奴隷リズベットの若く瑞々しい肢体をこれでもかと視姦したい欲に襲われた。だが直接的にそんな行動を起こすのは彼自身のこだわりに反する。
後ろ髪引かれる思いを抱えながら、スネイルは足音を立てないように先ほどまで腰掛けていたふかふかのソファまで戻った。扉の前で待機なんかしていませんでしたよ、と言わんがために座面の深くまで腰掛けるカモフラージュも万全である。
「……ご主人様?」
ノックをしてもスネイルの返事がないことを訝しんだのか、少々ためらいがちなトーンのリズベットの声。もう少々焦らしてみても悪くはないと考えるスネイルであったが、もはや自らが焦らしプレイに耐えきれなくなりそうだった。
「でぅうぞ、入りなさいリズベット」
なるべく平静を装って声を出したスネイルだったが、期待のあまり声が震えた。
「……? はい、ご主人様」
部屋への立ち入りを許す主人の声を聞いて、哀れな今宵の羊が意を決して寝室の扉を開ける。
ソファの上、ワイングラスを片手に余裕を崩さないフリをしているスネイルは、ガン見していることを気づかれないようにちらちらと部屋の出入り口へ視線を送った。透け透けネグリジェリズベットはよ。はよ。
「…………」
スネイルの寝室に足を踏み入れたのは、思わず息を呑むような美少女であった。透き通るように白い肌と、この世のどんな宝石よりも美しく見える銀糸の髪。しなやかな肢体は精緻の極み。まるで雪の精霊の似姿が如く、人離れした美しさを持つ少女が、そこにいた。
なぜか、軽装の鎧を着込んだ姿で。
「お待たせしました……ご主人様」
「えっ……」
精霊にすら負けない美貌の彼女は、しかしてスネイルの待ち望んでいた美少女奴隷リズベットではなかった。そもそも透け透けネグリジェを着ていないし。何故か冒険者がよく着用している、胸当てと肩当てのみの軽装鎧を身につけているし。
予想外の闖入者を目にして、スネイルは愕然とした面持ちでアホみたいに口を開けていた。まったく想像していなかったところから飛び道具的な存在の登場なのであるからさもありなん。
「な、なぜ君がいるのです、レティ」
あわあわと震える指で少女を指し示しながら、スネイルは震える声で尋ねる。
レティと呼ばれた少女。彼女は、奴隷商人スネイルがリズベットの以前に契約を結んだ美少女奴隷のひとりである。
「わ、私が待っていたのはリズベットなのですが」
「あの子はまだ新入り。頼れる先輩であるわたしがお役目を変わってあげた。ぶい」
レティが悪びれもせずにピースサインを見せる。
なるほど確かに、右も左もわからぬリズベットにとって先輩であるレティの申し出は非常にありがたいものに映っただろう。
が。
「そもそも君は、もはや私の奴隷ではないでしょう……」
「心はいつまでもご主人様の虜囚」
いけず。無表情に細く美しい両手で頬を挟み、いやいやと首を振って見せるレティはどうやら照れているらしかった。表情が変わらないのでわかりにくいんですよ、と言いたいのをグッと堪えるスネイル。
レティ、彼女はスネイルの奴隷であった。そう、過去形である。彼女は『元』奴隷なのだ。
主人と奴隷の契約は、主人が奴隷契約を破棄するか、奴隷が己を買い戻すか、あるいは別の人間へ奴隷を譲渡あるいは売買するという、いずれかの手段を持って解消される。そのうち、レティはその魔術の才を冒険者として大いに活かし、己を買い戻したタイプの奴隷だった。
「こ、この際、元奴隷の君がここにいることは置いておきましょう。とにかく私はリズベットを待っていてですね……」
「ご主人様は……やっぱり若い子がいいんだ……!」
目元を拭うフリをするレティ。今宵スネイルが待ち望んでいたリズベットの年の頃はおよそ16。しかしてレティはといえば2(検閲されました)歳。正直美少女呼ばわりもキツいお年頃である。
「若い子が良いとかそういうことではない。君も知っているでしょうレティ。私はいやがる美少女を手篭めにしたいのです。私が今朝競り落としたリズベットはその点最高のポテンシャルが……」
「リズベットならネメシアに目をつけられてた。今ごろ多分にゃんにゃんタイム」
「んんんんんーーーーーっ!?」
レティの口から飛び出した衝撃の事実に声にならない叫びをあげるスネイル。
今しがた話題に出たネメシアもまた、スネイルの美少女奴隷であった。彼女をシンプルに表現すると『超肉食系両刀』になる。
ネメシアは時折こうして主人であるスネイルと獲物が被ることがあるのだが、大抵の場合スネイルよりも早く美少女を掻っ攫っていくのだ。ある種スネイルの天敵である。
「そんな……リズベットが……」
がっくりと膝をつくスネイル。ネメシアに目をつけられた以上、リズベットがこの部屋を訪れることはないだろう。何ならその無垢な体に快楽を叩き込み覚えさせられ、スネイルが迫っても嫌がることなく迎え入れる女になってしまうこと請け合いだった。
奴隷商人スネイルの下衆な野望は、いまこの時をもって打ち砕かれたのだ。
「うぅ……なぜ私の獲物を横取りするのですかネメシア……」
「ご主人様かわいそう。慰めてあげようか」
「いやそれは良いです」
滂沱の涙を流すスネイルにレティが優しい言葉をかけるが、スネイルはにべもなく断った。重ね重ね、スネイルの理想はいやがる美少女を手篭めにすることであり、慰められて褥を共にするのはまったくスネイルの好みではないのである。
「まあ、ご主人様が良くてもわたしは良くないけど」
「え、ちょ、レティ。なぜジリジリと近づいてくるのです」
しかしそんなことで諦めるレティではない。そうでなければこの女、わざわざ奴隷時代の主人のもとへ足を運びはしないし、リズベットの代理を張ってもいない。
レティは今晩、いやがるスネイルとまぐわいに来たのだ。
「冒険者やってると溜まって困る」
「ま、待ちなさいレティ。それは良くない」
じりじりと無表情に迫り来る、自分の元奴隷。自分の所業、妄想は棚に上げて彼女を止めようとする奴隷商人であったが、現役Sランク冒険者を押し止められようはずもなく。
その晩、帝都の郊外にアラサー男の悲鳴がこだました。
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