第5話 これで最後
ギンとの生活にも慣れて来た。
アカネに会わないルートも思い出した。
会社に向かう。ギンはエプロン姿でそれを見送る。妙に似合っていたのがなんか笑えた。
「よお、最近、調子いいな?」
「まあ、ちょっと良い拾いモノを」
「拾いモノ? そういうのは遺失物横領って言ってだなぁ……」
「わわっ、課長、罪状の話は勘弁を」
「お前、まさか本当に」
「違いますって!」
そんなこんなありながら家に帰る。ケーキ屋に寄ってシュークリームを買ってった。きっと喜ぶだろうなぁ。ギンの笑顔が目に浮かぶ。そして着いた、俺の家――
火事。
俺の家から火の手が上がっていた。俺は思わず飛び込もうとする。現場に居た消防署の人に止められる。
「危ないですよ! 下がってください!」
「俺の家なんだ! 中にギンが居るんだ!!」
「え!? 中に人が!?」
しかし、あの火の勢いでは。とてもじゃないが。助かるとは思えない。
俺は膝を付く。シュークリームの潰れる音が聞こえた気がした。
俺は事情聴取を受けた後、河川敷に向かった。すっかり夕暮れだった。
ギンの事は、親戚の子供が居たという事で話した。だけど、焼け跡からは遺体は見つからなかったらしい。俺は少し安心した。
この河川敷はジローと喧嘩した河川敷だった。
「そんな記憶、いらねーよ……消してもらえば良かった」
なぁ、ギン。
そう心の中で唱えた。
その時だった。
「だったら消して差し上げましょうか?」
バッと立ち上がる。そこに居たのは白衣の男。俺はすぐにピンときた。
「お前、ギンの居た研究所ってとこの奴か……!」
「話が早くて助かる。至急、来ていただきたい」
「ギンが居るんだな?」
「ええ」
「だったら行くさ、罠だろうがなんだろうが」
「一般人にしては肝が据わっていますね」
「昔はヤンキーだったんでね」
そういうものですかね、なんて言って白衣の男は俺を導いた。大通りに。
タクシーを止めて、乗り込む。
「さあ、あなたも」
「いや……送迎とかは」
「ありません」
「……なんだこいつ」
そしてタクシーを走らせる事、三時間。たどり着いたのは山の中だった。こんなとこまで来させられた運ちゃんに同情しかない。代金をきちんとはらった白衣の男は、進む。
森の中、俺、実は殺されるんじゃないか、そう思い、その時は運ちゃん、証言台に立ってくれ! なんて思いながら進むと、そこに真白の施設があった。
「ここが研究所」
こんな寂れた所にギンは居たのかと思うと、ますます連れ帰らなくてはと思った。連れ帰れるのかは、また別の問題だが。
純白の施設の中を進む、通路まで滅菌処理されてそうな白。茶色い手すりはなんのためについているのか。此処は病院なんだろうか。いや違う、非人道的な研究所に違いない。そう思っていた。
ベッドに横たわるギンの姿を見るまでは。
点滴をして、人工呼吸器に繋がれたギンは痛々しい程、弱っていた。
「ギン!」
「あまり大きな声は出さないように……」
「どういう事だ……ギンに何をした……」
「ギンは、元々、病弱でした」
そこから白衣の男が語ったのは、ギンの特異な能力と、それに引き換えて他の臓器の機能が衰えていく、謎の病の話だった。サイコキネシス、パイロキネシス、サイコメトリー、テレパシー、その他の応用。ギンは万能の超能力者だった。だけど。その代償として身体の機能を失っていくハメになった。それを補うために研究所で処置を受けていた。そういう話だった。今回の火事は、パイロキネシスの暴走によるものだろうと白衣の男は語った。
「シンさん、あなたさえよければ。あの子と共にいてあげてくれませんか」
「どういう、意味ですか」
正直、聞きたくなかった。
「あの子の寿命はもう長くない。その最期まで一緒に居てあげて欲しいのです」
長い沈黙が続いた。
俺なんかでいいのだろうか。ギンの母親とか父親とか、数日一緒に居ただけの俺なんて、居ても居なくてもいいじゃないか。そう思った。
だけど、心の奥底が、ギンと一緒に居たいと叫んでいた。
泣いても喚いても、この現実が変わらないというのなら、その最期まで付き合っていくしかないのかもしれない。
その時だった。
ギンが目を覚ます。
「し、ん」
「ギン、俺だ……大丈夫か……?」
「ごめんね……おうち、もやしちゃった」
「大丈夫だあんな家」
「その……ゴキブリが出て……」
「あはは! それで燃やそうとしたのか!? 面白いやつだな!」
「シン、泣いてる?」
「笑い泣きだよ、無事で良かった」
「……ねぇ、シン、僕の事なんか忘れてよ」
突然の拒絶、だけど、真正面から受け止める。もう二度目だ。慣れた。
「嫌だね、家を燃やされた恨みは忘れん」
「さっきと言ってる事が違う!?」
「ははっ、あんまり驚くな、体に障るぞ」
「僕と居たら迷惑が掛かるよ」
「かけろよ、迷惑」
「え?」
「もっと迷惑かけろって言ってるんだ」
「でも」
「デモもストライキも無しだ」
「おやじギャグ?」
「誰がおやじだ、俺はまだ二十代だ」
「そんなとこに拘るのがおやじっぽい」
「ひどい事言うなぁギンは」
二人は笑いながら話あった、夜が明けるまでずっと。朝になってすやすやと眠りに落ちるギンの姿があった。白衣の男が近づいてくる。
「こんな穏やかな寝顔は初めて見ました」
「あんま見んな、これは俺のだ」
「……そうですね、もう、そうかもしれません」
そう言って白衣の男は去って行った。
彼もまた、ギンの身を案じる人だったのかもしれない、けれど、今、俺は、ギンと二人で居たかった。
俺もギンに釣られて眠りにつく。ギンのベッドに突っ伏すように眠りに落ちた。
夢を見た。
ギンが居た。
犬と遊んでいる。
俺も居た。
第三者視点で俺はその光景を眺めていた。
『チャコー! こっちおいでー!』
『チャコ、こっちにはワンテュールがあるぞ』
『あっ、シンずるい!』
『ワン!』
そんな未来もあったかもしれない。ギンとの出会い方が違えば、ギンが病気じゃなかったら、俺がアカネに振られてなかったら。いいや違うな。俺がそれを否定したじゃないか。今までの記憶があるから、これからの俺が作られるんだ。だから絶対忘れない。ギンの事を絶対忘れない。この超能力者は、ただのか弱い、可愛い少年だという事を。
俺は目覚める。
ギンが起きて俺の頭を撫でていた。
「……今の夢、お前が見せたのか?」
「なんのこと?」
本気できょとんとしているギン。どうやら俺が勝手に見た夢らしい。
どうしたらギンとずっと一緒に居られるだろう。
この研究所にずっと居ればいいのだろうか。
それじゃ駄目だ。もっとギンに世界を見せてあげたい。
それは俺のエゴだった。
でも止められなかった。
ギンを連れ出し研究所を飛び出す。
誰も俺達を止める者はいなかった。あの白衣の男が手を回してくれたのだろうか。なんとなくそんな気がした。
それから貯金を崩して旅に出た。キャッシュカードとクレジットカードが無事だったのが幸いだった。
まずは東京に出た。都会の町をキラキラとした瞳で眺めるギンを、俺は目を細めて見た。
「ねぇギン! あのでっかいのなに! あのでっかいの!」
「ああ、東京スカイツリーだな」
「スカイツリー! あれが!」
「楽しそうだな?」
「とっても楽しい!」
俺は心が痛んだ。これが最期への旅だなんて思いたくなかった。
しばらく東京散策をした。渋谷、秋葉原、国会議事堂なんかも行った。
ファッションカルチャーやら、オタクカルチャーやら、文化的建造物やら、思い切り楽しませた後、次は横浜に向かった、中華街、肉まんに餃子、杏仁豆腐にetc……。
「すごいすごい! これが日本!」
「いやこれは中国だな」
次はどこに行きたい? ギンに問うた。すると。
「ホッカイドー!」
と言った。
という訳で北海道。
富良野、ラベンダー畑。
はてさて、ラベンダーの季節だっただろうか。
すっかり地球温暖化で日本の季節も狂ってしまった。
辺り一面に広がる紫を前に、少年と青年は立ち尽くしていた。
「良い匂いだな」
「うん」
「なあ、ギン、俺は幸せだよ」
「……うん」
「だからさ、逝かないでくれよギン」
「ごめんね、シン」
「頼むよ、俺を一人にしないでくれ」
どこまでも自分勝手、俺はそう言う人間だった。
実は、北海道に向かう飛行機の中、ギンが血を吐いた。
もう、長くない。そうギンは言っていた。
俺は、泣いた。
また結局、少し屈んでギンの胸の中で泣いていた。
「頼む……! 頼む……!」
「ねぇ、お願いだから消させてよ、僕の記憶」
「嫌だ! 俺はギンの事忘れたくない!」
「そういえば言ってたっけ『お前がモルモットなら、俺はキメラだ』……そうだね、いまのシンは矛盾だらけでキメラみたい」
「そうだよ、俺は、どうしようもないんだよ……でもさ当然だろ!? 好きな人に生きてて欲しいってのはさ!」
「そうだね、好きな人には幸せに生きてて欲しいよ、だからお別れ」
柔らかな口づけだった。血の味がした。鉄臭い。
目の前に倒れ込む少年は誰だ?
とりあえず救急車を呼ばなくては。
だけどもう手遅れな気がしていた。
なんでだろう。なんで俺は泣いてるんだろう。
捨てモルモットと拾いキメラ 亜未田久志 @abky-6102
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